第54話 球技大会開催

 「スピーチお疲れ様です、高橋さん」


 「あ、佳奈ちゃん」


 「下の名前で呼ばないでください」


 現在、クラスTシャツに着替えた俺は、本日開催の球技大会の運営本部である生徒会室へ向かおうとしていたが、その道中で副会長と遭遇した。


 どうやら彼女も今から生徒会室へ向かうらしい。


 そんな彼女は今朝とは一転して、クラスTシャツ姿になっていた。副会長は職員室に用事があると言っていたが、もうそれは済んで、クラスTシャツに着替えてきたのだろう。


 無論、彼女と俺は別のクラスなので、当然クラスTシャツも別である。


 俺の所より落ち着いた色合いのTシャツで、紺色を基調としていた。冷静沈着な副会長のイメージにぴったりな印象を受ける。


 「うわ、高橋さんのTシャツ、ピチピチじゃないですか。そんなに筋肉を見せびらかしたいんですか」


 「ち、違うって。発注先が俺の分だけミスったんだよ。今日までに再注文が間に合わなかったから、仕方なく着てんの」


 「......ちょっと腹筋触ってもいいですか?」


 「この変態が」


 「変態に変態って言われた......」


 俺の返答に落ち込む副会長。


 俺の腹筋は言うまでもなく板チョコ。バッキバキに割れて、その影がくっきりしているくらいだ。にしても、そんなものを触りたいと思うのはなぜだろうか。


 葵さんも『ずっと舐めていたい』ってマジ顔で言ってたし。


 舐めるってなんだよ。


 そんなことを考えている俺を他所に、副会長は気を取り直すべく、咳払いしてから口を開く。


 「今のところ各競技、順調に準備が進んでいます。このまま滞り無く進めば、本日の球技大会は大成功するでしょう」


 お前は一級建築士か。すぐにフラグを立てんな。


 俺はそう思いながらジト目で彼女を見やる。そんな時だった。廊下の奥から吉田 好太ことヨシヨシ君が息を切らしながら走ってきた。


 「会長!!」


 「嫌な予感がしてきた」


 「こ、校庭に! 昨日降った雨の影響で、多数の水溜りができてしまっています! このままじゃサッカーを始められません!」


 「な、なんですって!!」


 ほらな。


 俺は溜息を吐いた後、ヨシヨシから詳細を聞くことにした。彼から上がった報告はこう。


 まず屋外運動場である校庭が雨で濡れてグチョっていること。これはまぁ仕方ない。サッカーができないレベルじゃないし。


 問題は雨の影響による水溜りだ。競技中に水溜りにボールや人の足が突っ込んでみろ。泥水が跳ねて、服を汚したり、目や口に入ってしまうかもしれない。


 そこから怪我に繋がったら目も当てられないよ。


 「サッカー部は何をしてたんですか? 朝練で校庭を使っていたら、もっと早く対処できたのでは?」


 「きょ、今日は朝練なかったみたいでして......」


 「今からサッカー部に所属している生徒を掻き集めるか......。悪いけど、部員には協力してもらおう」


 「は、はい! じゃあ僕はさっそく知り合いの――」


 と、ヨシヨシが手当たり次第、サッカー部員に連絡しようとするが、それじゃあ遅い。試合開始まで間に合わないだろう。


 「いや、そっちは俺が連絡しておく。ヨシヨシには俺の仕事を引き継いでほしい」


 「え?!」


 「大丈夫、佳奈ちゃんがサポートしてくれるから」


 「下の名前で呼ばないでください。吉田君、後のことは高橋さんに任せましょう。意外と人脈はある人です」


 意外とって言うんじゃないよ。


 ということで、俺はさっそく行動を取ることにした。


 まずは自分のクラスに戻り、裕二を見つける。裕二はサッカー部のキャプテンだ。彼は何人かのクラスメイトと談笑していた。


 「おい、裕二! 悪いけど、今から手伝ってほしいことがある!」


 「おう。わかった。どれくらいかずが欲しい?」


 さすが裕二。二つ返事で、特に理由を聞くこともなく、手伝ってくれるようだ。


 ほんっと腐れ縁なだけであって、俺の親友だよ。


 とりあえず、事情を軽く説明するか。


 「実はな――」


 「水溜りの件だろ?」


 「っ?! 知っていたのか?!」


 「ああ、うちのサッカー部は前日に雨降ってたら、翌日は朝練しないようにしているんだ。......水溜りの排水が面倒だからな!」


 「......。」


 前言撤回。俺は何をトチ狂ってクソ野郎を親友と称していたのか。数秒前の自分をぶん殴ってやりたい。


 「まぁ、今日は球技大会だから、少しは気にしておくべきだったよな。すまん」


 「手伝ってくれるだけマシだ。で、人は集められそう?」


 「ああ。部員共の弱みを握ってるから、チラつかせれば集まるはずだ」


 「人徳で集めようよ......」 


 その、なんだ、まぁいいや。うん。文句は言わないようにしよう。


