第30話 『貴金属違法ブローカー樋口勇作』

 2024年11月9日(13:00) 福岡市 自宅 <中村修一>


 警察に連絡して、後日全員で向かう事で事なきを得た。


 警察からも家族に連絡がいくようだが、全員がそれぞれ自分で家族に連絡をした。オレはみんなとは違いそこまで家族と頻繁に連絡を取ってはいなかったので、捜索願は出ていなかったようだ。


 なんだか寂しい気もしたが、今回はそれでいいとしよう。


「もしもし、九州大学でしょうか? 中村修一と申しまして、はい、考古学の非常勤講師をしていたのですが……」


 オレはみんなを安心させるために、大学に電話をした。比古那を含めた6人は、家族に電話をしている。





「中村先生ですか。ええ、覚えております」


 事務員から事務長へと電話先の相手が代わったが、それでも大学側の声は冷ややかだった。


「5か月もの間、連絡が取れず大変困惑しておりました」


「大変申し訳ございません。予期せぬ事態に巻き込まれてしまい……」


 オレは言葉を選びながら説明を続けた。


「状況は理解しました。ですが、もうその理由を伺う必要はありません。中村先生は当学より解雇となり、現在は別の方が教鞭きょうべんをとっておられますので、ご心配なく。ああ、先生の事は他の大学には通達してませんので、採用されるかは先方しだいでしょうね。それでは」


「あ!」


 オレは切ろうとする電話の相手に叫んだ。


「申し訳ありません!」


「なんでしょうか」


「同じ時期に行方不明になった宿名比古那すくなひこな仁々木尊ににぎたける天日槍太あまひそうた木花咲耶このはなさくや、豊玉美保、栲幡たくはた千尋は……その、処分はどうなっているでしょうか?」


「……少々お待ちください」


 電話口の事務長は厄介事に巻き込まれたくないようで、明らかにおざなりである。



 


「お待たせしました」


 事務長の声には明らかな不快感がにじんでいた。


「おっしゃった学生たちについてですが、全員、学則に基づき除籍処分となっております。5か月間の無断欠席は、どのような理由があっても看過できません」


 オレは胸が締め付けられる思いだった。予想はしていたものの、現実を突きつけられると辛い。


「ちょ、ちょっと待ってください! 確かに、確かに5か月間講義に出席もせず、連絡もとれないような状態では、そういう処分になっても仕方ないと思います。でも、捜索願いが出されて、事件性も踏まえて捜査されたんですよ! 成績だってみんな優秀だったし、これまでだって学生としての品位を欠く行為なんてなかったでしょう? それをいきなり除籍とは、どうにかなりませんか?」


 オレが事務長と話している内容は、そのまま横にいる6人に聞こえている。除籍という言葉を聞いて青ざめているようだ。


 電話の向こうで、事務長は深いため息をついている。


「中村先生、お気持ちはよくわかります。しかし、大学には規則があります。5か月もの無断欠席は、どのような事情があっても看過できないのです」


 事務長は一旦言葉を切り、少し柔らかい口調で続けた。


「ただ……確かに捜査が行われていた事実は重く受け止めるべきかもしれません。こういたしましょう。学生たちの状況説明書と、警察からの証明書類を大学に提出してください。それを基に、学部長や関係部署と協議し、再検討の余地があるか確認いたします。ただし、これはあくまで検討するという約束だけです。結果を保証するものではありません」


 オレは一縷いちるの望みを感じ、声を弾ませた。


「ありがとうございます!  すぐに準備して提出します」


 電話を切ったオレは、6人の学生たちの方を向いた。全員が不安と期待の入り混じった表情でこちらを見ている。


「みんな、希望はまだある」


 オレは優しく、しかし力強く言った。


「大学側も完全に門戸を閉ざしたわけじゃない。これから警察に行って、状況説明書と証明書類をもらう。それを大学に提出して、除籍処分の再検討を求める」


 おおお! という歓声が6人から上がるが、すぐに意気消沈してしまった。


「先生、そうは言っても、正直無理じゃないでしょうか……。どうやって警察に説明して、大学が納得いくような必要書類を作るんですか」


 冷静に尊が言った。やっと出た希望の芽を摘むような感じでバツが悪そうだったが、事実である。


「そこだな……悪かったな。期待を持たせるような言い方をして」


「先生が悪いんじゃないよ」


 咲耶が言った。





 ピンポーン。


 インターホンが鳴った。カメラをのぞき込むと、オレの幼馴染で腐れ縁の樋口勇作がいる。端から見ると明らかに怪しい風貌の男だ。しかもサングラスをかけて目深に帽子をかぶっている。


