第55話 生徒会室で二人きり? いいえ、気を遣いました

 「うわ、会長。服がビショビショじゃないですか。てかTシャツのサイズ間違えてません?」


 現在、なんとか試合開始時間までに、校庭に発生した水溜りが片付いたことに安堵していた俺は、生徒会室に戻っていた。


 中には一人だけ女子生徒が居た。


 可愛らしい茶髪ツインテールが特徴の少女、曽根田 芽衣ちゃんだ。小柄な身で愛らしい柄のクラスTシャツを纏う姿は、とてもじゃないが高校生には見えない。


 そんな彼女はこの部屋でただ一人、書類の整理をしていた。


 「はは、ちょっと外で水捌けをやっててね」


 「よくまぁそんな汚れる仕事を進んでやりますね」


 芽衣ちゃんは俺をまるでばっちぃものでも見るかのような目で見てくる。


 やめてよ、新たな性癖に目覚めちゃうかもしれないじゃないか。


 俺は机の上に置かれている書類の束を手に取った。


 「これは......先生たちの予定表?」


 「はい」


 A4の用紙が数枚、ホチキスで右上の隅を止められている束だ。内容は今日出勤している先生たちの予定表。


 例えば、生徒会にとって顧問的な存在の田所先生は、午前中仕事をしていて、午後は比較的暇なようなスケジュールに見受けられる。


 それが田所先生の分のスケジュールだけではなく、他にも数名の先生たちのスケジュールが時間単位で記載されていた。これを作成してなんて頼んだ覚えはないんだが......。


 「えっと......」


 「今日、いつどこで何が起こるかわからないので、もしかしたら急な事態に生徒会が対応できないかもしれません」


 俺が戸惑っていると、この一覧を作成したと思しき芽衣ちゃんが理由を話してくれた。


 「なので、そのときは先生たちを頼るといいと思います。先生たちも、空いている時間なら余裕を持って対応してくれるはずです」


 な、なるほど!


 俺はこの用紙が伝家の宝刀のように見えてきた。用紙を見れば、ちゃんとわかりやすいように時間軸に沿って、誰が手隙なのか色分けもされている。


 この人数のスケジュールを全て一人でまとめたのか。


 俺は芽衣ちゃんの両手を掴んだ。


 「ひゃう?!」


 「ありがとう。マジで助かるよ」


 俺の唐突な行為に、彼女は目を見開いて驚くが、それも束の間。すぐさま顔を真っ赤にして、俺の両手に握り締められている自分の手を見た。


 「さっそくだけど、これ、スマホで生徒会のメンバーに共有しようか。これでもしもって時は安心だね」


 「あ、あの、きゃ、かい、ちょ......手......」


 「いや〜、正直、今朝みたいな不測の事態が起きると困るから、こういうのは本当に助かるよ。ありがとう」


 「わ、わかりましたから!! 手を放してください!」


 と、俺が嬉しさのあまり、力を込めすぎたからか、彼女は自分の手を解放するように言ってきた。


 ぱっと放すと、彼女は即座に自分の手を引っ込めて、胸に仕舞い込むように、その手を擦っている。


 「ご、ごめん。痛かった?」


 「あ、いや、きょ、これは、その、えっと......」


 なにやらどもる芽衣ちゃんだが、半ばゴリラみたいな俺が力強く手を握ってしまったんだ。痛かったに違いない。


 彼女に対して申し訳なく思いつつ、俺は話を戻した。


 「で、今、空いている生徒会役員は......チャラ谷君か」


 「はい。彼は外回りをしてますが、特にこれといった連絡はありませんね。あと三十分もすれば、副会長が出る競技の試合が終わるので、こちらに戻ってくると思います。副会長と交代で、私は外回りに行きます」


 「頼んだ」


 「で、吉田君は今試合中ですが、終わったら、そのままその競技の審判を任されていますので、午前中は戻ってこないでしょう。それとこちら、今朝彼が会長から任された仕事の引き継ぎの報告書です」


 「あ、ちゃんとメモしてくれてたんだ」


 「はい。私が見た感じ、大丈夫そうでした」


 芽衣ちゃん、めっちゃ優秀じゃね?


 この子の印象、こういう運営業務を気怠そうにやると思っていたんだけど、それは失礼な考えだった。


 だからか、身長も陽菜と似ているせいで、書類に目を通していた俺は、ほぼ無意識に彼女の頭の上にぽんと手を乗せてしまった。


 頭撫で撫でである。


 「っ?!」


 「あ」


 俺は間の抜けた声を漏らすのと同時に、即座に手を引っ込めた。やべ、癖でやっちまった。


 彼女はまたも顔を赤くして下を向いていた。


 お、怒っていらっしゃるのだろうか。もしくは変態に頭を撫でられて恥ずかしく思っているのだろうか。......どっちもか。


 「ご、ごめん」


 「べ、別に......」


 と、謝る俺に対し、彼女は怒鳴り散らすどころか、不問にしてくれるみたいだった。居た堪れなくなった俺は、彼女に提案する。


 「そ、そうだ。俺は生徒会室に居るから、芽衣ちゃんは自由にしてていいよ。何かあったら連絡するから」


 「え?」


 「ほら、せっかくの球技大会だし、友達と一緒に楽しむのも醍醐味だよ」


 「わ、私は......」


 と、言い淀む彼女を見て、俺はあることを思い出す。


 『そういえば、クラスでもいつもぐったりしてるわね』とは、以前、陽菜から聞いた芽衣ちゃんの印象だ。


 日中そんな感じなら、もしかしたら俗に言う夜型人間かもしれない。で、おまけに陽菜の言葉を鵜呑みにするならば、人付き合いもそこそこな模様。


 であれば、こういう行事に、“友達と過ごしなよ”という俺の発言はお節介極まりないものに違いない。


 今日は生徒が主体になって運営する学校行事だ。どう過ごそうが各々の自由。人付き合いが苦手なら無理することは決して無い。生徒会の仕事がある、という口実があれば、きっと気が楽になることだろう。


 ということで、俺は軽く咳払いしてから提案することにした。


 「ごっほん。あ、ああー。でもちょっとこの後の予定に関して確認したいことがあるというか、なんというか......」


 「っ?! わ、私でよければ応じますが!」


 と、俺の曖昧な提案に、食い気味に寄ってきた彼女である。


 黒だ。この様子、完全に黒だ。この子、友達少ない系のJKだ。


 俺は苦笑しつつ、特に頼めるような仕事も無いので、副会長が来るまで今後の予定に関して、後輩女子と確認するのであった。


 その際、途中で談笑になってしまったのは、ここだけの秘密である。

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