 裕二が言うには、サッカー部員、集められて二十人程とのこと。助かるわ。さっそくその部員たちを校庭に集めてもらい、作業に取り掛かってもらった。


 無論、俺と裕二も向かう。二人で校庭に向かおうとしたら、裕二が待ったをかけてきた。


 「おいおい。なんでお前まで来るんだよ」


 「そりゃあサッカー部にお願いしてんだ。生徒会として行くべきだろ」


 「いや、お前、生徒会長だろ。もっとすることあるんじゃ......」


 「無い......とは言い切れないが、代わりは任せてある。一応、副会長のサポートもあるから、今は俺じゃなくてもいい仕事をしてもらっている」


 「それならいいんだが......」


 それに不安もあるしな。


 俺らが校庭に辿り着くと、そこでは水溜りの排水を既に始めているサッカー部員と思しき生徒たちが居た。


 人はそこそこ居るが、それに対して水溜りが多い。


 やり方としては大きくわけて三パターン。


 水溜りをグランドレーキ、所謂トンボというやつで、水気を他方に飛ばし、分散させる方法。


 泥水排水用の巨大スポンジで泥水を吸収し、バケツなどに居れて水溜りから水を抜く方法。


 最後にどっから砂を持ち運んできて、水溜りの箇所にその砂をかぶせる方法だ。


 手分けして排水作業をやってくれているのだが......


 「遅い......」


 俺はぼそりと呟いてしまった。


 この調子では試合開始までに間に合わない。時間の勝負だから文句を言っても仕方が無いのだが、作業ペースが素人目から見ても遅かった。


 なんせ部員たちを見れば、


 「ああー、球技大会ダリ〜」


 「うわ、最悪。泥水かかった」


 「ぶはッ。お前、クラスTシャツを早速汚したのか(笑)」


 談笑しながら作業しているのだ。


 別にそんな態度に文句を言いたいわけじゃない。ただ俺は間に合わせたいんだ。試合開始の時間を予定通り行えるように。皆に満足してもらうために。


 「裕二、スポンジってまだあるか?」


 「あるぞ。でもトンボで水捌けした方が楽だぜ?」


 「いや、俺はこれでいい」


 俺は裕二が指差す方を見やった。そこにはこの水溜りを排水するための道具が揃っている。その中から巨大スポンジとバケツを取り出し、俺はまだ誰も手を付けていない水溜りの方へ向かった。


 腰を下ろし、両手で圧縮させたスポンジを水溜りに着けて、両手を離す。途端、巨大スポンジが一気に水溜りの水を吸収した。吸収した水をバケツの中に放出する。


 これの繰り返しだ。


 正直、面倒くさいという気持ちがわかる作業である。


 それでも、


 「っ?! ぺッ。くそ、泥水が口の中に入った」


 俺は淡々とこの作業を続けた。泥水が自身にかかろうと、俺はそれの吸収と排水を繰り返した。


 脳裏に過るのは生徒会のメンバー。皆、俺の指示に従って動いてくれているんだ。良い結果が残せるよう頑張るしか無い。


 すると作業している俺に、誰かの影が刺さった。見上げると、裕二が立っていた。裕二は俺と同じように、巨大スポンジを手にしており、俺と同じように排水作業を始めた。


 「ったく。なにをそこまでマジになってんだよ。お前らしくねぇーな」


 「......うるせ」


 俺は再び下を向いて、作業に取り掛かる。トンボで水捌けした方が楽って自分で言ってたくせに......。


 裕二は舌打ちした後、急に立ち上がって大声を出す。声を掛けた先は、サッカー部員たちだ。


 「おい、お前ら! さっさと終わらせろ! これじゃあいつまで経っても終わんねぇぞ!」


 「裕二......」


 俺の代わりに、裕二は口調を強めて部員たちに命令した。


 憎まれ口を叩かれるかもしれないのに、こいつはそんな役を買って出てくれたんだ。


 「ええ〜。キャプテン、これダルいんすけどー」


 それでも部員たちはキャプテンである裕二に生意気な返答をした。が、裕二はカウンターを入れて黙らせる。


 「やかましい。あの秘密バラすぞ。女子トイレに仕掛けた隠しカメラの――」


 「ああー!! わかりましたって! おら! お前らも連帯責任なんだから、真面目にやんぞ!」 


 裕二、お前、本当に人の弱みを握ってたんだな......。


 てか、“女子トイレに隠しカメラ”とか不穏な言葉が聞こえてきたんですけど。後であの部員たちを問い質すか。もちろん生徒会長として。


 生徒会長として(大切なことなので二度言いました)


 ったく、困った奴らだ。隠しカメラなんて没収だ、没収。陽菜がそのデータの中に入ってたと思ったら、殺意が湧いてきたわ。


 そう思いながら、俺は怒りを糧に作業を続行するのであった。

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