第32話 『弥生人と現代人。SPROの裏工作』

 2024年11月10日(13:00) 東京 SPRO地下施設


「おはようございます」

 

 朝食、といっても既に昼を過ぎているのでブランチである。


 食事を運んできたスタッフの声で、休憩室で眠っていた面々が目を覚ました。

 

 和洋中と豊富なメニューが用意されており、疲れた体に染み渡る。スタッフたちは丁寧に料理を並べ、一同の様子を気遣いながら退室していった。


「よく眠れましたか?」

 

 藤堂が入室してきた。全員がうなずく中、修一が尋ねる。

 

「検査結果はまだですか?」


「ええ、まだ……」


 藤堂の答えより先に、咲耶が発言した。


「すみません、食事の前にシャワーを浴びたいんですけど。あと、メイクも」


 女性がスッピンを見られたくないのは当然だし、長旅(弥生←現代←東京)の疲れもあって、シャワーを浴びてすっきりしたいというのは納得できる。


 男性陣と女性陣は別々の部屋で寝たのだが、咲耶が1人だけ出てきて、パーカーで顔を隠しながら言ってきたのだ。


「それもそうですね。……藤原くん、案内して」


 藤堂はそう言って秘書? のような女性(藤原)に指示をする。


「承知しました。では、咲耶さん、こちらへ。皆さんも呼んできていただきますか?」


 藤原はそう言って咲耶とともに浴室やメイク室などを案内した。


 男性陣はそれよりも食欲だ。


 ひとまずは洗面所で顔を洗い、ひげって、手を消毒して食事を始めた。

 

 特に比古那と尊は空腹だったのか、目の前の料理に手を伸ばす。和食、洋食、中華と豊富なメニューの中から、好きなものを選べるブッフェスタイルだ。


「申し訳ありません。検査結果の説明は、全員がそろってからにしましょう」

 

 藤堂は男性陣の食事を見守りながら言った。

 

「ただ、1つだけ先にお伝えしておきたいことがあります」


 修一は味噌汁をすすりながら、藤堂に目を向ける。


「なんでしょうか」


「これから皆さんには、しばらくの間このSPRO施設で過ごしていただきたいと考えています」


 藤堂の言葉に、イサクが箸を置いた。


「監禁というわけか」


「いいえ、そうではありません」

 

 藤堂は穏やかに首を振る。

 

「皆さんの安全を確保し、必要な手続きを行うためです。特に壱与さん、イサクさん、イツヒメさんには、現代社会で生活するための準備が必要です」


「準備?」

 

 槍太が尋ねる。


「例えば身分証明書の発行です。現代社会では、身分を証明する書類がないと、ホテルにも泊まれません。銀行口座も作れない。携帯電話も契約できない」

 

 藤堂は説明を続ける。

 

「また、現代の生活習慣や技術についても、基本的な理解が必要でしょう」


 修一は考え込むように腕を組んだ。

 

「確かに……。壱与たちが突然現代社会に放り出されても、すぐには適応できないでしょうね」


「でもなんでそこまで面倒を見る?」


 尊が疑問を投げかける。


「普通なら、変な実験でも……」


「ははははは。よくあるSFのドラマや映画などではそうでしょうね。確かに検査や様々な研究は行っていますが、必要不可欠な場合を除き、人体に影響を及ぼすであろう実験は行っていません。我々SPROは、そういった『特殊事象』の対応を専門とする組織なのです」

 

 藤堂は即座に答えた。

 

「類似の事例も、実は少なからずあります」


 その時女性陣が戻ってきた。髪も乾かし、化粧も整え、見違えるように清々しい様子だ。特に咲耶は別人のように明るい表情を見せている。


「お待たせしました」

 

 壱与が挨拶をする。現代の浴室での入浴は初めてではないものの、やはり新鮮な体験だったようだ。イツヒメは特に興味深そうに、シャワーの仕組みについて藤原に質問していた。


「では、検査結果について説明いたします。女性陣の方々は食べながらで結構です」

 

 藤堂は立ち上がり、部屋の大型ディスプレイを操作する。

 

「まず、壱与さん、イサクさん、イツヒメさんの DNA分析結果です」


 画面には複雑なグラフと数値が表示された。


「現代人のDNAと比較すると、明確な差異が確認されました。これは約2000年前の人々の特徴と一致します」

 

 藤堂は続ける。

 

「ただしこの件に関しては、科学的な根拠がなくても、みなさんが向こう側で体験したことで、実際に理解できている事でしょう。なぜそうなったかは別として、壱与さんやイサクさん、イツヒメさんが弥生人であるという事実です」


