第61話 バレーボールで弾くのは尊厳?

 「それでは毎年恒例の“VS生徒会”を始めます!」


 という、司会進行役の悠莉ちゃんの声がマイクを通して体育館全体に響き渡った。


 球技大会の各種目のほとんどは順調に終わりを迎え、最後に我が校伝統の試合で締めくくって閉会だ。


 いや、本当に色々とあったな。半年くらい時間を費やした気がする。


 試合会場はこの広々とした体育館を丸々使ったバレーボールコートで、周りは観客で埋め尽くされていた。見れば、観客の中には生徒や先生たちだけではなく、ちらほら保護者や近所の方も居た。


 こんな最後の最後で人って集まるんだな。


 もちろん、この観戦は強制じゃない。人によっては自分のクラスで寛いでいる奴も居る。


 それにしても今年はまた一段とすごいな。ここに居る人たちの歓声やら熱気で、普段より暑苦しい。


 「今年の競技はバレーボールになります!」


 あの、そろそろツッコんでいいかな。


 なんで、悠莉ちゃんが司会進行役やってんの。


 俺は隣に居るチャラ谷に聞いた。


 「ねぇ、なんで悠――百合川さんが進行役やってんの?」


 「はい。百合川パイセン、まじおっぱいデカいっすよね」


 なるほど、こいつに聞いた俺が馬鹿だった。日本語通じねぇ。


 まぁいいや。本人もノリノリだし。


 「今年の生徒会と戦うのは、本日のバレーボール競技で優勝したチーム“使い古されたマンホール”です!」


 この学校は変態しかいねーのか。


 なんだよ、“使い古されたマンホール”って。一周回って卑猥に聞こえるわ。略してま◯こだろ。今後の人生でマンホールって言う度に意識しちゃうよ。


 マン、ほぉぉぉおおおおる!!!


 “使い古されたマンホール”のチームリーダーと思しき男子生徒が、バレーボールコートのネット越しに俺を見つめる。


 俺と身長は同じくらいだが、やけに線が細い体つきだ。いや、平均と言えば平均か。


 「ふふ。遂にこのときがやってきたな。高橋」


 誰だ、こいつ。


 よくわからないけど、相手が手を差し出して握手を求めてきたので、俺は普通に応じた。


 俺にタメ口ってことは同学年か。居たっけな、こんな奴。


 すると隣に居るチャラ谷が口を開く。


 「お、サトシじゃん。なんだ、優勝したのってお前んとこのチームかよ」


 え、チャラ谷がタメ口? いつものナメた敬語は?


 「クックックッ。負けた上級生の悔しむ顔は滑稽だったぞ」


 お前、年下じゃねーか。


 サトシが俺に不敵な笑みを浮かべて言う。


 「高橋よ、他の競技で目立って良い気になっていられるのも今のうちだ。なにせこっちのチームはバレーボール経験者が三人も居るんだからな」


 「さ、三人も?!」


 俺は思わず慌てて横を見やった。


 そこにはチャラ谷に続いてヨシヨシ、芽衣ちゃん、副会長の佳奈ちゃん、そして――


 「どうし――たのかな、高橋君」


 「......。」


 ――保健室の先生、田所さんが居る。


 彼女は動きやすい全身ジャージ姿で、一昔前の暗い色合いの赤一色に、肩や足に二本線が引かれているデザインだった。


 傲慢無礼なムチムチボディの彼女が着ると、そういうビデオに出演するのではないか、と思ってしまう。


 普段、俺ら生徒会役員しか居ない場では、とても悪い口調で定評のある彼女は、なんと御年――


 「おい」


 「ぐへ?!」


 いつの間にか俺の前にやってきていた田所先生が、俺の胸倉を掴んできた。


 こ、こいつ、皆が居る前だぞ?!


