隠された策略
――数時間後。
密かな陰謀を隠し持ったゲオルクは、エリスのことなどおくびにも出さずにエリックのもとへとやって来ていた。
夫婦とはいえ、四六時中一緒にいるわけではなく、エリスは皇帝とは別の場所で執務を行っていることも多い。
いかにも行動的なエリスらしいところだが、今回はそれがアダになった。何も知らないエリックは、途轍もない悪意を隠し持ったゲオルクとミラグロの今後について話し合った。
「やはり漆黒の森はすぐに奪還すべきかと存じます」
「そうは言うがなあ、なんであんな森にそこまでこだわるんだ?」
「あそこはあんな森などではありません。漆黒の森は世界有数の魔石埋蔵地です。それこそ、あそこを押さえてしまえば、世界を統べることができるほどの影響力を持てるほどですぞ」
「そこを治めている奴らが野心の無いダークエルフたちで良かったじゃないか」
「とんでもありません。奴らは邪神を崇める者たちです。それに、我々が彼らをどうこうしなくても、他国が漆黒の森を奪取すれば非常に厄介なことになります」
「魔王オディウムに勝る脅威などいないだろう。どうしてそこまでダークエルフの制圧にこだわる?」
「わたくしは長いこと軍事部門に携わってきたから分かりますが、各国の政治情勢や物の考え方は風向きのように変わります。それが人間という生き物だからです。歴史を顧みてみれば明らかですが、人々は飽きもせず殺し合い、奪い合います。
昨今は魔王オディウムという共通の敵が現れたから一時的に団結したものの、いつ他国が我が国の覇権を奪いにくるか分かったものではありません。だから手を緩めるべきではないのです」
「分かったような、分からんような……」
エリックは乗り気ではなかった。
魔王オディウムの脅威が去った今、人類はともに生きていくための努力をすべきだ。この期に及んで同族で戦争を起こすなど愚か過ぎる。それは誰でも認識しているはずの常識だった。
ゲオルクはどこか見えない敵と闘っているように見えた。
それも仕方のないことかもしれない。元々戦争の中で生き続けてきた人間がそう自分の生き方を変えられるものではない。それは魔王オディウムのいなくなった世界で退屈さを感じはじめている自分ですら例外ではない。
だが、それでも人類は平和に生きていける世界を目指すべきだろう。エリックはそう思っていた。
「とにかく、漆黒の森についてはわたくしにお任せ下さい。必ずミラグロの国益となる成果を収めていきますので」
「いや、ひとまず待て。エリスや他の者とも相談して考える。それまで軍事侵攻はやめろ。無用な戦争の火種を起こす必要はない」
ゲオルクは目礼だけをしてその場を辞去した。その背中には押し殺された憤怒があった。
エリックは不思議に思っていた。
どうしてこの男はダークエルフという異種族を蛇蝎の如く嫌っているのか。
たしかにダークエルフは魔王オディウムの討伐については積極的な協力を見せず、事態を傍観していた向きが強い。
だが、ミラグロに害を成すような行為をしたわけでもない。そうなるとゲオルクが個人的に私怨を抱いているようにしか感じられなかったが、その根拠が分からなかった。まともに生きていれば人間はダークエルフと関わることなどないのだから。
「そういえばエリスはどうしているんだろうな」
何か困ったことがあれば、大体は妻のエリスに相談する。明らかに彼女の方が賢いからだ。
エリスの姿は見えない。またどこかの部屋で各国との渉外やら法案の作成について部下と小難しい議論を交わしているに違いない。
エリックは部屋に運ばれた紅茶を啜る。窓から見える青空には、白い月が浮かんでいた。
今日は昼間から月が綺麗だと思った。
その背後で、ミラグロ史上例の無い、途轍もない事態が起ころうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます