第68話 雇い主が浮気?

 「急に呼び出してどうしたの?」


 「ちょっとあんたに頼みたいことがあって......」


 「なんか欲しい物でもあるの? それとも買い出し? いや、俺にどっか掃除してほしいとこでもあんの?」


 「私が言うのもなんだけど、あんた、私の尻に敷かれすぎよ」


 うん、俺もそう思う。


 現在、学校を終えた俺は、今日の彼女当番である陽菜に「今からうちに来て」と連絡が来たので、中村家にやって来た。


 玄関前で俺は陽菜に出迎えられた。


 時間帯は夕食後の頃合い。平日、いつも陽菜が俺の彼女当番のときは、俺の家で二人の時間を過ごすんだけど、今日はなぜか彼女がそれをしなかった。


 別に喧嘩中というわけでもない。なんか「今日は和馬の家でゆっくりしてる場合じゃない」とかんとか言われた。


 何があったんだろ。真剣な雰囲気だから少し不安だ。


 もしかして妊娠しちゃったのだろうか。


 ......いや、俺、童貞だったわ。なんで自滅してんだろう。ぐすん。


 俺は陽菜に手を引かれるがまま、リビングへと向かった。


 「あ、カズ君」


 「兄さん」


 そこにはソファーに座っている葵さんと千沙の姿があった。


 あれ、今日も明日も平日だぞ。なんで千沙が居るんだ。千沙は平日、通学のしやすさから真由美さんの実家で生活しているんだが......二人してどうしたんだろ。


 それに陽菜だけじゃない。葵さんや千沙までも不安そうな面持ちである。


 マジでどうしたんだ。


 「ど、どうしたんですか」


 「実は......」


 それから葵さんから聞かされる話の内容に、俺は驚愕した。


 「や、やっさんが......浮気?!」


 「こら!」


 「ちょ、声がデカいって!」


 俺は千沙と葵さんに口元を押えられた。


 そんな二人の視線の先には、いつも食卓として使っているキッチン前のテーブル席で突っ伏している状態の真由美さんが居た。


 い、居たのか。


 俺は詳しい話を聞くことにする。


 「やっさんが浮気って......なんの冗談ですか」


 「あ、やっぱりカズ君もそう思う?」


 「そりゃあ、あの人は真由美さんにべったりですから......」


 「と思うじゃない? でも最近はどこか様子がおかしいのよ」


 「というと?」


 「お父さん、時々一日の仕事が終わると出かけちゃうんですよ。私たちには何も言わずに」


 「買い物とかじゃなくて?」


 「だったら『買い物に行ってくる』くらい言うじゃない? 何も言ってくれないから不安なのよ。いつも朝帰って来るし......」


 「き、聞けばいいじゃん、直接さ......」


 「だって怖いじゃん! しかも決まって毎回、カズ君がうちで働かない平日の夜なの! 『夕食は要らないから』って言って出てくんだよぉ!」


 と、葵さんが震えながら言った。


 そ、そうか。そら自分ちの父親がそんな行動を繰り返し取っていたら、変に勘ぐっちゃうよな......。


 陽菜が俺の裾をちょこんと摘んで訴えてくる。


 「ほら。あんまりこういうのって友達とかには相談しづらいじゃない? それにあんたなら何か知ってたりしないかなって」


 「う、うーん。俺は今初めて知ったくらいだしな......」


 「兄さんの家はどうなんです? ご両親はそういったことあまりしないのですか?」


 「いや、俺の両親はどっちも単身赴任だろ? あんま知らないしな。それにそんな心配もしたことないし......」


 俺の場合は、高校生になってから親と離れ離れになったから、親がどこで何をしてようと知ったこっちゃない、くらいの感想しか湧かない。


 いや、信頼はしてるよ? うちの両親は、ほら、えっと......頭がアレだから、浮気とかそういう次元の疑惑は湧いてこないからさ......。


 「あれ、ってことは、そのやっさんは今......」


 「「「出かけてる」」」


 おおう......。それで俺は呼ばれたのか。


 どうしたものか。彼女たちが困っているのなら助けてやりたいが、急なことすぎてどこまで踏み入っていいかわからない。


 変な話、俺と彼女たちはまだ交際関係の域だから、人様のご家庭事情まで首を突っ込んでいいのか判断がつかないのだ。


 「うぅ......父さん」


 「お父さん......」


 「パパ......」


