第8話 後輩とお弁当

うちの会社にはウザ可愛い後輩がいる。どこの会社にも一人は、可愛い系の女性社員がいることだろう。うちの会社も例外ではなく、上司や先輩。部長たちから小さくて可愛いとマスコットキャラみたいに可愛がられている。特に部長のお気に入りだ。


彼女の名は春風はるかぜ咲実えみ今年の春から新卒で入社してきた新人だ。


春風は、上司や先輩。部長の前では、天使の微笑みをたたえ猫を被りいい子にしている。

その効果は敵面で先輩や部長達は骨抜きにされている。


だけど俺の前だけはその仮面を外して、小悪魔な本性を剥き出しにして俺の細やかな癒しの時間を土足で荒らしに来るからタチが悪い。



彼女の人気の理由は、その外っツラの性格だけに留まらず、彼女の恵まれたスタイルにもあるといえよう。


ライトブラウンのミディアムヘアーをポニーテールに後ろで束ね、そのモフモフの毛並みはさぞ、撫で心地が良く極上なのだろう。胸には充分な起伏があり、濃紺のスーツの上からでも双丘そうきゅうの存在感は凄まじい。出るところは出ていて締まるところは締まっている。要するに妖艶エロイなのだ。


だからといって彼女の体を性的な目では見ない。アレでも大事な後輩なのだから。


午前の仕事が終わり、昼休みとなる。春風は部長から「この後、お昼でも一緒にどう?」

などと彼女を昼食に誘っているが春風はというと、天使の笑み《作り笑い》で

「すみません、部長。私、この後で約束をしているのでご一緒できません。もし良かったらまた今度、お誘いしてください」と丁寧に断る。恐らく今後とも誘いに乗る気はないであろう。可哀想に、部長。

「いいんだよ。また今度、一緒に食べよう。」と残念さを表に出さないように言ってくる。


そして春風は、俺のデスクへと来て「さあ、先輩!お昼を一緒に食べましょう!」

今日は、お弁当作ってきたんです。とさっきと天使の対応からガラリと変え天真爛漫に言ってくる。



「なに!佐藤に手作り弁当だと!春風ちゃんの手料理が勿体無い!」と部長が悔しがる。


「いいんですよ、部長。私が先輩に作ってあげたかったんです。部長も、もし良かったら今度、作ってきましょうか?」と社交辞令で言ってくる。恐らく作ってくることはないだろう。


「ふ、ふん!いい気になるなよ佐藤!」


別にいい気になんてなってない頼んだ覚えすらないのだから。


「で、これは何のつもりだ?春風」


「見て分かる通り、佐藤先輩へのお弁当です」


「え?俺、頼んだっけ?」


「『え?』じゃないっスよ昨日お弁当作ってきてあげるって言ったじゃないっスか!」


「ああ、アレはそういう意味だったのかー」


「どういう意味だと思ってたんスか?!先輩みたいな陰キャ女の子からお弁当を作って貰うなんてそうそうあることじゃないんですからね!」



フッ、あるんだなこれが。何たって今夜、未来たんから手料理を作って貰うのだから!


こんなことを言っても信じてもらえないだろうから言わないけど。


そんなことを考えながら春風のお弁当に舌鼓を打つが心はここにあらず、未来たんからの手料理のことばかりを考えていた。春風は、こちらをチラチラ見て髪を弄ってモジモジしている。


ああ、そうかせっかく作ってきてくれたお弁当を前に不誠実なことをするところだった。


「あ、悪い。忘れてた、美味いぞ春風。唐揚げが特にな」

衣はカラッと揚がっていて中身はジューシーでも弁当に詰めているから少し冷たい。

それでも美味しかった。


これは美味い弁当を作ってくれた者への礼儀だ。それ以下でもそれ以上でもない。


そんな普遍的な言葉なのに春風は嬉しそうに笑って「男の子は唐揚げ好きですよね。うちの弟も好きですから」とこの時ばかりは彼女の笑顔が天使に見えた。



そんな彼女を少し可愛いと不覚にも思っていると、春風は、不適な笑みを浮かべてくる。


「そっかー、先輩の胃袋、掴んじゃいましたかー!」


「いや、掴ませねえよ!」


「なんでそこで抵抗するんですか!大人しく胃袋を掴ませろ!そうすればまた作ってあげますよ」


「だが、断る!」キリッと俺は名言を放つ。


俺が胃袋を掴まれる人はと決めているからな!


「もう!先輩のバカー!どうせ、ママのお弁当の方が美味しいって言うんでしょ?先輩のマザコン!」


「違う!俺は、マザコンじゃなーい!」

男が人生で初めて胃袋を掴まれるのは母親の絵料理だろう。でもそこは、

男の矜持きょうじが勝って認める訳にはいかない。


「冗談ですよ、怒らないでください。それより先輩、今夜飲みにいきましょーよ!」


「悪いな。今夜は先約があるからいかない。一人でいってくれ」


今日は、未来たんから夕食を作ってもらうのに十八時から約束している。他の予定なんか入れられない。春風からの飲みの誘いなんてもってのほかだった。


「前はいつも誘いに乗ってくれたのに急にどうしたんですか?」


「嘘つけ!俺は、いつも誘いを断ってたろ?今に始まったことじゃない」


「まあ、そうなんですけど…でも怪しいな今日は、朝から気持ち悪い暗い機嫌が良かったし、

先輩もしかして、彼女でもできたんですか?」

ガタンっと動揺を隠せない。動悸が止まらない。まさか、春風に勘付かれてる?

まさかな。俺と未来たんとの関係は知らないはず。


「むっ、怪しい、……」


と春風は、俺にジト目を送るのだった。


                


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