第11話 修行の終わり
「お前……今、何をしたのか分かってるのかい?」
「え、いや……前に師匠も言ってたじゃないですか。相手の隙を突けるならどんな手を使ってもいいって」
レノはアルが吸魔石を利用して目眩ましを行ったことを注意されたと思ったが、アルはその様子を見て愕然とした。
(こいつマジで気付いてないのかい!?自分が何を仕出かしたのかを!?)
先ほどのレノの攻撃は間違いなく魔力で肉体を強化しており、そのために子供が繰り出したとは思えぬほどの重い一撃だった。アルは殴られた箇所を確認するとくっきりと拳の跡が残っており、魔力で回復するにしても完全に治るまで時間が掛かりそうだった。
「いててっ……この馬鹿、女相手に本気で殴るなんて最低だよ!!」
「ええっ!?師匠が全力で来いって……」
「たくっ……まあいい、それよりもあんた魔力の方は大丈夫なのか?」
「あ、はい。まだ全然大丈夫です」
レノは吸魔石を光り輝かせるために魔力を利用したことは間違いないが、特に頭痛や疲労感も感じていない。半年前のレノならば吸魔石を輝かせるほどの魔力を使用したら魔力切れを起こして気絶していたが、この半年の間にレノの魔力も着実に増強されていた。
半年間の修業のお陰でレノの魔力操作の技術が磨かれ、魔力量も大幅に伸びていた。そして何時の間にか身体能力を強化する術まで身に着けており、それを知ったアルは弟子の成長ぶりに喜びを覚える。
(いつの間にこんなに成長していたなんて……今のこいつだったらもしかしたら)
自分に不意打ちとはいえ一撃を喰らわせる程に成長したレノにアルは喜び、彼女は立ち上がるとレノに連いてくるように促す。
「よし、行くよ!!」
「えっ!?何処に行くんですか?」
「いいから黙って付いて来な!!」
アルはレノを連れて向かった場所は川原だった。彼女がここにレノを連れてきたのは彼自身に自分がどれほど成長しているのかを実感させるためであり、アルは半年前にレノが持ち上げられなかった岩の前に立つ。
「この岩、覚えてるかい?お前が半年前は持ち上げることもできなかった岩だ」
「はあっ……」
「持ち上げてみろ。今のお前ならできるはずだよ」
「えっ!?この岩を……?」
レノは岩の前に立つと困惑した表情を浮かべ、アルは今のレノの実力ならばこの程度の岩を持ち上げることもできると思うが、彼女はレノが吸魔石の腕輪を嵌めたままだと思い出す。
「やるまえに腕輪は外してもいいよ」
「いえ、大丈夫です。このままでも持てます」
「持てますって……おい!?」
吸魔石の腕輪はレノの魔力を吸い上げる機能があるため、レノは常に魔力を奪われないように体内に留めておかなければならない。だからアルは今だけは腕輪を外すことを許可したが、レノは構わずに岩を持ち上げようとする。
腕輪を嵌めた状態で魔力を利用すれば吸魔石に魔力を奪われる恐れもあるのでアルは注意したが、レノは構わずに岩にしがみつくと気合が込めた声をあげる。
「うおりゃあっ!!」
「なっ!?」
腕輪を装着した状態のままレノは岩を持ち上げると、その光景を見てアルは度肝を抜く。彼女が驚いたのはレノが岩を持ち上げたことではなく、吸魔石の腕輪が何の反応も示していないことだった。
(どういうことだ!?こいつ何をした!?)
