第74話 和馬さん、女に刺される
「指......ゴツゴツしてますね。男の人の手って感じがします」
「......。」
現在、俺は生徒会室にて芽衣ちゃんに手を握られていた。
いや、浮気じゃないよ。
一言で表すならば、これは治療行為だ。左手の中指がひょう疽になってしまい、指先に溜まった膿を出すため、彼女が協力してくれたのである。
自分でやれよって? 怖いじゃん、自分で中指に針刺すなんて。
だからひと思いにサクッとやってほしいんだけど、芽衣ちゃんは俺の手をさすさすと触ってくるばかりで始めてくれない。
背徳感があるからやめてほしい。
「あの、芽衣ちゃん」
「?」
「針、刺せそう?」
「?! す、すみません」
と彼女は俺に催促され、手にしてる針の先端を見つめた。それを見ながら、彼女はぼそりと呟く。
「絶対痛いですよね」
「まぁ、うん。だろうね」
「ちなみに針で刺したら勝手に膿が出てくるんですか? ほじった方がいいですか?」
「いや、ちょっと針で刺して穴開けたら、そこから絞り出す感じで膿を出せば大丈夫」
「それも私がやりましょうか?」
「できたらお願い」
「口で吸い出すって感じですよね」
手だよ、手。
なんでそんな毒蛇に噛まれたときに、患部に口をつけて毒を吸い出す感じで言うの。映画の見過ぎだよ。これ、膿だよ。精液じゃないよ。
「え、えっと、普通に手で、ね?」
「あ、ああ、そうですよね。付き合ってもない女に自分の指を舐められたくないですよね」
「いや、そうじゃなくて。一応、これ細菌だからさ」
「な、なるほど......」
だ、大丈夫か、この子。
彼女は気を取り直して、俺の中指に狙いを定める。
「それじゃあ刺しますね」
「うん。あ、それと確認したいんだけど」
「はい」
「なんで俺の手を握ってるの?」
「え、会長の手を固定するためですが......」
「いや、これ......恋人繋ぎじゃない?」
「.........これが固定に適している繋ぎ方かと」
そ、そうかなぁ......。
芽衣ちゃんは納得してない俺を他所に、さっそく行為に移った。俺の中指へ針を近づけてき、その先端を差し込んだ。
俺の中指の爪の間に。
「いっつッ!!」
「あ」
俺は手を引っ込めて患部を擦った。
「え、ちょ、なに?! どこ刺してるの?!」
「す、すみません。緊張しちゃってつい」
見れば、彼女の針を持つ手は微かに震えていた。
な、なるほど......。そりゃあやったことないもんな。
「そ、そうだったんだね。たしかに芽衣ちゃんから手汗を感じたな」
「?! そ、それは私の手汗じゃなくて会長のです!」
「あ、はい」
ちょっとデリカシーが無かったな。
彼女は気を取り直して、何回か深呼吸をしてから再び俺の手を握った。
そしてぷすりと突き刺す。
左手の人差し指に。
「いっつぁ!!」
「あ」
俺は椅子から転げ落ちた。大袈裟かもしれないが、痛みが走る箇所をある程度覚悟していたのに、全く予想してない別所から痛みが来たらこうなるからね。
俺は芽衣ちゃんを涙目で睨んだ。
「何なの?! 今度は指違うじゃん! 俺のこと嫌いなの?!」
「ち、ちがッ! むしろ好きと言いますか......」
「とにかく! もういいよ! 自分でやるから!」
俺がそう言って芽衣ちゃんから針を奪おうとしたら、彼女はそれ引っ込めて俺を睨んできた。
無言で睨まれたので、俺もジト目になってしまう。
「......それ貸して」
「嫌です」
「なんで」
「ここまで来たら私が最後までやりたいので」
「......。」
次はどの指が犠牲になるかな。そう思いながら、俺は彼女に左手を差し出した。
「わかった。芽衣ちゃんに身を委ねるよ。でも次が最後だからね」
「わ、わかりました」
そう言って彼女は針を元のケースにしまい、代わりにバッグから別の何かを取り出した。
それはボールペン程の長さのカッターナイフだ。
カチカチカチ。彼女がその刃を剥き出しにし、自身の目の位置まで持ち上げてからそれを見つめた。
「会長、これ使っていいですか」
「駄目です」
俺は即答した。
彼女は食い下がってきた。
「針で刺すということは“点”の面積です。が、カッターナイフなら“線”で患部に当たる確率が上がります」
“当たる確率”って言ってる時点でアウトだよ。確率の話すんな。
俺は無言で席を立ち上がり、彼女から数歩下がって距離を取った。芽衣ちゃんは俺の行動を視線だけで追って言う。
「手、出してください」
「嫌だ。絶対指持ってかれる」
「カッターナイフで指を切り落とせるわけないでしょ!!」
「うるせぇ! 中指と人差し指を間違えた奴の言うことなんか信じれるか!」
それから俺らは生徒会室の中を駆け回った。
俺はカッターナイフを手にした後輩女子に追いかけられ、そのまま生徒会室を出た。無論、彼女もカッターナイフを持ったまま俺を追いかけてくる。
「会長! 私に身を委ねるって言ってくれたじゃないですか! なんで逃げるんですか!」
「芽衣ちゃんにやらせたら駄目だって確信したからだよ!」
俺らはああだこうだ言いながら廊下を走った。
放課後とは言え、まだ生徒はちらほら居る。それこそ校内で部活動をする生徒や先生は居るので、俺らは注目を浴びた。
結論から言えば、俺は芽衣ちゃんから逃げることに成功したが、翌日、昨日の俺らの騒動を目撃した多数の生徒たちがある噂を流していたことを知る。
ヤリチンクソクズ野郎がカッターナイフを手にした後輩女子に追いかけ回されていた、と。
ヤり捨てた女に刺されそうになっていた、と。
違うって......。
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