第4話 空白の一ヶ月
エイベルは悲痛な面持ちで嗚咽を漏らしている。いつもの余裕ある態度や明るい表情からは想像もつかない姿だ。
この一ヶ月で何があったのだろう。
「俺のせいだ……。本当は俺が死ぬべきだったのに! ああ、アルマ……アルマ……!」
エイベルはいつまでも墓に縋り付くように蹲っていたが、突然糸が切れたようにふっ、と気を失う。そして地面に倒れた。
「エイベル様!」
レリュード家の使用人と思しき人達が駆け寄り、エイベルの身体を起こす。一行は大慌てでエイベルを運び出し、アルマの傍を通り過ぎていった。
その一瞬、アルマにはエイベルの姿をはっきりと確認することができた。
……蒼白な顔、目の下のクマ、痩せた手足。
別人かと疑うほどにやつれている。
アルマが小さな身体で必死に後を追うと、エイベルが馬車に運び込まれるのが見えた。やがて馬車は走り去っていった。
(エイベルに何があったの……?)
アルマを庇ったときの怪我だけであそこまで弱るとは考えにくい。
どうにも釈然としないまま、アルマは来た道を戻っていった。
アルマが墓地へ戻ると既に参列者の姿はなく、その場には侯爵夫妻とキーランの三人だけが残っていた。三人は何かを話しているようだ。
シュガーの手綱を適当な木に括り付け、アルマは家族の元へと向かった。
「お〜い、みんな……」
「あの子、少し考えなしなところはあったけど、明るくてとってもいい子だったわ」
「そうだね。淑女らしい落ち着きには欠けてたけど、誰よりも可愛い娘だったよ」
「ええ。姉さんは感情的すぎるけど、素直で真っ直ぐな人だった……」
その会話が耳に入った途端、シルクは衝動的に三人の前に飛び出していた。
「ちょっとーーー! ソレ、半分は悪口じゃないの!!」
三人は同時に振り返る。そして、頬を膨らませる少女の姿を見つけ、ぽかんとした顔になった。
「あら、この子は……」
「この可愛い怒り顔は……」
「この口調」
三人は一度顔を見合わせると、再びアルマを見た。
「アルマ?」
そう。と答えようとしたとき、キーランがアルマの前に立った。
「1+1は?」
「え? ……2?」
「姉さんがこんなに賢い訳がない。これは別人だ」
「そこまでバカじゃないわよ! 引っぱたかれたいの!?」
小さな身体をいっぱいに使って怒りを表現するアルマを見て、キーランは驚きを隠せぬまま「この反応は姉さんだ……」と呟いた。
小さなアルマのことを「アルマ」と呼んだ割に、三人はまだ事態が飲み込めていないようだ。
安心させるように、アルマは柔らかく微笑んでみせた。
「ただいま、みんな!」
***
「なるほど。ピンチの瞬間にペンダントが光って、気付いたら子供の姿になっていて、しかも事故から一ヶ月が経っていた、と……」
「そうなの」
三人は難しい顔で唸っている。確かに理解が難しい話ではある。何ならアルマもまだよくわかっていない。
アルマは首からさがるペンダントを掬い上げ、琥珀色の宝石をつまんだ。
「ところでこのペンダントって何なの? お母様がくれたのよね。何か特別ものなの?」
その問いかけに侯爵夫人は一瞬言葉に詰まる。そして、何かを思い出すように真剣な顔になった。
「それを譲ってくれた人は『おまじない』がかかってるって言ってたわ。……もしかして、その力でアルマが小さくなったのかしら」
「譲ってくれた人って誰なの?」
「私の親友」
「へえ!」
「……の、いとこの母のライバルの弟のペットの元飼い主の叔父さんの師匠の奥さんの姪のお隣さんの知り合いの子供よ」
「誰?」
結局どこの誰なのかわからなかった。
手がかりになるかと思ったが、元の持ち主を探し出すのには時間がかかりそうだ。この件は一旦保留にしておこう。
「じゃあ、身体を元に戻す方法はわからないの?」
「ええ。そうね……」
「そんなあ。こんな身体じゃエイベルと結婚できないじゃない! その間によその女と結婚しちゃったらもうおしまいよ〜!」
アルマは地面に両手両膝を付いて項垂れた。
せっかく死なずに済んだのに、エイベルと結ばれないのでは意味がない。
しかしすぐにあることを思い出し、アルマは勢いよく顔を上げた。
傍からみるとみっともない四つん這いの格好だが、そんなことはどうだっていい。
「そうだ、エイベル。エイベルはどうしたの?」
そう尋ねると、侯爵は言いにくそうな顔になった。
「彼はあの事故で怪我を負ったそうだ。身体もそうなんだが、精神的ダメージが大きいらしい。何せ、アルマが死んだことにかなり責任を感じているみたいで……」
「何ですって!?」
こうしてはいられない。アルマはシュガーの元に駆け寄るとその背に跨り、手綱を握った。
「ちょっと行ってくるわ」
「待って。どこに行くつもりなんですか、姉さん!」
「エイベルに会ってくる!」
「今からですか!?」
「そうよ。じゃあ、いってきまーす!」
アルマは馬の腹を蹴る。するとシュガーはすぐに駆け出し、あっという間にその姿は見えなくなった。
「……」
「……」
「……」
残された三人は静かに顔を見合わせた。
先ほどまでの重苦しい空気は何だったのか。真っ黒な衣装に身を包んでいるのも、もはや滑稽ですらある。
「まあ、アルマが無事なら何でもいいか」
そう言うと、ミルネール夫妻は朗らかに笑った。
……実はこの夫婦、脅威の適応力の持ち主なのであった。侯爵は包容力がありすぎるし、侯爵夫人は少々天然だ。
そんな両親の姿にキーランはやれやれ、という顔をした。
「……姉さん」
やがてキーランは馬が走り去った方角を複雑な表情で眺めた。まるで、彼女の行く末に思いを馳せるように。
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