第64話 芽衣の視点 駄目だとわかってるのに
「さぁ、試合は次がラストプレイになりますね! 桃花さん、どちらかが勝つと思いますか?」
「んー。“使い古されたマンホール”が勝つんじゃないかな」
「その心は?」
「さっきの葵さんのプレイを見ると、偶然ボールが相手コートに入った感じがするし、入っても取られてスパイクを決められそうだから」
「私は女神さまがおっぱいで頼み込んでくれてたら、もう一回くらいチャンスをあげますが!!」
「おっぱいで頼み込むってなに」
し、実況の百合川さんと米倉さんが変態な会話してる......。
今、私たちはバレーボールをしていたんだけど、それも次のプレイで終わりだ。
相手はバレーボール競技の優勝チームなんだけど、こちらにはフィジカルモンスターで有名な生徒会長を始め、運動神経の良い人がそれなりに居るからか、かなり接戦となっていた。
正直、我が校の伝統とは言え、バレーボールは面倒だったから、私はこのエキシビションマッチは気乗りしなかった。
だから早く試合が終わってほしかった。どっちが勝ってもいいから。そう思っていた。
葵さんという綺麗な女子大生がサーブした。
「えいッ!」
「入るぞ!」
「チャンスボールだッ! 逃すな!」
「今度は胸なんか見ないッ」
いや、逆になんでプレイ中に人の胸を見る必要があるのだろうか。
相手は経験者同士でボールを回し、サトシ君という一年の男子生徒がスパイクをしてきた。
そのボールはこちらの陣地を突き刺すように落ちてきた。狙われっていたのか、ポジション的に赤谷君の場所だった。
ああ、あんな速いボールなら仕方ない。
取れなくて当たり前。
別に経験者じゃないし、無理しなくてもいいんじゃない?
そんなことを考えていた私だった。
なのに、
「ちょえいッ」
赤谷君は片足を出して、ボールを上げた。
嘘......。
そして同時に、試合会場に歓声を生まれる。赤谷君のファインプレイに歓喜したんだろう。
試合はまだ続く。ラストプレイだからもっと熱くなれ。終わるな。終わるなら格好良く終われ。
そんな思いがこの場に居る全員から感じられた。
でも、赤谷君が上げたボールは、相手陣地の方へと向かっていった。
あのすごく速いスパイクを上げただけでも奇跡に近いのに、またしても相手側にあの鋭い攻撃を許してしまうかたちとなってしまう。
しかし、
「ちょ、やば!」
「取れ!」
「間に合えッ!」
赤谷君が上げたボールは相手陣地の端の方を捉えており、そこはノーマークだったのか、その落下地点に向かって相手チームの何名かが駆けつけた。
そしてそれは間に合った。
ボールが高く打ち上げられる。
......ああ、なんで終わらないんだろう。こんな何にもならない球技大会で頑張ったって仕方ないのに。そこそこ盛り上がったんだし、もう終わってもいいじゃん。
どこまでもやる気になれない私だったが、副会長に名前を呼ばれて我に返る。
「芽衣ちゃんッ」
「っ?!」
ボールはコートの左端に居る、私の方へと向かってきていた。
高いボールだ。でもなんでもうこっちにボールが来たんだろう。
いや、考えるまでもない。赤谷君が上げたボールを相手がギリギリ間に合って、また上げたんだ。それがこちらの方へと向かってきた。それだけだ。
誰がどう見ても生徒会チームのチャンスボール。
私が上げて、誰かが前衛の会長か西園寺さんがスパイクを打つために繋げて、相手陣地にボールを叩きつけて決着がつく。
私が上げれば、の話だ。
そう強調してしまうのは、私が――
「無理だって......」
――球技が苦手だからだ。
今までの失点も、私がミスしたことが多かった。
なんで......なんで最後の最後で私の方に来るの......。
ただ腕を前に、真っ直ぐ伸ばして受ける。それだけでボールは上へ弾かれるのに、私はそれが苦手だから、ちゃんと“次”に繋げられない。
だから終わる。......終わってしまう。
あんなに望んでいた終わりを、今まで繰り返してきた“私のミス”が迎えるんだ。
「あぅ」
そしてボールは私の腕に当たって、コートの後方へと飛んでいった。
こちらのチャンスボールすら活かせないまま、試合は終わろうとしていた。
味気ない、しょうもないミスの、盛り上がりに欠ける嫌な終わり方。
私だけじゃない。今まで私のプレイを見てきたこの場に居る全員が、肩を竦めるような結末を予想していた――その時だ。
「大丈夫、繋がるよ」
「え?」
そんな男の人の声と共に、視界の端から一陣の風が、私の横を通り過ぎて行った。
びゅんとコートの後方へ疾走したのは――生徒会長だった。
彼は......前衛に居たはずの彼は、私がミスして変な方向へ上げてしまったボールを打ち返した。
私のミスを、どうして会長が......。
たしかにこの球技大会は学生のお遊び程度のもので、本来のバレーボールのルールより厳密じゃない。誰がどうプレイしたって自由なんだ。だから前衛から会長が離れたっていい。
でもそれで会長がミスしたら......格好悪いよ。
だって会長は――高橋 和馬という男は、本当はすごく格好良い人なんだから。
高く打ち上げられたボールは副会長の下へ向かい、彼女はそのまま相手陣地へと返した。
会長が元のポジションに戻ろうと駆ける。
「こっちのチャンスボールだぞ!」
