第4話 遺書

 ゆまが帰ってから、これからの準備を始める。


 まず柚希に向けて手紙を書く。


 私が病気で亡くなってしまうこと。私がいなくなったあとゆまを気にかけてあげてほしいこと。同封する手紙を私が亡くなる頃にゆまに届けてほしいこと。私が亡くなる前にもう一度手紙を送ることなどを書いて封をする。


 そしてゆまにも手紙を書く。


 ゆまにはほとんど嘘しか言わなかった。何も言わなかったこともある。


 唯一の真実はゆまが幸せなら良かったことくらいだ。


 大丈夫なんて嘘だ。何も大丈夫じゃなかった。なんで私を置いていなくなったのか。あんな説明じゃ納得できなかった。私も連れて行って欲しかった。ゆまがいないんじゃ生きている意味もなかった。でも生きてるかもしれないって。ゆまが私と同じ気持ちかもしれないって一心でずっと探していた。柚希に告白されて、柚希でも良いのかなって思ったことがあった。こんな考えは柚希に失礼だったし、なによりも私はゆまじゃないとダメだった。でもゆまは私じゃなくても大丈夫だった。それだけの話なのにとても悲しくなる。病気で良かったと初めて思った。自分で死ぬ勇気はなかった。病気が私を殺してくれるというのは慈悲にしか思えなかった。


 この気持ちを全て押し殺して、感謝だけを手紙に込める。ゆまと会えて良かったこと。ゆまと付き合えて幸せだったこと。ゆまを一回だけでも良いから抱きたかったこと。高校生の頃は恥ずかしがって一回もさせてくれなかった。こんなことになるんだったら、多少無理を言ってでもしとけばよかったと思う。冗談を交えて、ゆまに助けられたことを事細かく書いていく。最後の一文を書いて封を閉じる。












 入院してから一週間が経った。そろそろ柚希に手紙が届く頃だろう。ここのところ生きているの死んでいるのかが曖昧だった。薬の影響か寝ている時間が増えて、ゆまの夢を頻繁に見るようになった。医者は治るって言うけど、自分の体のことは自分が一番よくわかるし、治す気もなかった。来るわけもないけれど、ゆまがもし来てしまったら、私は壊れてしまう気がした。だからゆまが来る前に死にたかった。
















 ゆまがきた。また柚希の仕業だった。


「陽菜…あの手紙は何…」


 ゆまは大きな目に大きな涙を貯めて私を睨んでいた。白に囲まれた部屋で見る彼女の瞳は水滴を通して翠が輝いている。


「遺書だよ。」


「どうして…」


「どっちにしろ…そろそろ死のうかなって思ってたんだ。ゆまには困ったときに助けてくれる理解者がいるし、親友もいる。私は退場してもいいのかなって。」


「言ってる意味がわからないよ…夫や柚希は大事だけど、陽菜も大切に決まってるじゃん!」


「そこが最も大きい違いなんだよ…私にはゆましかいなくてゆまに私を一番に考えて欲しい。だけど、ゆまには私だけじゃない。まぁこれは私が5年間も、もたもたしていたのがいけなかったんだけどね。」


 今度は押し黙ってしまった。声を押し殺して頬に涙がつたうゆまを真っ直ぐ見つめながら続ける。

「5年前、誰も与えてくれなかった感情や気持ちや言葉を貴方だけが与えてくれた。貴方と居れば普通の人間になれると思ってた。だけど貴方はいなくなった。」

 話途中なのに咳が出る。少し前では尾崎放哉の気持ちだったが今は違う。

「私は突然飼い主を失った飼い犬になったようだった。それまで愛情を与えられてすくすく育っていた私の感情はリードで繋がれたまま敷地から出れずに衰弱死してしまった。ゆまと再会した時にはとっくに死んでいるようなものだったんだ。ゆまが居なくなってから前にも増して死にたくなったけど、ゆまがどこかで泣いているんじゃないかと思って死ねなかった。こないだ、私聞いたよね。今幸せかって。嬉しそうな顔で幸せだって答えた貴方の表情を見て、私はようやく死んでいいんだって感じたんだ。だから…お願いします…死なせてください……。」


 気づかないうちに私は泣いていた。悲しみからか憎しみからか怒りからか、何が私の感情を動かしているかが分からない。でも溢れ出る涙が止まらなくて。息が早くなってきて。意識が……














 私に全てを伝えた陽菜は満足したような泣き顔で逝った。過呼吸を起こし、容態が急変した陽菜は手の施しようもなく亡くなった。

 私が病院で放心していると、陽菜の遺族らしき人がやってきて陽菜に文句を言っていた。出来ぞこないの娘だと、大学を中退したアバズレなんて、家族どころか他人にさえ吐くべきでない暴言を吐いていた。どうしてここまで故人を辱めることが出来るのだろうか。

 でも私の方がタチの悪いように感じた。

 私は陽菜に何をした?私は陽菜が苦しんでる間に何をしてた?自分のおめでたい頭がほとほと嫌になる。いっそ陽菜に憎んでもらえたら良かった。だとしたら後を追って死ねたのに。

 でも私が幸せなら幸せと陽菜が言うのなら、目一杯幸せになって、陽菜に報告しようと思った。











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5年前に行方不明になった彼女から連絡が来た サンドリヨン @21740

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