第52話 好きも嫌いもずっと一緒

 『ふははは!! それでは最終ゲームだ! よくぞここまで生き残ったな、プレイヤー・タカハシ!』


 よくぞ生き残ったっていうか、デスゲームを名乗るのもおこがましい内容だったからな。


 やったことって、飯作って、下着選んだだけだし。


 現在、軟禁されている俺はデスゲームのプレイヤーとなって、とあるゲームを強制させられていた。


 最初のゲームは交際相手のために美味しい料理を作った。


 その次のゲームは交際相手に似合う下着を選んだ。


 デスゲームとはなんぞや。


 「たしか“衣食住”にちなんだゲームをしてきたよな。残りは“住”か」


 『そう! 残すゲームは“住”に関してである!』


 目の前のモニターに映るデスゲームのマスターが両手を上げて、テンション高くそんなことを口にした。


 その正体は千沙なのだが、画面に映る人物は覆面姿で、声はボイスチェンジャーのアプリでも使っているのか、全然うちの妹のそれじゃない。


 このクオリティを出すために、本人は相当頑張ったに違いない。


 が、母親に秒で正体をバラされたのは可哀想だった。まさかのプレイヤー側が同情しちゃう展開になるとは。


 まぁ、それはもかく、残すゲームはあと一つ。さっそく本題に入って、このアホなイベントを終わらせよう。


 股間にヤバい爆弾抱えているし。


 『机に紙とペンがあるだろう?』


 「あ、うん。お絵描きすればいいのか?」


 『デスゲームをなんだと思ってる』


 お前こそデスゲームをなんだと思ってやがる。


 オムライス作らせたり、エロい下着選ばせやがってよ。全国のデスゲーム運営に謝った方がいいレベルだぞ。


 俺は内心でそうツッコみながら、机の下へ向かった。


 机の上にある紙はA4サイズの白紙で、ペンは普通の黒のボールペンだ。


 『“衣食住”の“住”は一般的に、生活する上で安全な暮らしができる住まいの確保を意味する。が、学生の身であるタカハシ君には、その話は非現実的だ』


 「ほうほう。で?」


 『タカハシ君には今からその紙に、今後の方針を書いてもらう』


 「“今後の方針”?」


 『そう。抱負、目標、やりたいことでもなんでもいい。具体的な将来設計をそこに記せ』


 なんでそんなことを......。


 今更デスゲームをとやかく言うつもりはないが、なぜプレイヤーの将来が気になるんだよ。


 「これやる意図が全くわからないんだけど。何が知りたいの?」


 『......なんでしょうね』


 などと、デスゲームが素に戻って曖昧な返事をしてきた。


 その様子から、俺はあることを思い出す。


 そういえば進路希望の調査がそろそろ始まる頃合いだったな。


 俺の学校はもうすぐそれが始まるのだが、他校の千沙もそう遠くないはずだ。


 千沙に限った話じゃないけど、俺は自分の両親以外と進路について、延いては将来のことを話したことがなかった。


 もちろん世間一般で言えば、それは家族で話し合って合意する方向へ持っていくべきだ。


 が、俺らの関係はその世間一般の枠じゃない。


 こんな俺を半ば家族みたいに接してくれる中村家の皆に、俺は十分な義理を通せているのだろうか。ふとした瞬間にそう思うも、おそらくそれは十分に果たされていない。


 その結果が今だ。こうして千沙を不安にさせてしまっている。


 俺は......大馬鹿野郎だ。


 「......悪いな、気が利かなくて」


 『......なんのことですかね』


 ボイスチェンジャーで無機質な低音ボイスから紡がれる言葉は、言うまでもなく彼女の真意を語っているようだった。


 ならばもう全て示そう。


 俺の考えている“この先”に対して、彼女たちがどう付き合ってくれるのか、決めるための一つの指針になるよう思いを込めて。


 ......よし、描くか。


 「千沙、これだけは言っておくぞ」


 『?』


 「俺は......俺の気持ちは付き合い始めてから変わらない。たとえこの先、どんな壁が立ち塞がろうと、俺は立ち止まらない。絶対に乗り越えてやる」


 『......。』


 「俺らは......ずっと一緒だ!」


 『兄さんッ』


 デスゲームマスターから感極まった声がモニター越しに聞こえてくる。


 そう、俺らの愛は不滅なんだ。



*******

~千沙の視点~

*******



 「お母さん、お母さん!」


 私は一枚の紙を手にして、南の家で家事をしている母の下へ向かいました。


 先程までデスゲームのマスターをしていた私は、今はもうJKに戻っています。


 もうデスゲームをする必要が無くなったのです。


 なので、軟禁していた兄さんを解放し、家に帰しました。その際、感動のあまりしばらくハグし合う私たちでしたが、私はそれよりもしなければならないことがあったので、兄さんを早々に帰らせました。


 その時の兄さんが、「え、もうお終い? ハグだけ? てか中村家の皆に挨拶くらい―――」云々言ってましたが、帰らせました。


 今の妹はそれどころじゃないんです。


 「あらあら、そんなに慌ててどうしたのかしらぁ」


 するとエプロン姿でキッチンに居たお母さんが、私の姿を目にして優し気な笑みを浮かべていました。


 私は母性溢れるお母さんに、手にしている紙を差し出しました。


 「私の進路......進学先を決めました!」


 進路希望調査。高校三年生の私は、これに苦戦を強いられていました。


 なんせ将来何をやりたいとか、具体的に決まっていませんもん。


 いや、今は農機具などの機械関連の専門校に通っていますし、その今日は未だに尽きないので、それに関した知識や経験を増やしていきたい気持ちはありますが。


 で、その進路希望調査の紙の提出起源は明日まで。


 私はギリギリまで迷っていました。


 両親もどうしたものかと一緒に悩んでくれました。


 が、それももう終わりです。


 「......そう、ちゃんと決めたのねぇ」


 「はい!」


 私の満面の笑みに、お母さんはどこか達観したような顔つきになって、私から紙を受け取りました。


 「母さん、前も言ったけれど、千沙が後悔しない道を選ぶなら、細かいことは言わない―――」


 そう言いかけながら、お母さんが私から受け取った紙に書かれた内容に目を通しました。


 その時でした。


 「わぁ?!!」


 「っ?!」


 突如、お母さんが素っ頓狂な声を上げました。


 「ち、千沙、あなたこれ......」


 わなわなと震える指先で、手にしている紙の文面に指を差すお母さんは普通じゃありませんでした。


 なので、私は声を出して言いました。


 「はい。“兄さんのお嫁さんになります”、と書きました」


 「か、書き直しなさい......」


 「え、えぇ......」


 「いや、だってあなた、これ学校に提出するものでしょう......」


 「......。」


 気持ちだけ先走りしちゃいましたね。

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