ある広場の (ショートショート)
もとやまめぐ
ある広場の
天高く
球追う声と
蝉時雨
今年も活気づくグラウンド
新しい子も入って一生懸命だ
おお
あの子は今年も出るのか
そりゃ楽しみだ
昨年は甲子園に出られたことを
1番に報告してくれたな
わたしも嬉しかった
なにせずいぶん小さい頃から見てきたからな
親に叱られて泣いたときも
友達と喧嘩したときも
いつもここに来てわたしに聞かせてくれたな
揺すってささやかな風を送るくらいしか出来ないが
いつも応援していた
1人で泣きながら練習していたときも
疲れてわたしの下で寝てしまったときも
雨に降られて走ってきたときも
……そうそう
雨の中でも1人で練習して
迎えに来た親に怒られていたこともあったな
たくさん見てきたんだ
わたしも君の試合は楽しみで仕方ない
おや
今日は来ないのか
珍しいこともあるもんだ
ここに来れば必ず私の元へやってきて
いろいろ聞かせてくれていたというのに
……顔が険しいな
なにかあったのだろう
わたしは待つことしか出来ないから
いつでも話に来るのを待っているよ
子どもらの声がする
夏の青を突き抜けて
球と声が飛び交っていく
蝉は何匹も交代するようにやってきては
抜け殻を置いていく
だが
いつまで待ってもあの子は来ない
こんなに来ない日が続くことはなかった
しかも今はシーズンというやつだ
あの子にとっても大事な時期のはず
何があったんだ
わたしに一言聞かせて欲しかった
今年の夏は長い
あの子が来ないとこうもつまらないものなのだな
あの子が来るようになるまで
わたしはどう過ごしていたんだったかな
おや
あれは監督という人ではないかな
わたしのところへ来るらしい
これまた珍しいお客さんだ
ここだな………えー……っと。あなたにお願いがあります。ここに毎日来ていた少年が、転校してしまいました。ここにはもう来られないけど、あっちでも野球やってるから、あなたにラジオを聴いて欲しいって言ってたんですよ。………まぁ、私はよく知りませんけど、あいつがあなたにはお世話になったと言ってたので。ここにラジオ置かせてもらいますね。………えーーーっと…こうだな………お、始まってますね。………あいつが言ってた通り、ここは涼しいな…………ちょっと一緒に観戦させてくださいね。…と言って伝わってるのか分かりませんけど。……お!きたきた!え、ちょっと待って!俺は画面で見てえよ!スマホどこだっけ………あった!……うっし!………あー!大丈夫だ!落ち着いていけ!いつものお前なら出来てるとこだぞ!どうした!顔が硬ぇぞ!よく見ろ!そうだ!………いったーーーーー!!!!!!いけいけいけいけ!よっしゃーーーーー!!!!!!!
汗を振り撒きながら、嬉しそうに叫ぶ男に
わたしも共感し、夢中になって実況を聴いた
ああ……頑張っている
知らない土地へ行っても
あの子はこんなにも頑張っていたんだ
不貞腐れていたわたしの
なんと恥ずかしいことか
監督にこれを託すほど
わたしは信頼されていたというのに
夏が過ぎ
台風が通り過ぎ
わたしの葉も落ちていく
これから寂しくなりそうだなぁ
あの子は元気にしているだろうか
また泣いていないだろうか
足音がする
ああ……ああ…………来てくれたのか
久しぶり
なにも言えなくてごめんね
いつも話聞いてくれてありがとう
また……ちょっとなかなか来れなくなるけど
また来るから
元気でいてね
ああ、ありがとう、ありがとう
わたしも待つよ
また聞かせておくれ
君の話を
いくつもの夏が巡った
あの子がいた野球チームは
相変わらずここで練習に励んでいる
今日も練習試合だそうだ
ん?あそこにいるのは……
見覚えのある
でも知った顔より少し大人びた
一方の手に小さな子を連れて
あの子そっくりの幼い子
おかえり
また良い夏を過ごそうか
ある広場の (ショートショート) もとやまめぐ @ncRNA
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます