眠れない夜(一人称:私)
Danzig
第1話
眠れない夜がある
特に何があるわけでもなく
眠たくないわけでもない
でも、なぜだが
眠れない夜がある
何かの予感のような
胸騒ぎのような
そんな気持ちの高ぶりもなく
ただ、眠れない夜がある
そんな夜は
無理に抗(あらが)う事をせず、紅茶を一杯入れる事にしている
こういう時は、私の好きなセイロンに少しだけ砂糖を入れる
いつもは入れない甘みが、不思議な時間に誘ってくれるような気がするから
明日の事は考えず、ただ「夜」という時間に心をゆだねる。
そして、ベランダに椅子を出し、のんびりと星空を眺めてみる
どこまでも続いているだろう、この星空の下のどこかに
君がいる事を想いながら
君は今
どこで何をしているのだろうか
君のいる場所は
今は昼間なのだろうか
それとも夜だろうか
もし夜だとしたら
君は私と同じこの星空を見ているだろうか
そんな事に想いを馳(は)せる・・・
君が旅に出ると言い出した時、私は正直驚いた
自分の事を「寂しがりやで、一人が嫌い」
そう言っていた君が、まさか旅に出るなんて
君のいない時間は
もう三か月ほどになるだろうか
君のいないこの空間には
君の気配のするものが2つある
君が私にくれた2通の便(たよ)り
一つは、君が旅立だった直ぐ後に、私に届いたもの
君が教えてくれた旅立ちの日
私は君のアパートに君を見送りに行った
でも、君はもうそこにはいなかった
慌てて空港にも行ってみた
空港を隅々まで探し回ったけれど、
私は君を見つける事は出来なかった
残念な思いを抱えながら部屋に帰ると、
君からの手紙がポストに届いていた
拝啓、友人殿
君を騙(だま)すように、旅立つ僕を許して欲しい
君は強くて優しい人だから
別れ際には、きっと僕に、笑顔を見せてくれると思う
でも、君の笑顔はきっと
僕の旅の終わりを早めてしまうだろう
僕は目的を終えるまで、何とか旅を続けたい
僕は弱い人間だから
今は、君の笑顔から逃げる事にするよ
そんな手紙だった
この手紙を受け取った時
君が教えてくれた旅立ちの日が嘘だったという事に気が付いた
君らしいといえば、君らしいのかな
眠れない夜には、私はこの手紙を読み返す
そして、紅茶を少し口にしながらいつも思う
私は君が思うほど強い人間ではないのだけどなぁ・・・
でもやはり、君の言う通り
私は別れ際には、きっと笑顔を見せていただろう
だって、君の旅立ちなのだから・・・
何度読み返しても答えは変わらない
そして、もう少し紅茶を口にする。
君の旅の目的とは、一体何だったのだろう
何かを知る為なのか
何かを忘れる為なのか
それとも
何かを得る為なのか
何かを棄てる為なのか
その目的はいつ終わりを迎えるのだろうか
そんな
君しか持っていない筈(はず)のその答えを
この手紙を読む度に
星空の下でいつも私は考える
この国で君の目的が果たせないのは
ひょっとして
私がいるからなのだだろうか
だとしたら
君にとっての私とは
どんな存在なのだろう
そんな想いが何度も頭を過(よぎ)る
やっぱり、私たちは少し離れた方がよかったのだろうか
そう思う時
私はもう一つのはがきを読む
もう一つの便りは、
君が旅立って二か月程してから届いたもの
どこにでもありそうな
海辺の町の絵ハガキに
ただ一行
『元気かい?僕は元気でいるよ』
とだけ書かれている
まるで小説にでも出てくるようなこの便りに
とても君らしさを感じて微笑ましくなる
それと同時に
この気の置けない友からの手紙が
「あんまり考えすぎないで」
と言ってくれているようで、少し気持ちが落ち着く
そして、紅茶をもう少し口にする。
このはがきの消印(けしいん)は見ないようにしておくよ
消印を調べてしまうと
もう君が便り出さなくなってしまうような気がする
そしてそれが
君と私とのルールのような
そんな気がしているから
ただ私は君の無事だけを祈る事にするよ
紅茶がなくなる頃
そろそろ眠りにつくようにベッドに入る
まだ暫くは眠れないかもしれないけれど
星空と君を重ね合わせながら
眠るまで目を閉じている事にするよ
旅先の君に
私が届けられるものは何もないけれど
今日は小さな灯りをともしたまま
眠ることにするよ
完
眠れない夜(一人称:私) Danzig @Danzig999
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