第36話 贈り物
「これを使って」
侯爵夫人に渡されたハンカチを受け取り、涙を拭う。泣きすぎたせいか頭がぼうっとする。アルマは赤い目のまま微笑んだ。
「……そろそろ帰るわね」
「もう帰っちゃうの?」
「そうだよ。泊まっていきなよ」
「ううん。エイベルが寂しがるから」
そう答えると、侯爵は神妙な顔になった。そして「離れてみてわかったんだが、アルマをお嫁に出すのが寂しくなってきたよ」としみじみと呟く。アルマはふふっと笑った。
「また来るわね。手紙も出すから!」
そう伝えると、二人は「わかった」と笑った。
応接室で二人と別れ、アルマはエントランスへ向かう。
そのとき、トン、トン……と足音が近付いてくるのに気付く。顔を上げると、階上から降りてくる青年と目が合った。
「姉さん」
「……キーラン」
キーランは残りの数段を降りきると、アルマの正面で止まった。
「もう帰るんですか?」
「ええ」
「……そうですか」
二人の間にはまだぎこちない空気が流れている。キーランの表情はどこか沈んで見えた。
アルマが散々落ち込んでいたのと同じように、キーランもこの間のことを気にしているのだろうか。そう思うと、少しだけ緊張も緩んだ。
「そうだ。キーラン、両手出して」
「えっ」
「いいから。はやく」
キーランは戸惑いながらも言われた通りに両手を差し出す。これから手錠でもかけられるかのような格好だ。
アルマはポケットから何かを取り出し、キーランの手首の辺りで何やら格闘を始めた。しかし上手くいかないのか「うーん」とか「アレッ?」だとか呟いている。
「姉さん? 何を……」
「大丈夫だから。……あっ、できたわ!」
明るい声とともにアルマの手が離れる。キーランは手首を持ち上げて『それ』を眺めた。
「これは……」
「プレゼントよ!」
シャツの袖にはキラリと輝くシルバーのカフスボタンが付いていた。
「あの日はちゃんとした贈り物ができなかったから。遅くなったけど誕生日おめでとう。キーラン」
「……!」
キーランは角度を変えながらカフスボタンを眺める。そのうちに、暗かった表情が明るくなっていった。
「そんなにプレゼントが気に入った?」
「はい。とても」
「やけに素直ね」
「……大切にします」
ふ、と目を細めてキーランは微笑んだ。
「ところで姉さんこそ、俺があげた指輪を大切にしてくださいよ。今日は付けてないんですね」
そう言って、何もない左薬指に視線を落とす。
「……まさか、気に入りませんでした?」
「そうじゃなくて、大切に仕舞ってるのよ」
「大切ならちゃんと身につけてください。可愛い弟からのプレゼントなんですよ?」
「可愛い……?」
「可愛いですよね」
「威圧しないでよ。……わかった。わかったから」
言質を取ったことで、キーランはようやく納得したようだった。
「それでは馬車までエスコートしてあげますね、レディー」
キーランはやけに気取った仕草で手を差し出す。アルマはくすっと笑ってその手を取った。
「あら、紳士ね」
「もう十七ですから」
「まだ子供でしょ」
「今の姉さんに言われたくはないですね」
二人は軽口を叩きながらエントランスへと向かう。そこにはもう、初めのようなぎこちなさはなかった。
子供になったアルマは幼馴染の本心を知らない 庭先 ひよこ @tuduriri
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