第67話 チェーンソー・MAM

 「兄さん、今日の仕事内容は伐採です」


 「伐採っていうと、チェーンソーを使うアレ?」


 「ええ。努力、未来、A Beautiful Starのアレです」


 米○玄師やめろ。


 天気は晴れ。天気、気温はもはや夏のそれなので、熱中症には気をつけたい。


 そんな今日は中村家でアルバイトだ。本日の指導役は妹の千沙である。日頃のこいつのことを考えると不安しかないが、それでも今までこいつから学んできたことは多い。


 今日も頑張ろう。うん。


 俺らがやってきた場所は、いつも農作業している畑の周りにある歩道だ。


 無論、田舎の歩道なんて滅多に人は来ない。稀に通行人を見かけるレベルである。俺らが居るところも大してそのイメージから外れない。


 「兄さんに切ってもらいたい木はこれです」


 と、妹は畑の端から生えている雑木を指した。


 それを見上げると、三、四メートルはあるんじゃないかって高さだ。雑木は歩道にそって何本もあるが、まずはこの雑木から切るということだろう。


 俺は千沙に思ったことを聞く。


 「よくわからんけど、伐採って普通は冬にやるもんじゃないの?」


 「まぁ、基本的に木の中の水分が抜けている冬ですね。場合によりますけど」


 「というと?」


 「上を見てください」


 ということなので、俺はまた見上げた。


 すると自由に育った雑木が歩道の上にある電線に接触しそうであった。正確にはまだ両者の距離はあるけど、あれが接触したらヤバいな。


 俺は一人で納得する。


 「なるほど」


 「ではさっそく使い方を教えますね」


 「うい」


 千沙先生のチェーンソー講座の始まりだ。


 「まず、うちのチェーンソーはエンジン式なので、燃料を作ることからです」


 「50? 25?」


 「50です」


 「うい」


 俺はさっそく燃料を作ることにした。


 燃料を作る、とはそこまで大したことをするわけじゃない。必要な材料はガソリンとエンジンオイルである。


 さっき千沙に確認したら、ガソリンは50、エンジンオイルは1の割合とのことなので、それらを専用の容器に量を守って注いだ。


 ガソリンとエンジンオイルが50対1の割合なので、5リットルのガソリンと0.1リットルのエンジンオイルを混ぜるのである。


 ちなみにこれを混合燃料という。


 俺がその混合燃料を作る作業を進めていると、千沙がジト目になりながら言ってきた。


 「そういえば兄さん、混合燃料を作ったことがあるんでしたね」


 「ああ。たしか草刈り機の燃料を作るときに教わったんだっけ」


 「ちなみになぜガソリンとエンジンオイルを混ぜるのかというと――」


 「ガソリンを更に燃やしやすくして、瞬発的に力を出すためだろ? ちゃんと覚えてるって」


 「兄さんって妹の顔を立てない人なんですね......」


 い、妹の顔立ててどうすんだよ。


 混合燃料を作り終えたら、今度はチェーンソーの扱い方だ。


 チェーンソーに限らないが、エンジン式の器具なので、プライマリーポンプを数回押して燃料が上がってきたことを確認したら、各種安全装置を解除してスイッチをONにし、スターターロープを引っ張ればチェーンソーのエンジンがかかる。


