第10話 鍛錬の日々
「これを飲め、楽になるぞ」
「……いりません」
「意地を張ってる場合かい?ほら、さっさと飲みな!!」
「うっ……」
訓練を無理やり中断されたレノは悔しがるがアルはそんな彼に薬茶が入った水筒を渡す。レノは悩んだ末に水筒を飲もうとすると、いつも飲んでいた薬茶よりも味が苦くて咳き込む。
「げほっ、げほっ!!な、何だこの味……!?」
「はははっ!!前に作ったのより効くだろ?ちょいと材料を増やしたからね」
「うええっ……吐きそう」
アルの用意した薬茶は味は苦くて最悪だったが効果は抜群だった。飲んだ途端にレノは体力を取り戻して起き上がれるほどに回復した。レノは水筒を返そうとするとアルは自分で持っているように指示する。
「その水筒はお前が持ってろ。中身がなくなったら新しいのを補充してやるから」
「こ、これいつもよりも不味いんですけど何を入れたんですか?」
「聞かない方がいい。聞いたら絶対に飲めなくなるからな……」
「本当に何を入れた!?」
怪しげな表情を浮かべるアルにレノは敬語を忘れて突っ込むと、彼女はレノから取り上げた吸魔石を見せつける。レノは自分が訓練を失敗したことを思い出し、悔し気な表情を浮かべた。
「夜まで耐え切ることはできなかったな」
「くっ……師匠!!もう一度お願いします!!」
「駄目だ、この訓練は一日に一度までだ」
「そんな……」
訓練を再開しようと申し込むレノだったがアルはそれを許さず、今日の訓練は失敗に終わったまま終了する。レノは魔力操作の技術を掴んだつもりだったが、ほんの1時間で魔力を維持できなくなった事に悔しく思う。
最初の内は吸魔石に奪われそうになる魔力を留めて置くことができたが、時間が経過するにつれて集中力が乱れてしまい、その一瞬の気の緩みで魔力を一気に奪われてしまった。レノの想像以上に魔力を奪われないように保ち続けるのが困難な行為だった。
「これ以上に無茶をすると本当に死ぬよ。いいから今日はもう休め、この薬は魔力までは回復できないからね」
「で、でもあと少しだけ……」
「いいから休めと言ってるんだよ!!これ以上にわがまま言うと修行を中止するよ!!」
「……はい」
アルに怒鳴りつけられてレノは渋々と引き下がり、修行の中断を受け入れるしかなかった。その日は自分の部屋に戻って身体を休めることしかできなかった――
――数週間後、レノは未だに魔力操作の修業に手こずっていた。前よりも魔力を維持できる時間は格段に増えたが、最近の彼は修行中の間も仕事を任されることが多くなる。
「レノ、壺の水がなくなったから川で水を汲んで来な!!」
「は、はい!!」
最初のうちはレノは魔力を維持するためだけに集中できたが、少し前からアルはレノに雑用を頼むことが多くなった。右手は封じられているので任されるのは片手で行える簡単な仕事ばかりだが、それでも仕事の間もレノは魔力を吸魔石に奪われないように注意しなければならない。
水汲みのためにレノは桶を掲げながら川原へ向かい、その途中で頭痛を覚えた。知らず知らずのうちに右手の吸魔石に魔力を奪われていたらしく、レノは足を止めて頭を抑える。
「くっ……流石にそろそろ限界か」
訓練が始まってから3時間は経過しており、最初の頃と比べれば魔力を維持できる時間も格段に伸びていたがそれでも日没まで魔力を維持できたことは一度もない。仕事を行わずに魔力を維持することに集中すればもしかしたら日没まで耐え切れるかもしれないが、アルはそんな甘えを許さない。
『いいか、魔法を使えるようになりたいなら魔力操作の技術だけは完璧に身に付けろ!!どんな時でも常に自分の魔力を保ち続けろ!!』