魔力で身体能力を強化しているのならば吸魔石の腕輪はレノの魔力を吸い上げるはずだが、何故か吸魔石は反応は示さない。最初は魔力を利用せずに岩を持ち上げているのかと思ったが、レノが持ち上げた岩はとても普通の人間の子供が持ち上げられるほどの重量ではない。
「こ、これでいいですか……師匠?」
「あ、ああ……もう下ろしていいよ」
「はい……よいしょっと」
岩をゆっくりと下ろしたレノは額の汗を拭うと、この時にアルは彼の腕に嵌められた吸魔石に視線を向ける。先ほどのレノは間違いなく魔力を利用して身体能力を強化しているはずだが、それなのに吸魔石の腕輪が反応しなかったことに疑問を抱く。
まさかとは思うが吸魔石の腕輪が壊れているのではないかと思ったアルはレノに近付き、吸魔石に触れて確かめることにした。腕輪に嵌め込まれた吸魔石に指で触れた途端、アルは指先から魔力を奪われる感覚を覚えて慌てて離れる。
(吸魔石が壊れたわけじゃないな。それならどうして……まさか!?)
腕輪が正常に機能していることを確かめるとアルはレノがどうやって岩を持ち上げたのか考えた。そして結論から言えばアルの想像以上にレノは魔力を制御する技術を身に着けていたことになる。
「おいレノ……今度はこっちの岩を持ち上げろ」
「えっ!?それって前に師匠が……」
「いいからさっさとやりな!!」
アルは自分の考えが合っているのかを確かめるためにかつて自分が持ち上げた岩を指差す。こちらの岩はレノが持ち上げた岩よりも二回りは大きく、流石のレノも岩を前にして冷や汗を流す。
「どうした?早くしな!!」
「ううっ……よし、やります!!」
気合を入れるようにレノは頬を叩き、覚悟を決めた表情で岩にしがみついて持ち上げようとした。この際にアルはレノが装着している腕輪に注視し、一瞬たりとも目を離さない。
「やぁあああっ!!」
「っ……!?」
レノが大声を張り上げると岩が徐々に持ちあがり、それを見てアルは吸魔石を確認した。自分の倍以上の大きさを誇る岩を持ち上げようとしているのにレノの吸魔石の腕輪は何の反応も示さず、それを見てアルは確信を抱く。
「うおおおおっ!!」
「レノ……まさかお前!?」
身体中の血管を浮き上がらせながらレノは岩を持ち上げると、それを見たアルは冷や汗を流す。今のレノは魔力で身体能力を強化しているのは間違いないのだが、彼が身に着けている吸魔石の腕輪は何も反応を示さない。それはつまりレノは自分の魔力を制御する技術を完璧に身に着けたことを意味する。
レノは肉体の強化に必要な魔力だけを消耗し、無駄な魔力は一切使っていない。もしも魔力操作の技術が未熟な人間がレノの真似をした場合、魔力を制御しきれずに体外に無駄な魔力を放出させていただろう。その場合は腕輪の吸魔石が体外に漏れ出た魔力を吸収して光り輝くはずだが、レノが装着した腕輪の吸魔石は何も反応はない。
「はあっ、はあっ……こ、これでいいですか?」
「あ、ああ……もう下ろしていいよ」
岩を両手で持ち上げた状態でレノはアルに振り返り、苦し気な表情を浮かべているが吸魔石が輝く様子はない。アルが許すとレノは岩を下ろして座り込み、かなり疲れた様子だった。
「はあっ……しんどい」
「……レノ、腕輪を寄越しな」
「え?でも日没までまだ時間が……」
「もうお前にこいつは必要ないさ」
腕輪を嵌めた状態にも関わらずにレノは身体能力を強化させ、大岩を持ち上げられる程の腕力を手に入れた。それを知った以上は彼にこれ以上の修業は必要ないと判断し、アルは腕輪を外して改めてレノを立たせる。
「修行は終わりだよ。もう私からお前に教えることは何もない」
「えっ!?ど、どういう意味ですか!?俺はまだ魔力操作の技術しか教わってないですよ!?」
レノは修行をする際に魔力操作の技術を磨くために腕輪を渡されたと思い込んだが、アルからすればレノはもう完全に魔力操作の技術を極めており、これ以上の修業は必要ないと判断した。
「お前はもう魔力操作の技術を磨く必要はない。今のお前なら強化術と再生術を使いこなせるはずだ」
「え?強化術?それに再生術って……」
聞きなれない単語にレノは戸惑うが、アルは魔力操作の技術を極めた今のレノならば二つの技を覚える資格があると判断した。
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