「俺に上げろッ」
「あそこの女子の近くを狙えッ」
そして相手が繰り広げる、まるでお手本のようなプレイスタイル。レシーブして、真ん中に居る人が両サイドの前衛どちらかに向けてトスをする。
右か、左か。どちらの選手が打ち込んでくるんだろう。
いや、考えても仕方ない。はっきりしていることは.........また私の方にボールが来ることだ。
だって相手がそう言ってたから。
私の方を指して、“あそこの女子の近くを”って叫んでいたから。
だからか、せっかく前衛に戻りかけていた会長が私の方を見やった。
だからか、私もムキになって叫んでしまった。
「つ、繋げますから!!」
「っ?!」
「次は絶対に!!」
会長は格好良い。
正直、外見はタイプじゃない。
でも格好良い。
そう気づいたのは、今朝だ。
朝から泥水で一着しか無いクラスTシャツを汚しても、会長は校庭の水溜りを取り除いていた。
私が「汚い」と罵っても笑っていた。
友達の少ない私が教室に居ても暇で憂鬱だから、生徒会室で時間を潰していても会長は何も言ってこなかった。
会長らしく踏ん反り返ることもなく、先輩らしく後輩に小言を言うこともなく。
私はそんな会長が格好良いと思った。
そして相手のスパイクしたボールが、案の定、私の方へ向かってきた。
会長は私の方へ向かってこない。すごく迷っていたけど、既の所で踏み止まってくれた。
だから私は――。
「わ、私だってッ」
もの凄い勢いで飛んできたボールは、ちゃんと真正面から両腕で受け止められなかったけど、右肩に当たって真上に高く飛んでいった。
“前方”じゃない、“真上”というただの時間稼ぎにしかならないような、次に繋げるのが難しいボール。
でもちゃんと上がった。上げることができた。
すごく痛かったけど、私が今一番、自分を褒めてあげたいと思った。
そんな私が叫ぶ。
今日一番で、いや、過去一番かもしれない声量で叫んだ。沸き立つ周囲の歓喜に呑まれないよう、私は思いっきり叫んだ。
その叫び声は――
「会長ッ」
――ちゃんと届いた。
会長が前方へ駆ける。
逆に西園寺先輩が後方へ駆ける。
後者は前者に繋げるため、私が上げたボールを目指した。
そんな二人が交差する際に、短く言葉を交わす。
「バイト君、合わせるよ」
「D」
「ん」
弧を描くように助走をつけた会長が勢いよく跳んだ。
ほぼ同時に、西園寺さんが宙を舞うボールを、空中で姿勢を反らしながらバックトスをした。
横一直線を描くそのボールの動きは、視界に入れずとも正しく会長の下へ向かっていく。
滞空する彼が、そのボールを正確に捉える。
「ブロック!!」
「うおおおお!!」
「止めろぉぉお!!」
相手も最後は会長が決めに来ると思っていたのか、会長の前で両手を頭上に上げて高く跳んだ。
それでも会長は、
「うらぁ!!」
そんな高い壁を撃ち抜いて、相手陣地に凄まじい破壊音を響かせながらボールを叩きつけた。
一瞬の静寂の後に迎える、審判が鳴らすブザー音。
会場がまた歓声を上げた。
「うおぉおおおお! すっげぇ!!」
「なんだあのゴリラスパイク!!」
「西園寺さんとも息ぴったりだったね!」
「あのバックトスってすごくない?! 西園寺さん見てなかったじゃん!」
「それにもう高橋もパス来る前に跳んでたしな!」
そんな周囲の観客たちと同じように、生徒会チームも歓喜していた。
「んぎもぢぃぃい!」
「ナイスです、高橋さんッ」
「カズ君、かっこよかったよ!」
「ふふ。やはり私が認めた男は伊達じゃないね」
「たっきゃしさん、きゃっこい〜」
無論、負けた相手チームはすごい悔しがっていた。色々とプライドを賭けていたチームだ。相当悔しいに違いない。
そんな中、会長が私の方へ振り向いて、二カッと太陽のような満面の笑みを向けてきた。
「芽衣ちゃん、ナイスファイト!」
「っ?!」
私は......その場を立ち去ることにした。
そんな私を不思議に思ったのか、チームの面々が後方で心配そうに声を上げている。
「ちょ、どっか行っちゃいましたよ、高橋さん」
「お、俺に言われても......」
「トイレじゃないっすか〜」
「あの子、右肩痛めたのかな?」
「どうでしょう。ワタシには痛がってるようには見えませんでしたが」
室内用の運動靴のまま、私は体育館の裏へと向かった。
速歩きする私は、道中、すれ違う生徒に若干注目されてしまったのは、きっと自分の顔が真っ赤になっているからだろう。
だって自分でもわかるくらい、今の私の顔は真っ赤だもん。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう、直視できないッ」
やがて誰も居ない場所に辿り着いた私は、壁に背を預けながら、力無くずるずると腰を下ろして、ぺたんと座り込んでしまう。
「なんで......会長には............高橋さんには中村さんが居るのに......こんなの駄目だよぉ......」
私は胸を締め付けられる感覚を抱きながら、その場で小さく蹲った。
たぶん私は......絶対に間違っている恋慕に似た感情を抱いているに違いない。
......最悪だ。
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