「来たか、入れ」


 勇作はオレが鍵をあけるとそのままズカズカと入ってきて、壱与やイサク、イツヒメや6人の学生をみて開口一番にこう言った。


「へー、これが話に聞いた弥生人ね。なんか見た目はオレ達と変わらねえな」


「貴様!」


 イサクが剣を抜いて振り下ろし、剣先を勇作の顔に向けたのだ。


「おおっとアブねえ! さすが、違うね、弥生人は……おや? あんた1人だけ……あんたもしかして、人を斬った事があるだろう?」


 勇作はそれをさっとかわして笑いながら言った。部屋の空気が一瞬で凍りついた。イサクはもう一度構えて今にも斬りかかろうとしているが、壱与に制止されている。


 どうやらイサクのまとっている雰囲気が、殺人者のオーラのようだ。実際イサクは殺人者ではないが、その仕事上、人を殺したことはある。


「勇作、やめろ」


 オレは厳しい口調で言った。


「イサクも落ち着け。ここは現代だ。剣を振り回すのは良くない」


「……シュウ、少しいいか」


 壱与の制止とオレの言葉で剣を収めたイサクが、オレを呼んだ。


「どうしたイサク」


「シュウ、彼奴きゃつは何者だ? 志能備しのびではないのか?」


「シノビ? ……忍び……志能備、ああ大伴細人の? 違うよ、現代人だよ。まあ……確かに大っぴらに胸を張れる仕事かどうかはわからんけど……殺人は、さすがにない、と思う」


 オレはイサクに説明し、特に害がないことを納得させた。


「ははは、まいったね、こりゃ。で、修一よ、ブツはどれだ、見せろ」


 勇作はふう、と息を吐いて言う。


「ああ」


 オレはそうやって壱与に目配せし、壱与から渡された宝飾品の数々を勇作に見せた。


「ほう……こりゃ見た事ねえ装飾だな。翡翠ひすいもあれば、金や銀、どれも現代じゃ見ない細工だ。翡翠はわからんが金や銀は含有量にもよるが、かなりの値で売れるぞ」


 勇作は目を輝かせながら言うが、オレの心配はそこじゃない。


「勇作、それは正規のルートか?」


「ははは! 馬鹿言うな! 鑑定書もない貴金属が売れるかよ! オレはブローカーとしてマーケットに流す手伝いをするだけだ。もちろんヤバい橋を渡る分、手数料はもらうぞ」


 マジでドラマのような世界だ。本当にいるのか? と思う人もいるだろうが、本当にいる。目の前に。できれば力を借りたくはなかったが、万が一の時、必要なのは金なのだ。


 オレは深く深呼吸をした。勇作の言葉に、部屋中の空気が重くなる。


「勇作、待て」


 オレは宝飾品を手に取った。


「これを売るつもりはない。少なくとも、今はな」


 オレは今はな、と含みを持たせる言い方をした。

 

 なぜか? 最悪、そうしなければならない時がくるかもしれないからだ。恐らく、こいつらが借りている部屋は解約されているだろう。


 敷金や礼金から引かれたとしても、諸費用を支払わなければならない事になる。荷物の整理や引越などにも金がかかる。そうなった時、オレのせいではないにしても、なんとかしなくちゃいけない。


 だから最後の手段として、そう言ったんだ。


「なんだよ、せっかく来たのに。じゃあなんでオレを呼んだんだ?」


 勇作は眉をひそめた。


 オレは部屋中を見回した。比古那たち6人と壱与にイサクとイツヒメ。


「実はな勇作、お前の……コネを使いたい」


 オレは慎重に言葉を選んだ。


「大学や警察に対して、オレ達の状況を説明できるような筋書きを作れないか?」


 勇作は驚いた顔をした後、ニヤリと笑った。


「ほう、そういうことか。まあ、できなくはないがな」


「待ってください」


 比古那が前に出た。


「先生、本当にこの人を信用していいんですか?」


 オレは比古那を見つめ返した。


「……みんなが不審がるのもわかる。でもコイツはオレに対しては嘘をついたことがない。それに大きな貸しがある。今、それを返してもらう」


「おいおい、今それを言うかね……」


 勇作は渋い顔をしたが、貸しがあるのは確かだ。


「で、どうするね皆さん。オレを信じるかどうかは自由だが、正直警察や大学をどうやって納得させるか、打つ手なし、八方塞がりなんじゃねえの? 迷う暇はないと思うがな」


 勇作の言葉に部屋中が静まり返った。比古那も尊も槍太も、咲耶も美保も千尋も、誰もが顔を見合わせているが、オレは深呼吸をして、決意を固める。


「みんな、いいか」


 オレは全員のYESを確認して、勇作に言った。


「勇作、頼む」


「良しわかった。じゃあみんな、支度をしてくれ。今から東京に行く。連絡はオレがつけておく」


「え? 東京? どういう事だ、説明してくれ。第一警察や大学に行かなくちゃならないんだぞ」


 オレは勇作の突飛な発言に驚いて反論した。


「警察? 大学? だからそんなもんは東京に行けば解決する。逆に言えばいかなきゃ解決しないし、お前らにはそれしか道がない。修一、いいか? じゃあ詳しくはついてから話すが、政府の力を借りる」


「政府?」


「詳しくは防衛省だ。防衛省には特殊事象対策室(Special Phenomena Response Office (SPRO))というのがあって、今回のお前らの事件にぴったりのお役所なのさ」


「なんだそれ、聞いた事ないぞ」


「当然だ非公式だからな。ある意味首相もしらない。ああ、一時期話題になったろ? 別班っていう陸自の特別部署。あれみたいなもんだよ」





 特殊事象対策室(Special Phenomena Response Office (SPRO))、いったいどんな場所なのだろうか? ともかく、オレ達は直近の福岡空港発の便で東京へ向かうことになったのだ。





 次回 第31話 (仮)『特殊事象対策室(SPRO・スプロ)』

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