第31話 『特殊事象対策室(SPRO・スプロ)』

 2024年11月9日(20:00) 東京 


「あれ、防衛省って新宿の市ヶ谷にあるんじゃなかったっけ?」


 スマホや最低限の荷物だけもって飛行機に乗って羽田に着き、マイクロバスに乗せられて着いた先が予想外の場所で、驚いた比古那が修一に聞いた。


「だから、非公式の部署だって言わなかったか、比古那」


 いきなりの呼び捨てに、上から目線の勇作にイラつく比古那であったが、確かに非公式で誰も知らない部署が、防衛省の正門から入って堂々と建物の中にあるわけがない。


 比古那は口をつぐんだ。


 他の5人も同じようだが、壱与とイツヒメとイサクは別の意味で戸惑っている。新宿は新宿でも、歌舞伎町一番街。夜のネオンに照らされた街は、不夜城として名高い。


「ここに本当にSPROがあるのか?」


 尊が疑わしげに尋ねた。


 勇作は肩をすくめ、『もうすぐわかるさ』と答えた。


 一目でわかる性風俗関連のビルの脇にある、地下へ向かう階段を下りるよう勇作に言われた一行は、言われるがままに下りていく。

 

 確かに、ここにお堅い政府の機関があるなんて、誰も思わないだろう。


 地下への階段を降りると、非常灯の明かりだけがともり、向こうには地上へ上がる階段が白い光とともにある。ただの地下通路のように見える道の中ほどで、一行を連れてきた男性スタッフが壁に手をかざす。


 すると暗がりでは見えなかった壁の一部が変形し、扉らしきものが見えた。


「ここが入り口です。みなさん、私の後に続いてついてきてください」


 勇作とスタッフが目配せし、スタッフが壁のキーパッドに暗証番号を打ち込むと、『確認』という緑色の表示が出て、扉が自動で開いた。さらに奥に進むと5つの扉があり、手前の1つだけが開いている。


 そこから入っていった先はまるで応接室のようで、大きなテーブルを囲んで6人掛けのソファが2つ向かい合っている。他には液晶モニターや通信機器などが置かれた机があった。


 スタッフは一行を部屋に案内し、ソファに座るよう促す。比古那たちは戸惑いながらも指示に従った。壱与、イツヒメ、イサクは警戒心を解かず、周囲を注意深く観察している。


「お待たせしました」

 

 新たに現れた中年の男性が挨拶した。彼はスーツ姿で、胸には「SPRO」と書かれた IDカードを下げている。


「私は藤堂と申します。SPROの責任者です」


 藤堂は一人ずつに目を向けながら自己紹介した。


「SPROとは一体何なのでしょうか?」


 修一が前のめりになり質問すると、藤堂は落ち着いた口調で説明を始めた。


「特殊事象対策室、略してSPROは、通常の枠組みでは対応できない事案を扱う秘密組織です」


「具体的にはどんな……」


 尊が尋ねかけたが、藤堂に遮られた。


「その前にまずは皆さん、こちらで簡単な検査を受けてください。なんら自覚症状がなく、周囲に変異をもたらした形跡がないので問題ないとは思いますが、念のため。皆さんの健康と安全のためです」


 藤堂の言葉に全員が驚きの表情を浮かべた。修一が声を上げる。


「検査? どんな内容なのですか?」


 藤堂は穏やかに説明を始めた。


「基本的な身体検査や遺伝子解析、それに放射線や毒物の有無を確認します。MRIやCTスキャンも行います」


 比古那が不安そうに尋ねる。


「それって危険なんですか?」


「いいえ、全く危険はありません」


 藤堂は即座に答えた。


「むしろ皆さんの安全を確保するためのものです」


「でも、なぜそこまで……」


 尊が少しイラついたように言うが、藤堂は真剣な表情で続ける。


「聞くところによると、皆さんは異なる時代へ行き、戻ってきた。また、数名は過去から来られました。未知の病原体や、現代に影響を与えうる要素がないか、確認する必要があるのです」