 田所先生はドスの効いた声で囁く。


 「今、失礼なこと考えたろ。具体的には私の年齢を」


 「せ、先生はエスパーか何かですか」


 田所先生は俺の胸倉を放して、にっこりと目が笑ってない笑みを浮かべながら言ってくる。


 「高橋君、襟が曲がってたから直してあげたよ」


 襟ないんすよ、このクラTには。


 とにかく、俺らのクラスには経験者が副会長しか居ない。


 ヨシヨシも芽衣ちゃんも球技があまり得意な方じゃないからな。勝敗はともかく、できれば白熱するような試合にしたい。そのためにも経験者相手にどこまで食らいつけるかだ。


 それから俺らは整列し直して、互いに向き直り、進行役の悠莉ちゃんの紹介を受ける。


 「それでは、“使い古されたマンホール”のリーダー古田君、意気込みをお願いします」


 姓は古田、名はサトシの巨漢の一年生は、悠莉ちゃんからマイクを受け取り、空いているもう片方の手で俺を指差す。


 「生徒会会長に勝って、俺がその座をいただく!!」


 チームとして意気込みを語れ。なんでお前の野望を叫んでんだ。


 てか、バレーボールで生徒会の座は賭けられないから。


 それからサトシ君は急に片膝を着いて、司会進行の悠莉ちゃんに向かって宣言した。


 「そして俺が生徒会長になった暁には百合川さんをいただく!!」


 おおー! という周囲の人たちの驚いた声。


 馬鹿なサトシ君はチームメイトから蹴られたり殴られたりしてるが、体勢を崩さずに片膝を地に着けたまま、きらきらした目で悠莉ちゃんを見つめている。


 すごいな、色々と。まさかチームの意気込みを語らず、告白に走るとは。


 すると悠莉ちゃんが俺のことをちらりちらりと見てきた。なにやら彼女はモジモジしながら、頬を朱に染めつつ言う。


 「こ、こう言ってますけど......どうします?」


 どうもしねーよ。


 「あの、そろそろ試合を始めないと......」


 と、ヨシヨシが割って入って来てくれたおかげで、俺らは整列し直した。


 今度はこちらの意気込みを語る番となってしまった。


 俺はマイクを受け取り、適当に意気込みを語ることにした。


 「良い試合をしよう。俺らに勝ったら飯を奢ってやる」


 “田所先生が”とは言わないが、その意味を込めて言うと、それを本気と受け取ったのか、試合会場が歓声で埋め尽くされた。


 田所先生はというと、本人にはその意味が正しく伝わったようで、ジト目で睨まれてしまった。


 が、俺は見ないふりをした。


 田所先生、ごめん。でもほら、独身女性でしょ(笑)。俺らよりお金には余裕あるよね。


 「先制は“使い古されたマンホール”です! さっそく始めちゃってください!」


 という半ば投げやりな悠莉ちゃんの合図と共に、試合は始まった。


 相手サーブから始まり、最初はサトシからだ。


 「クックックッ。まずは相手の戦意を削ぐ。......お前を狙ってやる! 高橋ぃ!!」


 などと言いながら、サトシはジャンプサーブのモーションに入った。


 マジか。こいついきなり本気で打ち込んで来る気か。


 そしてサトシはそのままバンッというある種の爆発音を響かせながら、俺の方へとボールを打ち込んでくる。


 ジャンプサーブというとその勢いとドライブで圧倒されやすいが............残念、和馬さんにとっては別に脅威でもなんでもない。


 俺はもの凄い速度で迫りつつあるボールの落下地点を正確に予測して、レシーブした。


 「ほいッ」


 「な?! 俺のジャンプサーブがッ」


 「さっすがフィジカルモンスター!」


 「赤谷君、繋げて!」


 「ういっす〜」


 ちなみに我が校の球技大会レベルのバレーにポジションなんて無い。


 だから誰がセッターとかミドルブロッカーとかはなく、全員が全ポジションの役割を果たしてプレイするのだ。


 チャラ谷がトスでボールを上げて、副会長に繋げる。


 副会長はいい感じで自分のとこに上がったボールに向かってジャンプした。


 相手の前衛二人はブロックしようと跳ぶが、副会長はその二枚の壁を難なく躱してスパイクを決める。試合会場がブザー音と共に一気に盛り上がった。


