回想8

 大空に青白い光が広がる。


 空が、揺れた。


 時間差で、凄まじい爆発音が響く。


 衝撃――爆心地から数キロ離れている者たちでも、あまりにもすさまじい爆発で次々と吹っ飛ばされていく。


 エリスたちの乗っている飛行機もすさまじい風圧に煽られる。本来であれば墜落しているはずだが、出どころの分からない不思議な力のフィールドに守られていた。


 遠くから、途轍もない大きさの爆発がみるみると広がっていく。


 それは飛行機の目の前まで来ると、火柱のようになって空へとビーム状に軌道を変えていった。


 断末魔の叫びを上げる魔王オディウムが、その身を焼かれながら天へと昇っていく。


 やがてその叫び声も聞こえなくなり、特大の火柱は天空へと吸い込まれるように消えていった。


 再びこの世界から音が消える。


 呆然。誰もがそれ以上のリアクションをしていなかった。


 何が起こったのかすら把握しきれていない。


 飛行機は堕ちずに、雲一つなくなった空を弱々しく飛んでいた。


 先ほどまで床に倒れ込んでいたエリスは、呆然自失となりながら機内を這っていき、先ほどまでオディウムがいた場所を見下ろした。


 そこには、底が見えないほどの深い穴が開いていた。まるで隕石が地上を貫通して、星の反対側から突き抜けていったようだった。


 エリスは唖然としながらその穴を眺める。


 真っ黒な闇しかない巨大な穴は、彼女の心を象徴するようだった。


 周囲の人間が立ち上がりはじめて、この世界は音を取り戻していく。


「終わったの……?」


 誰にともなく訊く。


 だが、それが闘いのことなのか、愛する人と一緒に過ごす時間の終焉を示すのかは彼女自身にも分からなかった。


 ペアストーンでティムを呼び出す。反応が無い。自分の思念がどこかで受信されている気配も無い。


 全身に寒気がしてくる。半ば理解しつつある事実を認めたくない。


 だが、そこには明白な事実があった。


 ペアストーンが反応しない。


 ――ティムの波長が消えた。


 まるで最初からこの世界になかったかのように。


 少しばかり粗野だが、その根本には優しさとたくましさがあった。それを感じられている限りは、どれだけ離れていても近くにいるような気分になれた。


 だが、それはもう無い。どこにも存在していない。


 悲しみが押し寄せるのではなく、感情が潮のように引いていくのが分かった。


 もう彼に会うことができない。


 彼が私に笑うことも、怒ることも、抱きしめることもない。


 すべてが、根こそぎ無くなった。


 人とは不思議なもので、失ったものがあまりに大きいと、それがまったく現実とは思えないように感じるようだった。おそらく精神的な防御反応によるものだろう。


 この世界で一番愛している人が亡くなったのに、まるで他人事のようだった。


 彼はうっかりどこかの異世界へと飛ばされただけなのではないか。


 時空のひずみに追いやられて、どこか遠いところへ一時的に行っているだけなのではないか。


 色々な逃避的な考えが出てくるが、その答えは明白だった。


 ――ティムは死んだ。


 彼は二度と戻って来ない。


 どれだけ私が涙を流そうとも。


 どれだけこの世界が輝きを取り戻したとしても。


 その胸に、言い知れない悲しみと無気力が広がっていく。泣くに泣けないほど、ショックの方が大きかった。人間というものは、悲しみを通り越すとすっかり感情を失ってしまうものだと悟った。


 機内のクルーたちが、魔王オディウムの討伐成功に気付きはじめ、徐々に歓喜の声を上げる。歓声はどんどん大きくなっていった。


 半ばお祭り騒ぎになる機内。


 だが、肝心のエリスはそこに立っていながらも、本当の意味でそこにはいなかった。


 輝きを取り戻したはずの世界。


 待ち望んでいた、平和の訪れ。そして安寧。誰もが安心して眠ることのできる夜が帰ってくる。


 だが、エリスにとって、世界はとてもぼんやりとしたものに映った。

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