再会

 ――舞台は現代へと戻る。


 エリスとティムであった者レインは、互いにすべてを思い出した。


「おかえりなさい」


 エリスの瞳に涙が浮かぶ。


 二人は無言で抱きしめ合った。


 悲しみの中で忘れ去られていた約束――それは今、長き時を経て果たされた。


「遅いよ」


 エリスがかろうじて声を出す。溢れ出す涙が止まらなかった。


「本当にごめんなさい」


 レインがエリスを抱きしめる。


「あと、間違えて女に生まれたわ」


「そんなこと、どうでもいいよ」


 二人は長い間抱きしめ合った。


 ティムとレインは見た目だけであれば似ても似て付かない。だが、そこには共通する何かがあった。


 間違いない。この女性はかつて愛した人の生まれ変わりだった。


 ティムがこの世界を去った時には悲しみを通り越して感情が喪失していたが、目の前にいる女性がその人だと分かると、心の奥底に封印していた何種類もの感情が一気に押し寄せて、ワケが分からなくなっていた。


 エリスがレインを抱き寄せて、貪るようにその唇を奪う。


「あなたにはエリックがいるじゃない」


「女子はだからいいの」


「よくそんな言い訳を思いつくわね」


 レインは思わず笑った。


 無茶苦茶な理屈だが、確かにレインというダークエルフのアイデンティティーは、前世のティムとは別人だ。レインは細かいことを気にするのはやめて、そのままキスを受け入れた。


 柔らかい唇に口をふさがれて、時折舌が入ってくる。


 拒否することもなく、舌を絡ませる。唾液は糸を引き、ぐちゃぐちゃと音を立てた。


「ねえ」


 レインはあることに気付いた。


 しばらくぶりに愛し合う時間で大事なことを忘れていた。


 レインはつい先ほどまで監禁され、拷問された直後だった。


「このままずっとお楽しみといきたいところだけど、私は逃げなくちゃいけないの」


「これからどうするの?」


「分からない。あのゲオルクとかいう悪党はどうにかしないといけない。少なくとも、私たちが生き残るためには」


 エリスが言葉を失う。


 当然の反応だ。ゲオルクは人格に問題があるとはいえ、国のナンバー2であり、影の支配者でもある。やり方はともかくとして、王都ミラグロの拡張を担った実績は無視できない。


 ゲオルクがいけ好かない男だったとしても、実際に彼がミラグロへ果たした貢献は大きい。その男をレインは「消す」よう仄めかしている。


 ――こんな時、どうすれば良いのか。


 誰に訊けばいいのか想像すらつかない。


「少しだけ待って。どうすればいいか、考えるから」


 エリスはその場で答えを出すことを諦めた。


 エリスにとって目の前のダークエルフが大切な存在であることは間違いない。だが、ここで感情に流されて軽率な判断をすれば、のちに計り知れない動揺を巻き起こす可能性がある。


「とりあえず逃げて。それで、一晩経ったらまた会いに来て」


「……分かったわ」


 レインは頷いた。本心としてはゲオルクを殺したくて仕方がないだろうが、命の恩人であり前世の恋人の恩義にこたえることにしたようだった。


「それじゃあ行くわ」


「うん。また、ね」


 歩き去るレインの姿が透明になって消えていく。足音も無く、その場から完全に姿が無くなった。「潜伏」のスキルを使っているのだろう。


「よし」


 エリスは一人で気合を入れる。


 これからゲオルクをどうにかしないとけない。


 また、レインを逃がしたことで大騒ぎになるだろう。


 何か考えなければ……。


 何か打つ手は、きっとある。


 ひとまずはレインの無事を祈ることにした。

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