 「......。」


 いや、違うな。そうじゃないだろ。三人は俺を頼ったんだ。


 だったら少しでも不安を取り除けるよう、元気づけるのが彼氏だろ。


 「よし。まずは状況整理からしましょう」


 俺が手をパンッと叩いてからそう言うと、三人は俺を見つめた。


 俺は三人が落ち着けるよう、真剣に、且つ、ゆっくりと状況を聞くことにする。


 「まずいつからですか?」


 「えっと、先月だったかな。夏に入り始めた頃合いって言ったら漠然としちゃうかもだけど」


 「なるほど。平日とはいえ、特に決まった曜日ではなく、不定期で外出することが多いんですね?」


 「はい。仕事が終わってから、着替えて軽トラに乗って行く感じです」


 軽トラで出かける??


 中村家には普通車があるんだけど、そっちは使わないのか。


 「それで家でご飯も食べずに出かけると......。変なことを聞くけど、なんか金遣いが荒くなったとかは?」


 「ママに聞いたけど、それは無いみたい。クレカとか通帳とか、そんな散財するようなことはしてないって」


 うーん、どっかの女性と出かけたり、貢いでいるわけじゃないのか。


 するとここで、今までだんまりだった真由美さんが突っ伏していた身を起こした。彼女は目元を赤く腫らしており、最近よく眠れていないのか、顔色が悪かった。


 数日前、俺がいつも通り土日にバイトしに来てたときは普段通りに見えたんだけどな......。


 人間、ある日突然、感情を抑えられなくなって色々と限界が来る時がある、とはよく聞くが、まさに彼女がそれを体現しているのだろう。


 そんな真由美さんが静かに口を開いた。


 「やっぱり浮気なのよぉ。私に飽きたんだわ......」


 「ま、真由美さん、落ち着いてください。まだそうと決まった訳では......」


 「絶対そうよ。だってそうじゃない。普段、私はあの人に冷たく当たってるから、きっと冷めちゃったのよ」


 「そんな。真由美さんはやっさんといつも笑い合ってたじゃないですか」


 ダンッ。真由美さんがテーブルに両手を思いっきり着いて怒鳴る。


 「あなたに何がわかるの?! あの人の浮ついた顔に気付けなかったあなたに、私の気持ちなんてわからないわ!」


 「か、母さん!」


 「ママ、言い過ぎよ!」


 葵さんと陽菜が激怒する真由美さんを落ち着かせる。


 ま、真由美さんがここまで取り乱すなんて......。相当重症だ。俺は数日前の中村家が普通だった、と思っていたことに後悔する。俺は本当に周りがよく見えていないな......。


 少し落ち着いた真由美さんが俺に謝る。


 「ご、ごめんなさい。泣き虫さんは何も悪くないのに......」


 「いえ、自分も軽い発言をしました。ごめんなさい」


 「「......。」」


 場が静まり返る。気まずい。俺はどうしたらいいんだろう。何ができるだろう。


 でも三姉妹が俺を頼ったんだ。ここは俺が動かないと。


 俺はそう思って、陽菜に聞く。


 「陽菜、今日俺を呼んだのって、やっさんが隠れて何をしているのか確かめてきてほしい、という感じで合ってるか?」


 「ええ」


 「そうか。......わかった。俺からそれとなく探ってみるよ」


 「ごめんなさいね。あんたに嫌な役割を押し付けて」


 「気にするな。困った時はお互い様だ」


 さてと、俺が雇い主に探りを入れると言っても、何から行動すべきかな。今度、一緒に仕事しているときに、さり気なく聞いてみるか?


 俺がそんなことを考えていると、陽菜が俺にある物を渡してきた。


 それは......服だ。


 真っ黒な服だな。綺麗に折りたたまれていたが、それを広げてみると、人の形をしていた。そう、頭から足まで繋がっている服なのである。


 一言で表せば、全身タイツってやつだろうか。


 ..............................なんでこんな物を俺に?


 俺は考え込んだが、中々答えを見いだせない。


 俺は困惑した。


 困惑するしかないだろ。なにこの全身黒タイツ。


 俺は陽菜を見た。


 陽菜は俺に言ってきた。


 「あんたにはスパイ活動をしてもらうわ」


 その、俺が思ってたとやり方と違うんですけど。

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