レイン・ハンネマン再臨

「なんだ、お前は」


「それはこっちのセリフよ。このクソジジイ」


 ふいに異端審問会へと現れたダークエルフは、やたらと口が悪かった。


 コロシアムは騒然とする。


 いきなり現れたダークエルフの小娘が、冷徹さと残虐さを象徴するような男であるゲオルク・ベーゼに暴言を吐いたからだ。


 ゲオルクは国家を実質牛耳っている上に、嫉妬深い。そして怨みを決して忘れない。そのような男に「クソジジイ」などと言うのは、自殺行為以外の何物でもなかった。


 ゲオルクは冷たい眼光を光らせて言う。


「異端審問会は神聖なる儀式であり裁判でもある。その場を冒涜し、あげくは議長である私を愚弄したその罪、どれだけ高くつくかは理解しているのだな?」


「笑わせるわね」


 レインは強風にポニーテールをたなびかせながらゲオルクを睨む。彼女自身は全然笑っていなかった。


「裁かれるのはあなたの方よ」


「何だと?」


 ゲオルクの眉間にシワが寄る。


「みなさん、聞いて下さい」


 レインが魔石を口元に持ってきて喋ると、魔力で増幅された声がコロシアム中に響いた。


「この男こそ、王都ミラグロを滅亡させようとしている諸悪の根源です」


 コロシアムが静まり返る。レインの「演説」に聞き入るというよりは、言外に「このヤバい女は間違いなく反逆罪で殺される」という確信をもとにして。


「はっ、何を言い出すのかと思ったら、この私がミラグロを滅ぼそうとしているだと? 寝言は寝て言うがいい。この侵略者が」


 ゲオルクはレインの主張を鼻で笑った。


「あの女をつまみ出せ」


 レインを指さすと、ゲオルクの配下である帝国兵たちが集まっていく。レインは少しも動じずに手をかざすと、帝国兵たちが動けなくなった。


「安心して。少しだけ時のはざまへ送り込んだだけだから」


 騒然とする人々をなだめるように言うと、レインは続ける。


「これからゲオルク・ベーゼの悪行を暴きます」


 レインが指を鳴らすと、虚空に方形の映像が現れた。彼女独自のスキルで創られた、即席のビジョンのようだった。


「世界各地で起こっている紛争――それは、すべてこの男に仕組まれたものよ」


 方形の映像には世界地図が映り込む。


 王都ミラグロを中心に、属国や連邦として併合されていった小国が映り込む。


「昨今の王都ミラグロを見ていると、近隣諸国で紛争や騒乱が多発しています。それは誰もが知っていることだと思うけど」


 ゲオルクをはじめ、民衆がレインのプレゼンテーションを見守る。


「紛争が起きたのはここと、ここ。そして数年後にここで、それからここでも起きたわ」


 レインが世界地図を指さすと、連邦の一部となっている西のマラーク、東のデウサ、貿易都市マンティコス、宗教都市ミュートス、砂漠都市ゲハイニムスが順繰りに赤く光っていく。


 空中に光る赤い点を見て、時間差で人々は気付き始める。


 5個ある赤い点を結んでいくと、星の形になる。


 レインはそれを見越したかのように、細い指先で五芒星を紅い線で結んでいく。


「そう、これを結んでいくと星の形になります。でも、これですべてが完成するわけじゃない。そうでしょう?」


 レインは遠くで殺気を放つゲオルクに訊く。


 ゲオルクは憎しみのこもった眼で、レインの動向を見つめている。


血の紋レイン・イン・ブラッド


 レイン自身の名前をもじったような言葉。


 その単語を聞いた途端、ゲオルクの顔つきが一気に険しくなる。


「魔法の世界にも禁忌というものがあります。それはあまりにも危険であったり、非人道的という理由で表社会から隠されたものを指します。それら禁忌の術の中に、血の紋レイン・イン・ブラッドと呼ばれる魔法スペルがありました。破壊神スレイヤーの発明した、第3の碑文に刻まれていたと言われています」


 コロシアムの映像が切り替わる。


 映像には古文書と思しき本の拡大映像で、人々と魔物が闘っている絵が描かれている。


血の紋レイン・イン・ブラッドは平たく言えば、異世界から魔物を呼んで闘わせる術です。これは最高位の魔導士にだけが使いこなせる召喚魔法のさらに上をいく技術です」


 レインが「そうですよね」という表情でゲオルクを見つめる。ゲオルクは暗い目でじっと異端者を睨みつけていた。


 ゲオルクの恐ろしい顔貌などまったく気にせず、レインは説明を続ける。


「さすが超高度召喚魔法というか、普通の魔法と同じ感覚では血の紋レイン・イン・ブラッドは使えません。では、どうしたら使えるのか」


 映像が切り替わる。古文書の画面が、世界地図に戻った。


血の紋レイン・イン・ブラッドを実現するには、決められた地点で多数の死傷者を出す必要があります。もっと正確に言うのであれば、魔王を呼び出すための対価として、人々の血や憎悪、悲しみといった要素が局所的に大量発生する必要があります。それこそが召喚されてくる魔物にとって養分となるからです」


 話が見えてきた人々が、徐々にざわつきはじめる。


 レインは再び赤い五芒星を指して、説明を進めた。


「先ほども言いました通り、マラーク、デウサ、マンティコス、ミュートス、ゲハイニムスで連続的に、かつ不自然な擾乱が起きて、それを王都ミラグロの抱える帝国兵が鎮圧させてきました。この作為的とも言える各地の紛争を、裏で操っていた者がいました」


 ざわめきが大きくなる。


「その首謀者こそが、そこにいる執務大臣であり、この異端審問会の議長であるゲオルク・ベーゼです」


 レインは糾弾するようにゲオルクを指さした。


 会場に動揺が広がる。


「おやおや、私が各地の紛争を引き起こしたと?」


 余裕綽々のゲオルクはレインへ嘲笑を浮かべた。


「もはや荒唐無稽を通り越して、子供の妄想の域へと達したような話だ。私こそ世界各地の紛争を沈めて、人々の安寧を守り続けたのだ。それを言うに事欠いて紛争を裏で操っていただと?」


「証拠ならあるわ」


「……なんだと?」


 レインが指を鳴らすと、プレゼンテーションと化した虚空の映像がまた切り替わる。


 画像には「西のマラーク」と記載がなされていた。映像は魔石を使って撮影したものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る