 「兄さん、そんな何度もポンプを押さなくても大丈夫ですよ」


 「ごめん。プライマリーポンプが乳首みたいでつい」


 「あとで私の摘んでいいですから」


 お前、自分の乳首を軽んじてない? これは後でお絶頂だな。じゃなくて、お説教。


 諸々準備が出来たら、持つ所にあるスイッチ一つでチェーンソーは刃を高速回転させる。


 千沙が関心したように頷く。


 「使い方は問題なさそうですね。では伐採するときのコツを説明しましょう」


 伐採と言っても、雑木に上って伸びている枝を軽く切るくらいみたい。


 千沙曰く、本当は根本から切っちゃいたいらしいが、やるにしても今の時期はやらない、とのこと。とりあえず、応急処置として、電線に接触しそうな危ない枝を切るのだ。


 千沙ちゃんがスマホ片手に説明する。


 「まずはちゃんとチェーンソーからチェーンオイルが飛びてることを確認するそうです」


 「ねぇ、もしかしてだけどさ、お前、チェーンソーで伐採するやり方、スマホで確認してない?」


 「? ええ。だって私、チェーンソー使ったことありませんもん」


 マジか。まぁたしかにエンジン式だろうとチェーンソーは重いし、これを使う作業は危ないから、女の子はやったらいけないと思うよ。


 でも自分でやったこともないチェーンソーを俺にやらせるって......。


 「せめて雇い主に教わりたかったな」


 「お父さんは腰を痛めているので、今日はあまり腰を使わない作業をするそうです」


 「そこは休まないのな。というか腰痛って。昨晩は真由美さんとよろしくやってたのか」


 「......。」


 おっと。いつものセクハラジョークなんだが、千沙が黙り込んでしまったので、俺は彼女に謝って、説明の続きをお願いした。


 「とりあえずエンジンをかけてください。切る方向に黒いオイルが飛び散ったら、正常に動いている証拠みたいです」


 「おおー! びゅっびゅって出てる!」


 「......兄さんが言うと、とても卑猥に聞こえますね」


 うん。俺も言ってて思った。これが日頃の行いか。


 でもチェーンソーは危ないから、真面目に取り掛かりましょう。


 今からセクハラ禁止だよ。


 やべ、セクハラ出来ないと思うと、俺の存在価値が一瞬で低くなった気がした。


 「エンジンをかけたら、それをこの肩掛けの金具に取り付けて、木登りをしてください」


 「え、エンジンかけたまま? 危なくない?」


 「そのために安全装置があるんですよ。木に上ってからエンジンをかけると、スターターロープを引っ張る関係で、そっちの方が危ないので」


 なるほど。


 安全眼鏡を装着した俺は、草刈り機なんかで使っている肩掛けを千沙から受け取り、それをチェーンソーに取り付けた。


 無論、なんかの拍子に刃が回転を始めるスイッチを押しても、刃は回転しない。千沙が言った通り、まずは安全装置であるバーを解除しないと刃は回転しないのだ。


 俺は木に登った後、落ちないように下半身を全て使って木に縋り付いた。


 あとは木を切るだけだな。


 「準備OKですかー」


 すると眼下の千沙がいつの間にか伐採する木から離れていることに気づく。今から太い枝を切り落とすからな。下に居たら危ない。


 ちなみに千沙の役割は通行人が近くに居たら、俺に知らせることだ。


 何度も言うが、作業者、周りに居る人、どちらにも危険な目に遭う可能性がある仕事だ。真面目にやろう。


 セクハラとか言ってられないからな。


 俺は千沙に返事する。


 「準備OKだ!」


 「じゃあ気をつけて切り落としてくださーい!」


 斯くして、俺は人生初のチェーンソーを扱うのであった。


 これ絶対、学生のアルバイトの範疇超えてるだろうな、と思いながら。



 *****



 「ふぅ。後片付けはこれで終わりですね」


 「使用後のメンテナンスもばっちりだな。さすが千沙。普段、俺のち○こも同じくらい丁寧に手入れしてくれると嬉しいよ」


 「作業が一段落したらさっそくセクハラですか」


 今日一日、ずっと伐採を続けていた俺は、千沙と中村家に帰ってきて、諸々の後片付けをしていた。今は農機具を色々と保管している物置小屋に二人で居る。


 もう日は暮れたし、あとは中村家でご飯を食べて寝るだけだな。


 俺がそんなことを考えていると、千沙が俺に話しかけてきた。


 「あの、兄さん、少し相談したいことが――」


 「あ、高橋君、仕事終わった?」


 「あ、やっさん」


 後ろから雇い主の声が聞こえてきたので、俺は応じる。


 「お疲れ様です。腰、痛めたそうですね」


 「はは。参ったよ。俺も年かなぁ。あ、今日はチェーンソーで伐採してくれたんだって? いやぁいつもありがとう。本当に助かるよ」


 「いえいえ」


 しばらく雇い主と会話した後、彼がまだやり残した仕事があるとかなんとかで、この場を後にした。


 俺は千沙に聞く。


 「あ、ごめん。それで相談したいことって?」


 「......いえ、やっぱりなんでもないです」


 「?」


 それから千沙は早々に東の家の方へ戻っていった。


 どうしたんだろ、なんか暗い顔つきだったけど......。今日の仕事で疲れたのかな? 俺はそんなことを思いながら、千沙と同じく東の家に向かうのであった。

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