修業で仕事を任せられるようになったときにアルから言われた言葉を思い出したレノは頭痛を我慢して作業を再開し、何があろうと修行を完遂させることを誓う。
「やってやる……必ず魔法を教えてもらうんだ!!」
気を張り直したレノだったがその日も修行は失敗に終わり、水汲みから帰る途中で意識を失ってアルに介抱された――
――修行を開始して数か月後、レノは遂に日常生活を送りながら吸魔石に魔力を奪われないように維持することに成功した。最初の頃は魔力を奪われないように意識して生活を送っていたが、最近では魔力を操作するという行為を無意識に行えるようになった。
吸魔石に関しても右手で握りしめたままでは色々と不便があるため、アルが吸魔石を嵌める腕輪を作ってレノに装着させた。そのお陰で両手が自由になったレノは魔法以外の稽古も受けられるようになる。
「どうした!!かかってこい!!」
「くっ……やああっ!!」
成長して身体が大きくなったレノはアルから格闘の稽古も付けてもらい、彼女が独自に編み出した格闘術を学ぶ。
「せやぁっ!!」
「甘い!!」
「うぐぅっ!?」
レノが殴り掛かろうとするとアルは彼の膝を蹴りつけて体勢を崩し、その隙を逃さずに顔面を殴りつけた。殴られた際にレノは意識が飛びそうになるが、歯を食いしばって耐え抜く。
「くっ……まだまだ!!」
「へっ、威勢は良いけどそろそろ限界だろ?足元がふらついてるよ!!」
「このっ……!!」
アルに指摘された通りにレノの両足は震えていた。稽古を初めてから一時間は経過しており、レノの疲労は限界を迎え様としていた。
(やっぱり師匠は強い。けど、いつまでも負けていられるか!!)
殴られっぱなしは気に喰わないレノは何としてもアルに一矢報いようと考え、自分が装着した腕輪に視線を向けた。腕輪には吸魔石が嵌め込まれており、これを利用してレノはアルの不意を突く方法を思いつく。
(一か八か……やってやる!!)
覚悟を決めたレノはアルの元に全速力で駆け出す。またもや突っ込んできたレノにアルは拳を構えるが、彼女が拳を繰り出すよりも前にレノは右腕の腕輪に意識を集中させる。
吸魔石は魔力を吸い上げると光り輝く特性を持ち、その特性を生かしてレノは奇襲を仕掛けた。本来は魔力を奪われないための修業のために取り付けた腕輪を逆利用し、敢えて魔力を送り込んで腕輪に嵌めた吸魔石を光り輝かせた。
「喰らえっ!!」
「うわっ!?」
レノが装着している吸魔石が輝いた瞬間、アルは一瞬だけ目が眩んだ。その隙を逃さずにレノはアルの元に駆け出し、今度は逆に彼女の膝に蹴りを叩きつけて体勢を崩す。
「やああっ!!」
「なぁっ!?」
「当たれぇっ!!」
膝に衝撃を受けて体勢を崩したアルの腹部にレノは拳をめり込み、しかも腕輪が嵌め込まれた右腕で殴りつけていた。子供が繰り出したとは思えない程の拳の重さにアルは苦悶する。
「ぐはぁっ!?」
「はあっ、はあっ……あ、当たった!!初めて師匠に当てられた!!」
「こ、この……げほっ、げほっ!!」
腹部に強烈な衝撃を受けたアルはその場に四つん這いになって激しく咳き込み、彼女の腹にはレノが殴りつけた拳の跡がくっきりと残っていた。下手をしたら肋骨が折れている可能性があり、アルは慌てて魔力を集中させて回復を行う。
怪我をした箇所に魔力を集中させることで再生機能を強化させて回復を促すが、レノの殴りつけた箇所は中々痛みが引かない。とても子供が繰り出した攻撃とは思えぬほどに見事な一撃にアルは動揺を隠せない。
(今の攻撃、こいつまさか気付いていないのかい……!?)
最後のレノの攻撃は半年前に試して失敗に終わった身体強化を実行していることにアルは気が付く。
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