「貴様! 等を如何いかにするつもりか? 壱与様お下がりください。危険です」


 イサクが立ち上がり、剣に手をかけた。


 それに対して藤堂は手を上げ、いたって落ち着いた様子で答える。


「そのような意図は全くありません。これは通常の手順です。皆さんの身の上に起きた理解しがたい事、それを解明し、家族や警察、大学に説明して日常生活が送れるようにするために、ここに来たのではありませんか?」


 藤堂は勇作を見、勇作はうなずく。


「修一、お前の生徒に何か言ってやれ。コイツら自分の立場を分かっているのか? どうにもならないから俺を呼んで、助けてくれって言ってきたのはそっちだぞ。オレだって暇じゃないんだ。さっさっとやって終わらそうや」


 勇作が乱暴に言った。

 

「そうだな……」


 修一は立ち上がると、比古那たちに向かって言った。


「みんな聞いてくれ。確かにオレたちの身に起きていることは普通じゃない。だから、それを解明して元の生活に戻るために、協力してほしい」


 学生達6人を見た後に、修一は壱与とイサク、イツヒメを見る。


「先生……わかりました」


 比古那が代表して答えると、他の5人もうなずいた。壱与は修一の目を見てうなずき、イツヒメも同じくうなずいた。イサクは警戒していたが、壱与から促され、しぶしぶ同意した。


 藤堂が続ける。

 

「では皆さん、検査室へ案内します。こちらへどうぞ」


 藤堂は一行を検査エリアへ案内した。そこには5つの検査室が並んでいた。


「5つの検査室を同時に使用します」


 藤堂が説明を始めた。


「1人当たり2時間から3時間の検査時間で、全員で10名ですので、およそ4時間から6時間で終了する見込みです」


 修一が確認する。


「つまり、深夜1時から3時頃には終わるということですね」


「その通りです。検査を受けていない方は休憩室でお待ちください」


 藤堂はうなずいた。


 比古那たちは互いの顔を見合わせるが、まだ戸惑いは隠せない。夜更かしには慣れているとはいえ、緊張感が漂う。


「では、最初の5名はこちらへどうぞ」


 藤堂が促す。


 修一と比古那、尊や槍太とイサクが最初のグループとなる予定だったが、イサクがどうしても壱与と同じでないとダメだと言い張ったために、イサクと咲耶が入れ替わりとなって残りの5名は休憩室へ案内された。


 検査が始まり、時間が過ぎていく。深夜0時を回った頃、最初のグループの検査が終了。疲れた表情で休憩室に戻ってきた彼らを、次のグループが心配そうに見る。


「大丈夫だ、特に問題はなかったよ」


 修一が安心させるように言った。


 壱与の顔をみてニッコリと笑う。深夜2時半、全ての検査が終了。疲労困憊こんぱいの面々が休憩室に集まった。


「お疲れ様でした。詳細な分析結果は明日の午後にお伝えします。それまでこちらで休息を取ってください」


 藤堂がそう告げた。


 休憩室は相当広く、リラックスできるようにネットカフェのような設備もあり、小規模なゲーム施設もあったが、全員が検査が終わってホッとしたのか、すぐに熟睡したのであった。





「で、どうだったね、博士。彼等の検査結果は」


 藤堂が主任研究員である博士に聞くと、博士は驚きを隠せない。


「問題ありません。あの3人以外は……」


「3人?」


「はい、あの……名前で言うと壱与、イサク、イツヒメという3人です。彼等は……彼女たちは、間違いなく弥生人です。信じられないかも知れませんが、弥生人のゲノムです。我々と同じ現代人のゲノムではありません」


「そうか。……信じるよ。世の中では科学で証明できない物もある」





 次回 第32話 (仮)『弥生人と現代人。SPROの裏工作』

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