ゲオルクとの対話
「あの女性は結局どうなるの?」
皇妃エリス・イグナティウスが不安そうに尋ねる。
エリスは自室へと戻され、執務大臣のゲオルクと今後について話していた。
「あの女は地下牢に幽閉しております。皇妃様に危害を加えることはできないので、ご安心下さい」
ゲオルクが酷薄な微笑を浮かべて言う。
その笑みを見た時、エリスはあのダークエルフが無事では済まないことを確信した。
「彼女の処遇は?」
「あの女は見ての通りダークエルフです。現在ダークエルフと王都ミラグロは対立する関係にあることから、あの女は皇妃様に危害を加えようとして来たスパイに他なりません。事情を吐かせたのち、処分します」
「処分……ですって?」
エリスの顔が青ざめる。
処分とは、懲らしめられたのちに解放されるという意味ではない。
平たく言えば、あの女戦士は魔女裁判で火刑になるということだ。
「そんな……あんまりじゃないの」
「甘いですな」
ゲオルクは白いヒゲに覆われたアゴを指先で撫でながら続ける。
「あの女はすでにこちら側の内情をいくらか握っている可能性があります。そのような者をわざわざ無傷で帰せば、のちにこちら側に多数の犠牲が出るやもしれません。それはあまりに愚かです」
「だからって殺すことは無いじゃない。逆に情報を引き出すことができるかもしれないわ」
「皇妃様、相手は敵国のスパイですぞ。誰がまともな情報など期待できるのですか。彼女から出る情報は信憑性に乏しく、我々を攪乱するだけです」
ダークエルフを敵とみなす立場であれば、ゲオルクの意見は正しかった。
レインを無傷で帰せば、事態はより一層タチが悪くなる。
こちら側へ引き込むにしても、寝返ったフリをして偽情報で混乱が起きるかもしれない。そこを突かれたら王都ミラグロでも危機に陥る可能性はある。
感情を抜いて考えれば、レインを始末するのは国防にとって妥当な選択だった。
エリスは苦虫を噛み潰したような顔でゲオルクを見つめる。
自身の主張が完全に論破された。もう彼女の人生は終わったに等しい。
彼女は自分を攫うために来たと言った。だが、一概にただの悪党にも見えなかった。
感情論ではない、嫌な予感が胸に去来していた。
――あのダークエルフを殺すことが、新たな禍根になるのではないか。
エリスの、皇妃としての勘が警鐘を鳴らしていた。
「とにかく、あの女の始末は私にお任せ下さい。もう皇妃様を危機にさらすようなことはいたしません。安心して眠れる夜をお過ごしいただければと思います」
ゲオルクは返事も待たずにその場を辞去した。
「メス犬め」
ゲオルクがかすかな声で呟いた。誰を罵ったのかは分からない。
門番がゲオルクを見送り、恭しく敬意を示しながら魔石で強度を最高値まで増幅させた扉を閉めていく。それは護られているのか、それとも単に幽閉されているだけなのか。
豪華で広い部屋に、エリスはただ一人残される。恵まれた暮らしなのに、言い知れぬ寂しさを感じた。
レインを見て、ある男のことを思い出した。
いや、彼のことを忘れた日など一日も無い。
それでも、レインの両目にはかつて愛した男の面影があった。
不思議な感覚だった。それを思い出したら、気付けば唇と重ねている。そんな様相であった。
もう会えない彼へと思いを馳せる。
「あなたなら、こんな時どうするの」
吊るされたシャンデリアを眺めて呟く。
その光の向こうに、今もなお色褪せぬ思い出があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます