死霊の声
――ミラグロ城の地下。
ここには広大な
静寂の中で、エリスの息遣いが乱れていた。
エリスは
墓前には、大量の花が添えられている。
残留した魔力のせいか、花は水をやらずともみずみずしい輝きを放ったまま咲き誇っていた。
エリスは墓前へと来ると、墓石に意識を集中させた。
昔読み漁った禁書にネクロマンサ―の秘術が載っていた。
聖職者にほど近い白魔導士がそのような書類を読むこと自体が禁忌に他ならなかったが、「世界を救うため」とその技術を習得していた。本音は魔導書マニアの血が抑えられなかっただけだが。
エリスは死せる者たちの声に耳を傾ける。
ここに眠る勇者の一人が、エリスの意識へと語りかける。
『我に語りかける者よ。そなたは誰だ』
「私は皇妃エリス・イグナティウス。あなたのご加護で生きている者です」
エリスに語りかけてきたのはミラグロの始祖の霊だった。
『して、そなたがどのような要件でここへ来たと?』
「失礼ながら、こちらにティム・モルフェウスという男は来ていないでしょうか? 容姿端麗と腕っぷしだけが取り柄で、家事はできず気の利かない男です」
『ティム・モルフェウス……。聞いたことがないな。おそらくここで会ったこともないはずだ。ここに眠っているのか?』
「残念ながら遺骸は魔王オディウムとの闘いで焼き尽くされており、遺品の武器や思い出の品だけを持ってきました。ここには来ていないでしょうか?」
『ここにはおらぬ。来ていれば強制的にチェスの相手でもさせていただろうからな』
ミラグロの始祖は『はっは』と笑う。
たしかにここにはティムの気配がしなかった。
エリスは超知覚の持ち主だが、ここにティム・モルフェウスがいることを証明する痕跡はつゆとも見当たらない。
ミラグロの始祖が嘘吐きの幽霊にも見えなかった。そうなるとこの
『して、ティム・モルフェウスというのはそちの想い人なのか?』
「……かつては。ですが、今の私は皇帝の妻です」
『それならばなぜ彼にこだわる? 死霊と浮気などすれば、亭主も気分がよろしくないだろう』
ミラグロの始祖はニヤニヤと笑いながら言った。幽霊と生身の人間が不倫をする映像を想像しておかしくなったようだった。
「彼とは魔王を討伐した際に約束をしました。必ず、私のところへ戻って来ると」
『左様か。それならばそやつの霊が戻って来るのを待つしかあるまい。霊というのは気まぐれよ。疲れもせず、誰も咎めないものだから、世界を気ままに旅してから墓へと戻って来る者もいる。私のように祖国を守ると地縛霊のように居着く者もいるぐらいだ。霊には時間という概念が無い。そういうものなのだ』
ミラグロの始祖はもっともらしく言う。
ティムが約束をたがえるような男ではないことは知っている。そうなると、始祖の言う通りどこかで幽体のままフラフラと遊んでいるのかもしれない。
神の待つあの世へは一度行くと戻れないと聞く。そうなると、その前に彼が死後の人生を謳歌しているとしても何ら不思議は無かった。
生前に自由気ままであったティムなら、そのようにしていても何ら不思議は無い。
「分かりました。ありがとうございます」
エリスは敬意を表すると、
帰る最中にエリスの中で生まれかけていた仮説の確信度合いが深まっていく。
まさか、そんなことが――
でも、ありえない話じゃないわ。
エリスは無言で回廊を歩んでいく。
自室ではなく、もう一つの閉ざされた場所へと向かって行く。
行き先は、レインが幽閉されている牢獄だった。
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