 確かに、修一をはじめ6人の学生が経験したことは、3人が弥生人であるということと、弥生の時代に自分達がいたことをに証明している。


「それに」


 と藤堂は言って、分析結果の説明を博士に指示した。


「イサクさんの剣ですが、蛍光X線による非破壊の元素分析と金属組織のマイクロCTスキャンの結果、3世紀頃の鉄剣と判定できます。特にチタンやバナジウムなどの微量元素の存在比が、弥生時代後期の精錬技術に特徴的な数値を示しています。これは3人のミトコンドリアDNAの解析結果とも整合性があり、弥生時代に特有の遺伝的特徴が確認されています」


 博士はさらに続ける。


「このような物理的・生物学的な証拠が示す結論は、3人が弥生時代の人物であり、皆さんが弥生時代に行き、戻ってきたということです。現代の技術でこれらの特徴を再現するには膨大なコストと時間、高度な技術が必要となり、極めて困難です。たとえその結論がどんなに突飛でも、科学的に実証された事実である以上、1つの確定的な事象として認識すべきなのです」


 修一は理系ではないが理解し、他の学生は頭を抱えたり、目をつぶったり、様々な反応をしている。


「……要するに、壱与ちゃん達3人が弥生人で、オレ達がタイムスリップして、戻ってきた事が、科学的に証明されたと?」


 全部を理解するのを諦めた槍太が、ざっくり言うとそうだろ? と言わんばかりに結論を言った。


「そうなりますね」


 藤堂は博士に目を向け、同意を得た後にそう答えた。





 今まで感覚的に思っていた事が実証され、一応の安堵あんどに包まれる一行であったが、これからの事を考えると頭が痛い。


「他にも気になる点がありますが、それはまた今度、詳細が判明してからにしましょう。それから皆さんの警察、家族、大学に関してですが、調整しました。詳しくは工藤くん、頼むよ」


 藤堂はそう言って部下の男に指示を出した。


「はじめまして。情報管理部の工藤です」


 まるで能面のような無表情の40代の男が、藤堂の指示によってしゃべり出す。


「まず警察への対応ですが」


 工藤は手元の端末を確認しながら説明を始めた。


「皆さんの失踪直後、これが重大な事案である可能性が指摘されました」


 工藤は淡々と説明を始める。

 

「複数の若者が同時に失踪するという事態は、単なる失踪事件として扱うには不自然でした。そのため、組織的な犯罪に巻き込まれた可能性も考慮し、被害者保護の観点から、一時的に情報統制を行う必要がありました」


「情報統制?」


 咲耶が不安そうに尋ねる。


「はい。警察には内々に状況を説明し、表立った捜査は控えめにするよう要請しました。これは、もし犯罪組織が関与しているとすれば、捜査の動きが表に出ることで、皆さんに危険が及ぶ可能性があったためです」


 修一は眉をひそめながら聞いている。確かに、そういう状況なら、家族に詳しい説明ができないのも理解できる。


「ただし、我々の調査が進むにつれ、これが『特殊事象』であることが判明してきました。その時点で、警察や家族への対応を変更する必要が出てきたのですが……」


「その頃には既に大学での処分が決まっていたと」


 修一がため息混じりに言った。


「はい。しかしその問題も解決済です」


「え?」


 修一をはじめ、他の6人全員が工藤を注目した。


「すでに関係各所には通達済で、何事もなかったかのように、以前のように生活できます」


「どういうこと?」


 美保が聞いた。


「……言葉の通り、そのままです。一民間企業の決定でも、この程度の事は覆す力はあるということです。事件が解決したという事で家族には説明もできます。大学でも……そうですね、ちょっと無理はありますが、超高額の政府系の長期アルバイトがあったが、手違いで大学に連絡がいかずそのまま時間が経過してしまった、という事にしています」


「そんな……」

 

 修一が言葉を詰まらせる。

 

「そんな簡単な理由で済むんですか?」


「確かに強引な説明かもしれませんが、大学側に要求をのませる事くらいは、できるのですよ……」

 

 工藤はニヤリと笑って淡々と続けた。


 SPROの裏工作で、なんとか事なきを得たようだ。


 大学に戻ることもできるし、生徒も無事復学できる事で、修一は少しだけ安堵した。





「これでなんとかなりそうだけど、先生の若返りは説明できないよね?」





 次回 第33話 (仮)『修一の若返りの秘密』

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