第59話 酸いも甘いも?
「ほらほらぁ。なんでちゃんと立たないんですかぁ〜。それとも勃ってるんですかぁ〜」
「「ぐうぅぅううう!」」
現在、ドッジボールの決勝戦にて、チーム“干からびた精な子”は窮地に立たされていた。
眼の前で巨乳JKこと百合川 悠莉が、自身の豊満な胸をたゆんたゆんさせて、視覚的攻撃を仕掛けてきたからだ。
そのせいで俺らは挙って前屈みになり、蹲ってしまったのである。無論、俺らだけではない。観客の男子生徒たちも悠莉ちゃんを目にした者は蹲ってしまった。
おかげで女子生徒たちからはブーイングの数々。仕方ないじゃんね。童貞には刺激が強すぎるんだもん。
なので身動きが取れない。ボールを当てられたらお終いだ。
てか、あいつに女としての尊厳は無いのか!
「お、おい! お前らいったいどうしちまったんだ?! 急に蹲って何があった?! 腹痛か?!」
「「っ?!」」
すると、どういう訳か、予想外の人物の声が聞こえてきた。
「ゆ、裕二......?」
裕二だ。奴を見れば、あいつは平然と立っていやがる。
あ、あの馬鹿ッ。そんな仁王立ちしてたら、いきり立った息子を公衆の面前で晒しているようなもんだぞッ!!
俺が叱責しようと思ったのだが、陰キャ野郎が待ったをかけるように口を開いた。
「な、なるほど。そういうこと......か」
「?! ど、どういうことだ?」
「ふッ。裕二の股間を見てみてください、ボス」
そう言われ、俺は裕二の股間を見た。
「っ?!」
そして驚愕する。
なにせ、裕二のち○こは――
「勃って......ないだと?!」
テントを張っていないのだ。
ちんポジを変えたとかじゃない。普通に勃っていないのだ。陰キャ野郎がどこか納得のいった感じで、憶測を口にした。
「おそらく、裕二はあの若さにして不能なんでしょう。可哀想に......」
いや、そうじゃない。あいつに限って、そんなことはない。
だから俺は確信を持って言った。
「違う」
「違う......とは?」
「ああ。裕二は学校一のヤリチン野郎だ」
「ヤリチン野郎はボスでしょうッ!」
「.....まぁ、今はそのことはさておき、裕二はヤリチン故に、経験が非常に豊富だ。つまり......巨乳JKが自身の胸を見せつけるように揉みしだいても、あいつは動じない!!」
「な、なんて羨ましい奴なんだ......」
禿同。マジ死ねって感じだよな。これが経験値の差かって思い知らされるよ。
でも助かった。まともに動ける裕二が居てくれるだけで、まだ俺らに勝機があることがわかった。
「おいおい、和馬さんよ。大丈夫かよ」
「ゆ、裕二......お前、悠莉ちゃんのあの行為を目の当たりにしても平気なのか......」
「?! そういうことか!! 通りで周りの連中が不自然に前屈みになっている訳だぜ! てか、お前ら童貞かッ?!」
「「「「童貞ちゃうわ」」」」
おいこら、トドメ刺すんじゃないよ。
......あれ? ちょっと待てよ。相手チームは女子四人、男子一人の構成だ。
安田君! そう、あっちにも男が居るじゃないか! あいつも俺らと同じように前屈みになっているはず。
俺はそう思って、未だにボールを持ったままの安田君を見た。
「な?!」
そして再度絶句する。今日は何回絶句すればいいの。
なんせ安田君は――
「勃ってないだとッ?!」
馬鹿な!! 巨乳JKのおっぱいだぞ?! それも美少女の!!
そんな俺の驚愕の表情に気づいてか、安田君は鼻で笑った。
「ふッ。先輩、俺が好きなのは田所先生のような大人の女性っす!! 決して他の女の淫らな行為に動じたりはしない!!」
「なにぃ?!」
と、驚く俺だが、彼は血涙を流していることに気づく。
それが意味することは、一匹のオスの虚しい見栄だ。
あいつはきっと嘘を吐いていない。でも悠莉ちゃんのおっぱいに動じていないのは嘘だ。少なからずダメージを食らっている筈である。
「なぜ平然としていられるんだ......」
「俺のこの位置は、百合川の後ろっす。彼女の行為を直接見たわけじゃない。だから立っていられるんすよ」
なるほど。だから悠莉ちゃんは敵である俺らだけに見えるよう、前に出てきたのか。
だがこっちにもまだ勝機はある!!
なんたって悠莉ちゃんのおっぱいに動じない無敵の裕二さんが居るからな!!
「裕二! あとは頼んだ!」
「へッ。安心しな! 俺はゴールキーパーの経験があっから、そう簡単には――ぐはぁぁぁああああ!!」
『ピッ』
「チーム“干からびた精な子”、一人アウト」
「裕二ぃぃぃいいいいい!!!」
【悲報】裕二、呆気なく外野へ。
マジで役に立たなかった、あいつ。タたないのはち○こだけにしてくれよ。
「はははは! あとは二人だけっすね!」
そう言って、安田君は、身動き取れない俺に向けてボールを投げてきた。
裕二が居ない今、俺から狙うのが最適だ。陰キャ野郎なんていつでも狩れるからだろう。
俺は迫りくるボールを前に、ただ蹲っているだけであった。
が、
「うおぉぉおお!!」
「っ?!」
俺の前に大の字になって立つ者が現れた。
陰キャ野郎だ。
彼の息子さんは未だに勃っているはずなのに、陰キャ野郎は俺を守るようにして、両手を広げて立っていたのだ。
「ぐはぁぁぁああああ!!」
『ピッ。チーム、ひ、“干からびた精な子”、一人アウト』
「陰キャぁぁぁああああ!!」
そして被弾して、陰キャ野郎がアウトになった。
陰キャ野郎は公衆の面前で大の字になったのだ。それ即ち、息子の披露宴さながらの全体告知である。
私の息子は立っている。否、勃っているのだ、と。
「きゃー!!」
「うわ、なにあいつ......」
「股間がもっこりしてるわ......」
それ故に、周囲の女子生徒から無慈悲な鉾を突き付けられる。
こんな公開処刑......あんまりだ。
俺を庇った陰キャ野郎が倒れ、俺は陰キャ野郎の身を抱き寄せた。
別に命に別状は無いので、完全に茶番である。
「おい! 何してんだお前!! 自分から社会的に死にに行くようなことしやがって!!」
「へッ。陰キャの僕でも......胸を張って生きたかった......ただそれだけだ」
「い、陰キャ......」
「清水って呼んでくれ......」
ああ、お前、清水って言うんだ。ごめん。
「和馬......後は......任せてもいいか?」
陰キャ野郎が震える手を、俺に差し伸ばしてきた。
俺はそれを力強く握り締めた。
「ああ! 後は俺に任せろッ!!」
『ピッー』
「そこのアウトした人、早く外野へ行ってください」
空気読めない審判のせいで、陰キャ野郎はあっさりと外野へ足を運んだ。
お前の死は無駄にしないからな。
「先輩、やる気になってるところ悪いんですけど、もうお終いっすよ」
「っ?!」
すると安田君が未だに立ち上がれない俺に対し、そんなことを言ってきた。
そんな彼はボールを手にしていた。
ちッ! 陰キャ野郎に当たったボールがその弾みで、相手陣地へ転がっていったのか。
マズい。この状況は不利だ。せめてあの安田君をなんとかしないと......。
そんなことを考えていた時だった。
「和馬さぁーん」
「っ?!」
その声は、この周囲の女子生徒から浴びせられるブーイングの豪雨によって消えることのないものだった。
途端、周囲が静かになる。
決して大きくはなかった声に、誰もが音を立てることを止めたからだ。
酷く冷めていて、非常に恐怖を感じさせる声音。まるで周囲一帯の気温が数度下がったかのような感覚に陥ってしまう。
「ねぇ、和馬さん」
再度、決して聞き間違いじゃないその声に、俺は背筋を凍らせた。夏の時期なのに、寒さで身体中から熱を奪われる感じだ。
俺をここまで追い込めるのは......。
「ひ、陽菜......」
未来のお嫁さんだけである。
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