 「うおおお! すげぇ! さっそく副会長がスパイクしたぞ!」


 「てか、生徒会長、帰宅部なのにサトシのすごい速いサーブを余裕で返さなかった?!」


 「まぐれじゃないか?!」


 「いやでも生徒会長が出てたドッジボールの試合、全勝したんでしょ? 球技得意なのかもね!」


 などとあちらこちらで観客の騒ぎ声が聞こえてくる。


 副会長は先制点を決められて大燥ぎ。ヨシヨシと芽衣ちゃんの二人とハイタッチするだけじゃなく、チャラ谷にもハイタッチする有り様だ。


 ちなみに田所先生は「おおー」と拍手をしていた。一応、頭数揃えるために来てもらった人だからか、あまり生徒たちと一緒に熱くなってやってくれるタイプには見えない。


 今後の彼女の活躍に期待しよう。


 それから試合は接戦を極めていき、点差が開かないまま互いの点数が上がっていった。


 そんな試合中で、だ。


 「ぐッ!!」


 ヨシヨシがジャンプした拍子に足を捻ってしまったみたいで、体勢を崩した。


 それを相手は狙っていないと思うが、偶然にもヨシヨシの方へとスパイクする。


 そのボールの進行方向はヨシヨシの顔面を捉えていた。


 「きゃあ!!」


 「吉田君ッ!」


 芽衣ちゃんと田所先生の焦燥に満ちた声。


 そんなヨシヨシの前に立ったのは――俺だ。


 元々、ヨシヨシが足を捻ったところを視界の端で見ていたので、ボールが打ち込まれるよりも早く駆けつけていたのだ。


 俺は体勢を崩して転倒しそうなヨシヨシを両手で掴んで支えた。


 直後、俺の後頭部に相手のスパイクしたボールが激突する。


 場が静まり返るが、それも束の間。会場のあちこちからヨシヨシを心配する声が上がってザワつく。


 俺はまるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするヨシヨシを見つめた。


 「おい、大丈夫か。足捻ったろ。無理に立つなよ」


 「え、あ、その、会長、後頭部......」


 「気にするな。じっとしてろ」


 俺はよいしょっとヨシヨシをお姫様抱っこした。


 すると一部の女性生徒から黄色い声が上がった。


 「きゃー! 生徒会長が後輩男子を抱き上げたわ!」


 「もしかして会長はそっちもイケる系なの?!」


 「くぅ。確かに二人は見るからに攻めと受けの関係......眩しいッ」


 「はぁはぁ......生徒会長が“左”、後輩が“右”......王道ッ」


 マジでうちの高校にはやべぇ生徒しかいねぇ。


 俺は田所先生に向けて大声を出した。


 「田所先生! ヨシヨシを保健室に運びます! 診てもらっていいですか?!」


 田所先生は険しい面持ちで、口端に涎っぽい透明な液を垂らしていたが、すぐに我に返り、応じてくれる。


 こいつ、腐女子の属性も持ち合わせてるのか。


 「もちろんです。ただし運ぶのは高橋君ではなく、他の男子生徒に頼みましょう。あなたは試合を続けてください」


 「いやしかし......」


 と、俺が田所先生の言うことを素直に聞かないで居ると、ヨシヨシが俺の服を掴みながら見上げつつ言う。


 「か、会長、僕は大丈夫ですから。それより距離近いですって......」


 などと告げる彼は、どこか頬を紅潮させていた。心做しか、密着しているせいで、ヨシヨシの鼓動がこちらにまで伝わってきた。


 なんかこの顔......うちの彼女たちがよく行為に走ったときに見せる顔に似てるな。


 なんていうんだっけ......。


 俺はヨシヨシをそっと床に下ろした。


 ヨシヨシが呟く。


 「ほ、保健室に僕を連れ込むのはまた別の機会で......」


 俺は背筋を冷たいものでなぞられる感覚に陥った。


 そのままサササッと後退する。


 そしてヨシヨシは他の男子生徒たちに運ばれ、田所先生と共にこの場を後にするのであった。


 どうしよう、身震いが止まらないんですけど......。

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