卑怯
アパートから漏れる光が、たまらなく暖かそうに見える。
その明かりを見ていると安堵感と惨めさが湧き上がる。
それを押し殺す気にもならずしゃくり上げながらアパートに向かって歩き出した。
そして、先生の部屋の前に立つ。
こんな格好で・・・それにすっかり汚れちゃった。とても臭いし。
先生の反応を思うと怖くもあったけど、それ以上に先生に会いたかった。
気がつくと先生のドアのチャイムを押していた。
ややあって、鈍い足音が近づくとドアが開いた。
目の前の先生は私の姿を見ると、ギョッとした表情を浮かべ言葉も無く私を見つめていた。
でも私はそんな事に気を向ける余裕は無かった。
先生の姿を見た途端、暖かい空間にまた戻れたと言う安堵感と嬉しさが暴力的な勢いで、まるで紙に火を付けたように一気に広がってきてそれに耐えきれず今日何度目だろうか分からないけど、声を上げて泣いた。
もう立っていることも出来ないので、その場にしゃがみ込む。
先生は無言で私を抱えるようにして部屋に入れてくれた。
そして、ドアを閉めるとすぐに私の目を見ながら言った。
「どうした、一体何があった?」
私は度言えば良いのか分からずただ泣き続けた。
実際、さっきの事をどう言えば良いのか。
清水先生の事は絶対に言うわけにはいかない。
さらなる復讐が恐ろしかった事もあるが、もししゃべったらそれはすなわち私のやった事も山辺先生にバレてしまう事を意味する。
それだけは。
混乱する頭で、泣きじゃくりながらも帰りに男性に襲われたこと。覆面をしていて顔は分からなかったこと。この事は思い出したくないので、警察沙汰にはしないでほしい事。
それらを泣きながらも必死に話した。
「だがそれじゃあ・・・」
山辺先生は表情を歪めながらしばらく黙り込んでいたが、やがて深くため息をついた。
「お前はそれでいいのか?」
私は頷いた。
ただただ私はあの時間を無かったことにしたかった。
記憶の底に落とし込んでしまいたかった。
「分かった」
先生はそれだけ言うと、私の頭を何度も撫でた。
それは身体全体に暖かさが流れ込んでくるような、くすぐったく心地よい刺激だった。
先生の暖かさと共に、包み込まれるような安心感。
途端に私は身体と心の力が抜けていくように感じ、先生にもたれかかった。
先生はそれを受け止め、そのままの姿勢で両腕を私の背中に回してくれた。
「ゆっくり休め。もう大丈夫だから。僕がついてる」
ああ・・・そっか。
今はあなたが居てくれるんだ。
その安心感と心地よさのせいだろうか。
私の口から、まるでティーポットから紅茶が注がれるかのように言葉が出てきた。
「好きです、先生。愛してます」
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