バーカウンター7(オリジナルカクテル:女性客編)
Danzig
第1話
バーカウンターシリーズ7(オリジナルカクテル:女性客編)
柊が一人店に入ってくる
バーテンダー:いらっしゃいませ
黙って、いつもの席につく柊
この男は私立探偵、柊 廉也(ひいらぎ れんや)
仕事で、プライベートで、彼はよくこの店を使う
特に仕事終わりにこの店で酒を飲むのが日課のようになっている
バーテンダー:いらっしゃいませ
バーテンダー:何になさいますか?
柊:ジントニック
バーテンダー:かしこまりました
ジントニックを作るバーテンダー
バーテンダー:柊様、今日は何かあったのですか?
バーテンダー:服装がいつもの雰囲気とは違いますが・・・
柊:あぁ、ちょっとね
バーテンダー:お待たせいたしました、ジントニックです。
柊:あぁ、ありがとう
バーテンダー:どこかしら余所行きの雰囲気といいますか
バーテンダー:珍しくちゃんとしているといいますか・・・
柊:おいおいw
バーテンダー:はは、失礼しました
柊:今日はお見合いだったんだよ
バーテンダー:お見合いですか?
柊:あぁ、お見合い
バーテンダー:お見合いって、あの『お見合い』ですか?
柊:他にどの『お見合い』があるんだよ
バーテンダー:そうですね、失礼いたしました。
バーテンダー:でも、柊様って婚活していらしたんですか?
柊:いや、そうじゃないんだ
柊:実は、ある人に頼まれてね
バーテンダー:そうだったんですか
柊:俺は乗る気じゃなかったんだけど、その人には借りがあってね
柊:断れなかったんだ
バーテンダー:あちこちに借りを作っているから、そうなるんですよ
柊:ははは、ちがいないな
バーテンダー:でも、柊様もそろそろ身を固めた方がいいのかもしれませんね
柊:いやぁ、当分はこのままでいさせて欲しいな
バーテンダー:それで、お見合いのお相手はどんな方だったんですか?
柊:それがさぁ、京都の名門のお嬢様。
柊:それを、お見合いの場所で知らされて、もうびっくりだよ
バーテンダー:それはそれは
バーテンダー:柊様も、玉の輿に乗れそうですね
柊:いやぁ、俺は玉の輿とかには興味ないし、京都の名門とか堅苦しいのも苦手だしな
バーテンダー:なんだか勿体ない話ですね。
バーテンダー:それでは、お断りになるんですか?
柊:あぁ、もう断ってきた
バーテンダー:え? お見合いは今日だったんですよね?
柊:あぁ、そうだよ
柊:別に最初から断ってもいいって事だったから・・・
バーテンダー:そういうのは・・・特に断るというのでしたら、数日経ってから返事をするのが礼儀なのでは・・・
柊:そうなの?
バーテンダー:格式のある方々の間では、そうだと聞いたことがありますが・・・
柊:そいつは知らなかったなぁ
柊:でも、もう断っちゃったし、二度と会う事もないような人種だから、いいだろう
バーテンダー:そうですか・・・
一人の女性が店に入ってくる
バーテンダー:いらっしゃいませ
店の中を伺う女
誰かを探しているようだ
バーテンダー:お一人様ですか?
バーテンダー:それとも、どなたかとお待ち合わせでしょうか?
詩織:いや・・・そういう訳では・・・
バーテンダー:左様でございますか、では、こちらの席に・・・
詩織:あ・・・いたわ
店内に柊を見つけ、近づく女
詩織:柊さん
柊:あぁ、藤原さん・・・詩織さんとお呼びした方がよかったですか?
詩織:そんなのは、どちらでも構いません
柊:そうですか
柊:今日のお見合い、ありがとうございました
詩織:ええ・・まぁ・・・そうですね
柊:でも、詩織さんがどうしてここに?
詩織:柊さん、お父様から聞きましたわ
詩織:今日のお見合いを、お断りされたそうですね
柊:ええ、藤原さんに直接
詩織:何て事をしてくれたんですの
柊:どういう事ですか?
柊:あ、やっぱり直ぐにお断りをしたのが失礼だったという事ですか
柊:それは申し訳ない事をしました
詩織:そんな事じゃありませんわ
柊:では、どういう・・・
詩織:あなたがお見合いを断った事ですわ
詩織:あなたに断られて、私(わたくし)はショックでしたのよ
詩織:まったく、何て事をしてくれたんですか
バーテンダーを見る柊
バーテンダーも首をかしげている
柊:え・・と
柊:それは申し訳ない・・・
柊:あの・・・ひょっとして、詩織さんは結婚を望んでいたという事ですか?
詩織:違いますわ
柊:え?
詩織:そんな訳ないでしょ
詩織:この私が、あなたなんかとの結婚を望む訳がありません
詩織:そもそも、家柄も雲泥の差なのに結婚を許されるわけがないでしょ
少しあきれた表情になる柊
柊:あの・・・では、どうして
詩織:今回のお見合い、あなたにも事情がおありのようでしたが
詩織:私(わたくし)どもにも事情がありまして、このお見合いに出向いたのです
柊:そうですか・・・
柊:しかし、双方が望んでいないのなら、破断でいいのでは?
詩織:だから、そういう事じゃないんですの
詩織:そもそも、このお見合いは私どもの方から・・・
詩織:いや、私があなたに対して断りを入れるというのが、本来の形なんですの
柊:本来の形?
