第5話シリアスの中に妹の頬ずり

「決めたわ。あなたへの制裁はーーここで出会いの場配信をすることよ!」


 その日の夜、俺はベッドに寝転がりながら今日のことを思い出していた。


 「あなたの配信のテーマはなんでしょ? それならばこの配信を通していろいろな人に医学と出会ってもらいたいわ」


 いつもと同じようにイキシアさんはクールに言っていた。


 医学と出会うか......あの人らしい考えだな。


 彼女は初めて会った時からクールビューティーで、俺たちを引っ張ってくれる姉貴みたいな存在だった。


 イギリス人の母と日本人の父を持つ彼女は幼い頃から親の仕事の都合でイギリスと日本を行ったり来たりしていたらしい。そのおかげで英語と日本語がぺらぺらなバイリンガルなのだ。


 彼女の両親は今、イギリスに住んでおり、彼女は留学という形でこの大学に通っている。


 目を閉じながら配信のことを考えようとすると


 コンコン......ガチャリ


 制服姿の皐月がドアからそっと顔を覗かせる。


 「お兄ちゃん? もう寝てるの? お風呂沸いたけど私が最初に入ってもいい?」 


 「......」


 「そ、それとも......」


 急にもじもじして体をくねらせながら小さな声で


 「わ、私と一緒に入......る?」


 ......なんで?


 「む、昔はよく一緒に入ってたでしょ! い、今さらそういうの気にする仲じゃないし、そ、それに私たち兄妹だし!」


 普通ならうるさくて起きてしまうぐらいの声でおっしゃる。


 ......仲のいい兄妹でもお風呂は一緒に入らないと思うよ!


 ん? みんなそんな目で見ないでよ!


 ま、まさか俺がこ〜んなに小さな声で起きたりしないさー(棒)


 「あっ! でも兄妹って言ったら......結婚が......」


 皐月がまだ小さな声で何かぶつぶつ言っている。


 俺はとりあえず寝たフリを決め込むことにした。


 「あわわわわわわ、わ、私何言ってんの」


 俺は薄目で皐月の見ると、両手で頬を挟んで顔を真っ赤にさせながらさらに体をうねらせている。


 ホントに何言ってんの? ま、まぁ皐月も自分の世界に入り込んでしまう年頃なのかな......


 俺も皐月と同じぐらいの時は自分の世界、いや2次元の世界にどっぷりハマり込んでいた。


 2次元と出会ったのは母さんが勧めてきたからだ。


 当初はずっと、どうして母さんが俺にマンガやアニメやラノベを勧めてくるのか疑問に思っていたが、今ならわかる。


 母さんはたとえ2次元であろうと俺にを知ってほしかったのだ。


 確かに俺は絶望的な世界で中学時代を過ごし――いや、そもそも俺はから俺に中学時代なんて存在しない。ただただ今日を生き残り、明日を無事に迎えるのに必死な日々を過ごした。


 今でも俺の心には大きなトラウマが残っていて、人に見捨てられるのがあまりにも恐ろしくて、怖くて、苦しい。


 俺がその期間に何があったかあまり話さなかったから母さんは心配で心配でたまらなかったんだと思う。少しでもトラウマから目を反らせられるように夢や希望に溢れた世界を勧めてきたのだろう。


 俺はもっと母さんに話しておくべきだった......絶望的な期間の中にも


 俺に声をかけてくれた


 支えてくれた


 


 


 人たちがいたことを。


 彼らとのが俺を生き残らせてくれた。


 だから俺はこの世の誰よりも


 



 「......最高の出会いを君へ」


 暗闇の中で俺は天井に向かって手を伸ばしながらポツリと呟く。


 一瞬部屋の電気が消えていたことに疑問を思ったが、皐月が部屋から出て行く時に消してくれたのを思い出す。俺はドアの向こう側を見つめながら


 「出会いの始まりは......君なんだよ」


 そのまま意識を奪われるように眠りについた。


 

 +++

 「お願いです。たすけてください、お願いです」


 まだ顔に幼さが残る少年が必死に訴える。


 「#$%&#$%&?」


 「だから、助けてください、ヘルプ、ミー」


 「&%$#&%$#?」


 「アイ ワント トゥ カムバック」


 勉強し始めたばかりのたどたどしい英語を話す。


 「......?」


 「もう...ダメだ...何も......伝わら...ないよ」


 少年はこの世の全てを諦めたかのように膝から崩れ落ちて地面に手をつく。


 「どうせ捨てるなら......始めから産まなかったら...よかっ...たの...に......」


 少年はそう言うと同時にプツッと糸が切れるように意識を失った。


 「#$%&#$%&!」


 知らない言語があたりに響く。


 その少年の目からは大粒の涙がこぼれていた。



+++

 「うう......あつい......」


 次の日の朝、休日なのにも関わらず暑さのせいで7時ぐらいに目が覚める。季節は冬なのに俺はなぜか汗ぐっしょりだった。


 「うう......おもい......」


 起きあがろうと思っても左半身が麻痺したかのように動かない。


 右手で左半身を確認しようと腕を伸ばすと何かさらさらしたものに触れてしまった。


 「うわっ!」


 俺はビックリして目を開けて確認すると


 「......スー......スー......」


 規則正しい呼吸音が聞こえてくる。


 「さ、さつ――」


 俺は大声をあげそうになったが慌てて右手で自分の口を塞いだ。かわいい妹がスヤスヤと気持ちよさそうに眠っているのにそれを妨げるようなことをしていいはずがない。


 ......それにしてもなんで皐月が俺のベッドにいるんだ?


 俺は疑問に思いながら無意識に皐月の頭を撫でていた。


 「んん......ふふふ......」


 皐月は気持ちよさそうに頬を緩め、スリスリと俺の胸に頬を押し付けてくる。


 「お兄ちゃん......大...好き」


 皐月があまりにもかわいい寝言を言ってくる。


 「......俺も......皐月のことが大好きだよ......」


 俺はこの世の誰よりも大切なの頭に右手を添えたままそっと目を閉じる。


 そういえば......ずっと続くような永・い・夢を見ていた気がする。


 どんな...夢...だった......っけ......


 思い出そうとした瞬間に猛烈な睡魔が押し寄せてきて、俺は再び浅い眠りについた。



すみません、シリアスが多めになってしまいました。とりあえず過去にどんなことがあったかぼんやりと言っておきたかったんです!

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