嵐の予感
――漆黒の森。そこにはダークエルフ屈指のメカニックである、ケリー・キングの
レインを見送ったケリーはヒマをもてあましていた。
ケリーの乗る飛行機ではあっという間に帝国のレーダーに発見され、撃ち落とされる。
レーダーに引っかからないドラゴンに乗ったレインが単身敵地へと乗り込んだわけだが、彼女が帰って来るまで現地の状況ですら分からない。
かといって何もしないのもどうかと思い、来るべき日に備えて飛行機類や兵器、魔導車などのメンテナンスをしていた。
漆黒の森は世界有数の魔石産出地だ。動力にはことかかない。
メンテナンスのかたわらで、新しい発明品も考案しつつ、試行錯誤で実装へと向かっていた。
「ケリー。聞こえる?」
ラボに響く声。マイクのハウリングめいた音が響く。
いるはずのない人間の声が聞こえたので、ケリーは驚いて周囲を見回す。
声は魔石で作ったラジオから流れていた。
「おっと。レインのことが恋しくて幻聴でも聞こえるようになっちまったかな?」
軽口を叩くと、ラジオからツッコミが入る。
「幻聴じゃないわ。今この音声は私の思念を魔石の周波と同期させて飛ばしているの」
「なんと……」
ケリーは絶句した。
魔石を通して意思疎通を図る技術など聞いたことがない。
「にわかには信じられんが、こうやってお前の声が聞こえているんだから本当なんだろうな」
「昔、ペアストーンっていう技術があったの。その技術を応用してコンタクトしているわ。そっちには魔石製のラジオとかがあるでしょう?」
ケリーは周囲を見渡す。本当はどこかからこのラボを見ているのではないか。
「ああ。たしかに帝国のラジオ放送を傍受するやつがあるよ」
「ちょうどいいわ」
レインが不愛想さの中に上機嫌さをにじませた。何か嫌な予感がした。
「ちょうどいいっていうのは何が?」
「いい? 皇帝がじきじきに帝国兵を率いて、大群の兵士たちがそっちに行くわ」
「なんでだ? たかだかダークエルフの治めるちっぽけな土地だぞ」
「簡単に言えば、こっちでエリスが行方不明になったの。それが私たちのせいだってことになってるの」
「お前が攫ったからじゃなくて?」
「そうよ。むしろ私の方が捕まって、その時に助けてくれたのが彼女なの」
「いや、おかしいだろ。というか何捕まってるんだよ」
「ええ、おかしいわ。裏で動いているのはゲオルク・ベーゼよ。あいつが漆黒の森に埋まっている魔石の利権を握るために、バカな皇帝をそそのかしてこちらとの敵対を煽っているのよ」
レインは前世の戦友に容赦なかった。
「それで皇帝自らが出兵なんて狂ってるだろ。国の長がじきじきに出兵なんて聞いたことがないぞ」
「それがゲオルクの戦略なのよ。あの男は本当に頭がいいの。皇帝の自尊心をくすぐりながら煽って、彼が戦地へと赴くように巧みに誘導した。『俺行く』『じゃあ俺が行く』『どうぞどうぞ』っていうパターンの変則版ね。バカな相手だけに通じる心理戦で成立する地獄絵図よ」
「冗談じゃねえぞ」
ケリーが毒づく。
漆黒の森には屈強な戦士たちもいるが、いかんせんダークエルフの数そのものが人間に比べて少なすぎる。
人間たちが本気で精鋭たちを大量に送り込んできたら太刀打ちできない。
「おそらく敵はそちらへ半日もあれば着くわ。その時、漆黒の森が焼き討ちに遭う」
ケリーは森が大火で焼かれるのを想像してぞっとした。
「どうしろって言うんだ?」
「私に考えがあるわ。これから言うことをよく聞いて」
レインが作戦を話しはじめた。
「……話は分かったが、それがそんなにうまくいくものなのか?」
「正確にはうまくいかせるしかないわね。それができなければ単に私たちの未来が無い」
「皇帝が俺たちの言うことなんて聞くものなのか?」
「私は彼の性格をよく知っている。エリックはそれほど頭が良くないけど、道理が分かる人よ。だからあれだけバカでも皇帝として認められているの」
「まるで皇帝を昔からよく知っているみたいだな」
「ええ、仰せの通り彼のことならよく知っているわ」
「……」
ケリーは面倒くさくなってこれ以上ツッコむのをやめた。
どうやらレインには自分の預かり知らない知識やら見識があるようだった。
「ひとまずこの話を長老会議へ持っていくよ」
「そうして。議題に上がったら、仮に全員に反対されたとしても力ずくで承認を得て。それができなければ私たちは滅ぶわ」
「無茶言うな。だが、悠長にやっているヒマもなさそうだな」
ケリーは覚悟を決めた顔つきになる。
あと半日もしない内にダークエルフという種族の存亡が決まる。その責任は重大だった。
「ひとまず漆黒の森の人員を総動員して、ありったけの魔石を集めるよ」
「お願い。私もこれからゲオルクを最短コースで地獄へと堕とすプランを練るわ」
返事を待たずにレインの通信が途切れる。ラボには静寂が戻った。部屋の片隅には紅い電気をパチパチと鳴らせる魔石ラジオがあった。
ケリーはしばらく天井を眺めていた。
数秒が経ち、我に返る。こんなことをしている場合ではない。
レインから教えられた方法で、漆黒の森を救う必要がある。
時間が無い。皇帝はすぐにこちらへと辿り着くだろう。その時に作戦の準備ができていなければ、漆黒の森は報復まがいの軍事侵攻を受けることになる。
「色々と無茶な計画だが、やるしかねえな」
ケリーは誰にともなく言い、自身を鼓舞する。
これから文字通りの戦争が始まる。ダークエルフたちの存亡はレインに懸かっている。
こちらができることとしては、彼女を助けることだけだ。
「頼むぜ、レインよ」
ケリーは長老会議のメンバーを呼び寄せるべく、家を飛び出した。
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