詩織:そうです
詩織:家柄を見ても、人間の格から言っても、私の方があなたよりも数段上なのです
詩織:あなたから断るなんて、してはいけない事なんです。
詩織:それに、私ども藤原家は、お見合いの段取りをされた一柳家に対いて、お断りを入れる日取りを調整していたんです。
詩織:それを、あなたの方から、それも当日に、しかもお父様に直接断りを入れるなんて
詩織:あなたのような、こんな場末のバーにいるような人間がですよ。
詩織:まったく、なんて失礼な事をしてくれたんですか
詩織:私のプライドが許しませんわ
柊:はぁ・・・そうですか・・・
ますます呆れた表情になる柊
詩織:今からでも構いませんから、私とお父様に謝罪をしていただけませんか
バーテンダー:あの、客様
バーテンダー:お取込み中、大変失礼なのですが、何かご注文を
詩織:いや、私は・・・・
バーテンダー:ここは場末でも、一応バーですので
バーテンダー:ご来店のお客様には、何かしらご注文をいただきたいと思っております・・・
詩織:あぁ、そうですか
詩織:それもそうですわね
詩織:私はこういう場末な所は不慣れなので、わからないのですが、どうすればよいのですか?
詩織:メニューか何かありますの?
バーテンダー:なんなりとお申し付けください
バーテンダー:何となくのイメージでも結構ですから
詩織:そうですか
詩織:では、私に似合いのお酒を何か作って下さいませんこと?
詩織:私は以前、シンガポールのラッフルズホテルのバー行った時、
詩織:私のイメージでカクテルを作ってもらった事がありますの
詩織:それは見事に彩(いろど)られたカクテルを出してくれましたのよ
バーテンダー:左様でしたか
バーテンダー:かしこまりました
バーテンダー:では、少々お待ちください
カクテルを作るバーテンダー
詩織:柊さん、話が途中になってしまいましたわね。
詩織:私とお父様への謝罪の件についてですが・・・
バーテンダー:お待たせいたしました
バーテンダー:当店のオリジナルカクテルです。
カクテルを出すバーテンダー
詩織:これが私に似合うお酒?
詩織:なんの飾りもない、ただの、うす緑色をしたカクテルじゃないですか
詩織:ラッフルズではもっと沢山の飾りが・・・
バーテンダー:このカクテルの名前は『ブブ』
バーテンダー:アルファベットでBBと書いてブブと読みます。
バーテンダー:アメリカの大女優ブリジットバルドーを題材にしております。
詩織:まぁ、ブリジットバルドーですの?、確かマリリンモンローと並び称された女優ですわね
詩織:私とブリジットバルドーを重ね合わせたのですね・・・
柊:くくくく・・(聞こえるように堪えた笑いを演出している)
詩織:なんですか、柊さん、失礼な
柊:いや、可笑しくてさ
詩織:何がですの?
柊:ブリジットバルドーという女優はね、大女優でありながら『お金で買えるものに価値はない』と言って
柊:アクセサリーで着飾る事なく、既製品を使ってファッションの最先端をけん引した女優さ
柊:つまり、何の飾りもないBBとは、ジャラジャラ着飾った、どこかの金持ちのお嬢様への皮肉なのさ
詩織:まぁ!
柊:それに、ブリジットバルドーは確かにBBだが、愛称は『べべ』だよ、ブブじゃない
詩織:それじゃ、何だとおっしゃるの?
柊:ブブってのは、あんた達、京都の人間のよく知ってるブブ
柊:そう『ブブ漬け』のブブだよ
詩織:何ですって!
柊:つまり、『もう帰れ』って意味さ
柊:
詩織:し、失礼ですわ!
柊:なぁ、詩織さん
柊:優しくされたいなら、ラッフルズのロングバーみたいなメジャーなバーに行くといい
柊:場末のバーって所は、どこも一癖あって、一筋縄じゃいかないんだぜ
柊:特に、お高く留まっている奴らには優しくしてはくれないよ
詩織:まったく、なんて失礼な人達なの
柊:詩織さん、今回は、あんた達のしきたりとやらを知らずに悪い事をしたと思っているよ
柊:だが、俺は俺のやり方でしか生きるつもりはない。
柊:悪いが、今更、謝罪するつもりはないよ
柊:ただ、今回は詩織さんを嫌っての断りじゃない。帰って藤原さんにもそう伝えてくれ
詩織:まぁ・・
詩織:し、失礼しますわ!
店を出ていく詩織
柊:やれやれ
柊:マスター、ジントニックをもう一杯
バーテンダー:かしこまりました
ジントニックを作るバーテンダー
バーテンダー:お待たせいたしました、ジントニックです。
柊:あぁ、ありがとう
バーテンダー:しかし、柊様
柊:ん?
バーテンダー:どこの場末のバーでも、どんなお客様にもご満足いただけるように配慮しております。
バーテンダー:あまり、場末を誤解されるような発言は・・
柊:いや、そいつは、すまなかったな・・・・
柊:でも、じゃぁさっきのやつは?
バーテンダー:あれは特別です。
バーテンダー:たまには、あぁいう事もありますよ
バーテンダー:特に場末はね
柊:ははは、やっぱりそうでなきゃね
柊:
柊:しかし、ブブって最高に洒落の効いたカクテルだったよ
バーテンダー:恐れ入ります
完
バーカウンター7(オリジナルカクテル:女性客編) Danzig @Danzig999
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます