第56話 言って良いこと悪いことはパンチで学べ

 「で、ですね。私、思うんですが、この動画なら会長でも踊れると思うんですよ」


 「そ、そうかな?」


 現在、俺は生徒会室にて、役員である芽衣ちゃんと一つのスマホを片手に談笑していた。


 本当はこの場に生徒会は二人も必要無い。効率性を求めるならば、一人はここで急な事態に対応できるよう待機し、もう一人は外回りをする、もしくは次の仕事の時間まで自由に過ごすとかあるはずだ。


 なのに俺はこうして、後輩女子と一緒に仕事に関係無く、彼女のスマホでとある動画を視聴していた。


 その動画とは、彼女が趣味でやっているダンスに関する動画だ。


 画面に写っているのは、芽衣ちゃん本人である。自撮りだ。部屋の壁一面が鏡になっている空間で踊っている芽衣ちゃんはキラッキラしていた。


 この動画だけで相当ダンスが好きなのだろうと窺える。


 もう俺の中では、いつもの気怠げな彼女の印象が消え去るくらいに。


 「ほらここ。ステップを繰り返していますが、曲に合わせて動けば、すぐにできるんです」


 「へ、へー」


 なんかおかしい。この子、こんな喋る子だった?


 その、彼女の人格を否定する気は無いんだが、少なくとも俺が芽衣ちゃんに与えていた印象はそこまで良くないはずだ。


 なんせ俺は“ヤリチンクソクズ野郎”で知られているだろうし。


 とてもじゃないが、ダンスをオススメされるような関係じゃない。


 「あ、そうだ。スマホのスピーカーじゃ聞き取りづらいですし、イヤホンを刺してっと......さ、どうぞ」


 「え゛」


 あれこれ考えていた俺に、芽衣ちゃんがどこからか有線イヤホンを取り出してきて、片方の先端をスマホに、もう片方の二又に分かれている先端の一つを俺に差し出してきた。


 どうやらこれを付けて動画を視聴しろということだろう。


 別にいいけど、距離近くね? 彼女の甘い匂いが漂ってくるんだけど、これ嗅いでいたら犯罪になるかな。不可抗力なんですけど。


 俺、彼女居るのに、付き合ってもいない子とこんなことしていいのかな? 気にし過ぎかな? これってセーフなのかなぁ。


 おじさん、わからないよぉ(十八歳)。


 てか俺、クラスTシャツが今朝のハプニングのせいで汚れているんだけど、気にしないのかな、この子。


 「ほら」


 「あ、ちょ」


 片方のイヤホンを受け取らなかったからか、芽衣ちゃんが俺の耳にイヤホンを突っ込んできた。待った無しだ。


 強引だったけど、イヤホンを耳に差し込まれた時は痛くなかったのは、彼女なりの優しさだろうか。


 「じゃあ流しますね」


 「あ、はい」


 と、再度、芽衣ちゃんが自身のスマホの画面に映っている再生ボタンを押そうとしたところで、この部屋の扉が突然開かれた。


 「「っ?!」」


 「見事、一試合目、勝利して戻ってきました〜」


 姿を現したのは、佐藤 佳奈ちゃんもとい副会長だ。


 試合に勝てて爽快だったのか、ホクホク顔で現れた副会長である。とてもじゃないが、化粧崩れかけてますよ、なんて言えない。


 「って、あれ。何しているんですか、二人とも――」


 と、副会長が頭上に疑問符を浮かべた瞬間のことだった。


 「あぁぁぁぁぁああああ!!!」


 「ねぶしゃッ?!」


 瞬間、俺は芽衣ちゃんからガゼルパンチを顎に食らった。


 首がもげるような激痛と重力を忘れさせる浮遊感。眼の前に迫って来たのは天井のシミだ。


 ドサリ。俺はそのまま後方へ倒れ込んだ。


 「高橋さん?!」


 「がはッ......」


 「は、はぁはぁ。あ、危なかった......」


 危ないとは何のことを指して言っているのだろうか。


 少なくとも、ガゼルパンチを繰り出した女の子が口にしていい言葉じゃないのは確かだ。


 ピクピクと身体を震わせている俺に駆け寄ってきた副会長が、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。


 「だ、大丈夫ですか?! すごいガゼルパンチでしたけど?! 生きてます?! 私が誰だかわかります?」


 「ぐはッ......たぶん......佳奈ちゃん。化粧崩れててわかりづらいけど......」


 「ふッ!!」


 「たらばッ?!」


 瞬間、俺は副会長から頬にフックパンチを食らった。


 その様はまるでゴルフティーに乗せたゴルフボールを思いっきりスイングするクラブさながらである。無論、無抵抗の人間が食らっていい一撃ではない。


 「うぅ......なんで......二人とも......」


 「ふぅ。死ぬべきだと判断しました」


 「私と会長は......何もしてません。外回り行ってきます」


 芽衣ちゃんは横たわる俺を他所に、早々にこの部屋から出ていった。その表情は少し前まで彼女が見せていた明るいものではない。以前のような冷めた態度だ。


 俺はその後、生徒会室に副会長を残し、教室へ戻る前に保健室に行って、怪我の手当をしてもらうことにした。


 その際、俺の顎にできた青い痣と頬の腫れを目にした田所ちゃんが、『どこで喧嘩してきた。相手の高校は?』と聞いてきたので、俺は無視して自分で応急処置をした。


 和馬さんは不良じゃねーんすよ。


 教室に戻る道中、俺はふとあることを思い出した。


 「あ、その前に......」


 少し時間があるので、昇降口へ向かうことにした。昇降口には今年の球技大会の各競技の結果が張り出されている掲示板がある。どの種目も勝負事だから、星取表で掲示されているのだ。


 俺はその中から卓球の星取表の前に立ち、陽菜の名前を探した。


 「あ、順調に勝ってるじゃん、陽菜のやつ」


 陽菜は既に午前のうちに二戦やっていて、どちらも圧倒的な点差で勝利していたことが、星取表からわかった。


 あいつ、卓球得意だったっけ。


 が、そんな俺の疑問は、以前の彼女とのやり取りで解消される。


 陽菜は俺の玉袋をニギニギしながら、『この大きさ、まるでピンポン玉でも入っていそうね』とマジ顔で呟いていた。


 俺は『入ってないよ』と苦笑しながら言ったのだが、陽菜は『私、球技大会で出る卓球の試合、こっちに向かってくる球を全て和馬のだと思って迎え撃つわ。そしたら負けない気がする』とマジ顔で返された。


 そんでもって、『だって未来の旦那様の玉々を見逃すお嫁さんなんて論外だもの♡』と可愛らしくウインクしながら言っていた。


 マジ顔で。


 「あいつ、俺の玉をなんだと思っているんだろ......」


 が、結果が出ているのは事実。俺の金玉が彼女の活力になっているのなら、野暮なことは言わない。今更だしな。


 俺はそんなことを考えながら、自分の教室へ戻るのであった。

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