褐色のポニーテール再来
――漆黒の森付近の上空では、ドラゴンに乗った皇帝エリックがやたらとガラの悪い飛行機と睨み合っていた。
無駄に武装した飛行機。両翼にはプロペラが高速で回り、空中でホバリングしている。金属製のスズメバチが羽ばたきながら威嚇しているような画だった。
エリックはドラゴンの手綱を掴んだまま、鞘から聖剣を抜く。魔王討伐以来、眠っていた闘志が蘇ってくる。血が滾るとはこのことだった。
ドラゴンが咆哮を上げて、飛行機を威嚇する。地鳴りのような声が青い空を震わせた。
――これからダークエルフとの全面戦争が始める。
「ちょっと待った~」
突如飛行機から響いた間抜けな声に、エリックは空中でずっこけた。
声の主はダークエルフのメカニックであり、レイン・ハンネマンの盟友であるケリー・キングだった。
「なんなんだ、一体」
エリックは昂った闘志をくじかれたようで、声の主に対して顔をしかめた。
「そこでドラゴンに乗っているのは、王都ミラグロの皇帝さんであるエリック・イグナティウスだな?」
「そうだ。それがどうした」
「どうしたも何も、なんだって皇帝自らがわざわざこんな辺鄙な森まで出向かなきゃいけないってんだ?」
「君たちの知ったことではないだろう。俺はただ、エリスを助けに来ただけだ」
「エリス? エリスって、あんたの妻のエリス・イグナティウスのことか?」
「そうだ。君たちが攫った、俺の愛しい皇妃のことだ」
「俺たちダークエルフが、よりにもよって皇妃を攫ったって?」
「その通り。すでにネタは上がっている。さっさと妻を返してもらおうか」
「んなわけねーだろ!」
拡声器から大音量で響く声。
まさかの一喝をされたエリックは、一瞬あっけにとられた。
「あんたなあ、仮にも帝国の主なら、自分の側近ぐらいまともな奴にしておけよ」
ケリーは他国の皇帝にも容赦無かった。エリックは密かにテンションが下がった。
そんな皇帝の心理も知らずに、ケリーは大量の魔石で感度を限界にまで増幅したプロジェクターで、大空に巨大な映像を作り出す。
映像は地上を行軍する帝国兵たちにも見えるほど巨大だった。
「あんたの妻は、こっちの方にいるんだよ」
映像には、今まさに異端審問会を受けているエリスの姿が映った。
「……? どういうことだ?」
エリックが混乱する。
地上の帝国兵たちの間でもにわかに混乱が広がっていった。
それもそのはずだ。元々エリック率いる帝国軍は漆黒の森へと誘拐されたエリスを救助しに来たのだから。
その皇妃エリスがなぜ王都ミラグロにいるのか?
そして、なぜ異端審問会の被告席に立っているのか?
エリックの脳裏で、嫌なパズルが完成していく。
今まで全幅の信頼を置き、ほとんど国政に関わる執務を丸投げしてきたゲオルク。
――だが、そのゲオルクこそが、裏切り者であった可能性が浮上した。
この映像はドラゴンのアマリリスがカラスに化けて観ている映像だった。魔石で増幅された力と、レインの術式を組み合わせた技術で、極秘で行われているはずの異端審問会はだだ漏れになっていた。
映像では、何も知らないゲオルクがエリスを裁いているところだった。
「厳正なる審議の結果、エリス・イグナティウス被告を有罪とみなします」
エリスが大空を見上げる。
「は?」
何が起こっている?
どうしてエリスが異端審問会の席に立っている。
そして、俺を漆黒の森へと仕向けたゲオルクがなぜ議長をやっている?
疑惑のパズルがどんどん完成していく。
エリックは言葉を発することができなかった。
それだけではない。妻が異端審問会で有罪となった。
それはエリスの死刑が確定したことと同義であった。
さらにエリスの起こした不祥事が本当であれば、エリックは皇帝の座を下ろされることになる。情報量が多すぎて処理が追い付かない。
ゲオルクから「王家には品格も必要です」と提案された法案に、大して考えもせず承認の判を押したことを思い出す。
――王家で不祥事が起これば、連帯責任ですべての王族がその地位を失うことになる。
理由としては王家の人間は国を背負うことから絶対的な規律において秩序が与えられなければならず、血族の統制ができないということであれば、それは国家を統制するに能わずとみなされるのが当然である、というものであった。
平たく言えば、家族のしつけができない王族に国の未来は任せられないという意味だ。
エリックはそのような規律はわざわざ明文化するまでもないと思っていたので、ゲオルクの提案を疑いもせずに承認した。
だが、その規律は王族を外堀から崩す方法で失脚させることができるという危険を孕んでいた。
まさにゲオルクの思うつぼだった。
エリスは聞けば聞くほどわけの分からない罪状で国の裏切り者として糾弾されて、あげくは有罪判決を受けた。
この判決の瞬間、エリックは皇帝としての権力を失ったことになる。
多くの帝国兵は何が起こったのかを真には理解していないだろうが、エリックが王都ミラグロへと戻る頃には、ゲオルク・ベーゼが次代皇帝として玉座に座っていることであろう。
「ゲオルクめ、図ったか」
映像を見上げながら、エリックは己の愚かさを呪う。
今まさに、愛する妻は異端者や魔女に類する者として死罪で裁かれようとしている。
いくらドラゴンに機動力があるとはいえ、ここからミラグロのコロシアムへと向かうには時間がかかる。
これから飛ばしたところで、着いた頃にはエリスの首は胴体から離れているだろう。
どうしようもない悔しさが胸にこみ上げてくる。
「それでは死刑を執行します」
映像に映るゲオルクが指を鳴らすと、魔力で強化された特大のギロチンが現れる。まるで最初から筋書きが決まっていたかのようだった。
「エリス! 逃げろおおおおおお!」
映像に向かってエリックが叫ぶ。
だが、その声は届かない。
魔力を封じるらしき手枷は、エリスの自由と能力を完璧なまでに奪い去っていた。
人間にしては屈強すぎる男たちが、エリスの背中を押しながら断頭台へと歩いて行く。この十三階段を上がった時、エリスの運命は終わる。
――もはやこれまでか。
エリックが出血するほど唇をかみしめていたその時、映像の外側から聞きなれない声が聞こえた。
「猿芝居はそこまでにしましょうか」
ゲオルクが驚愕の眼で声のした方を見やる。
戦闘能力に長けた帝国兵の誰一人として、その女の気配を察知できなかったためだ。
カメラ式で映る映像がブレながら声のした方へと向きを変える。
人々がざわめく。
コロシアムの高い外壁の頂上に、一人の女が立っていた。
褐色の肌に、風に流れる黒髪のポニーテール。
それは、アシュラミド・パザエフを倒したとされる、凶悪なダークエルフの女と一致する外観であった。
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