第49話 人質は身近なヒトで

 「うっ。ここは......」


 目を覚ますと、見知らぬ部屋の中に居た。


 家具はあるが、なんか手狭な印象の部屋だ。


 そんな空間に、ぽつんと俺は床で眠っていたようだ。


 「え? なにこれ、首輪?」


 首の違和感に気づいた俺は、何かが装着されていることに気づく。


 チョーカーっぽいけど、横っちょにプラスチック製の小箱のようなものが付いていた。なんだこれ。こんなもの知らないぞ。


 それに注目すべきは自身の首だけじゃない。


 窓だ。この空間には窓があるのだが、なぜか外の景色が見えない。


 それもそのはず、なぜか外から板のような物を貼り付けられていて、この部屋の中からじゃ外の様子を何も見えないのだから。


 もうこの時点で、自身が不穏な状況に置かれていることを察してしまう。


 「な、なんだここ......」


 こんな所に来た覚えは無い。


 たしか昨日、俺は千沙と一緒に自宅で遊んでいたはずだ。


 いつも通り夜遅くまでゲームして......そこからの記憶が無いな。急に意識を刈り取られたみたいに、まるでその先のことを覚えていない。


 具体的に言えば、寝る時間になったから、歯を磨いて床に就いたくらいしか覚えてない。


 千沙と夜遅くまでゲームした記憶が一番新しい。


 「と、とりあえず、外へ出るか」


 俺はそう呟いて、この部屋のドアへ向かった。


 ドアノブに手を掛けて、それを回す。が、ドアは開かない。鍵がかけられているようだ。


 「は? どういうことだ――」


 と、俺が言いかけたところで、


 『ふははは。起きたかね、兄さ――タカハシ君』


 「っ?!」


 どこからか、何か機械で声を変えたかのような声が聞こえてきた。


 男性の低い声である。声のする方へ振り向けば、そこにはモニターがあった。そこまで大きくない、デスクトップパソコンで使用されるようなモニターだ。


 モニターが映し出しているのは、仮面をかぶった人物である。


 「え、誰?」


 『ゲームマスターです、じゃなくて、だ』


 な、なんだ、この安定しない口調は。


 ゲームマスターと名乗る人物は、その顔を覆う仮面のせいで性別が判断できない。髪は黒髪で長髪......だと思う。というのも、この覆面人物がいる場所が非常に暗いから判断がつかないのだ。


 誰だ、このふざけた奴。声も聞いたことないし。普通に怖いんだけど。


 『今からお前にはここでデスゲームを――』


 と、覆面野郎が言いかけたところで、今度は聞き覚えのある声がモニターから聞こえてきた。


 『千沙ぁ、ご飯できたわよぉ』


 真由美さんの声である。


 んでもって、千沙だった。


 ゲームマスターじゃなくて、千沙ちゃんだった。


 『ちょ! お母さん! しばらく入ってこないでって言ったじゃないですか! 後で行きますから!』


 機械でいじったような低音ボイスで、慌てたことを口走るゲームマスター。


 さっき“デスゲーム”とか言いかけてたけど、もしかしてその手のゲームマスターを演じたつもりなのだろうか。


 だとしたら、こんな早い段階で身バレしていいのだろうか。


 それもよりによって母親にバラされるというダサさ。


 同情してしまう兄である。


 『はぁ。......今からお前にはここでデスゲームをしてもらう』


 「いや、さすがに無理あんだろ」


 俺は即ツッコミを入れてしまった。


 「お前、千沙だろ。さっき真由美さんに呼ばれてたじゃん」


 『......私はゲームマスターだ』


 「いや、もう無理だって。やめとけって。いっちゃん恥ずかしいバレ方しちゃってたから」


 『ゲームマスター! 私はゲームマスター!!』


 え、ええー。


 普段の千沙ちゃんボイスなら、そう言い張る仕草も可愛く思えたんだけど、如何せん、覆面姿で低音ボイスだと、その仕草に可愛さを微塵も感じない。


 『ひっぐ。私、すごい頑張って準備してきたのに......ぐすッ』


 終いには、ゲームマスターが仮面の奥で泣き始めてしまった。


 それもそうだろう。


 俺が居るこの部屋、まったく見覚えが無いんだもん。千沙が秘密裏にこの舞台を整えたのだ。


 正直、感情としては複雑だけど、よくやったと思うよ。完成度あると思う。仮面とかなんか手の込んだ感じするし。


 でもそれも真由美さんの一言で全て水の泡。


 容赦ない母親の言葉が、彼女の築き上げてきた舞台を一刀両断したのである。


 「な、泣くなって。え、えっと、ゲームマスター......さん?」


 『......とりあえず、せっかくですし、このままデスゲームを続けます』


 口調は千沙のそれに戻ってるけど、どうやら続けるらしい。


 こちらとしては、とりあえず感覚でデスゲームを再開しないでほしいところだが。


 『ふははははは! 目が覚めたか、プレイヤー・タカハシ君!!』


 うちの子の取柄は切り替えの早さだ。


 俺は仕方なく相手にすることにした。


 「だ、誰だ、お前は!!」


 大根な演じ方しかできない兄は、とりあえず乗ることにした。


 『私はゲームマスターだ!』


 「げ、ゲームマスター......だと?!」


 『そうだ! 今からお前にはこの部屋で、とあるゲームを行ってもらう!』


 「なに?! なんで俺がそんなことをしなくちゃならないんだ! ここから出せ! そのふざけた仮面を取ってやる!」


 『ふははは! 生きてその場から脱出できたらな!』


 俺の大根な演技力でも気を良くしてくれたのか、さっきまで泣いていた千沙ちゃんは仮面越しでもわかるくらいホクホク顔だ。


 もう楽しくて楽しくて仕方ないって感じ。


 「生きてその場から脱出? 何を言っているんだ!」


 『自分の首を見てみろ』


 「首?」


 俺は自身の首に手を当てた。


 首輪だ。いつ取り付けたのかわからないが、不気味な予感しかしない首輪が装着されている。


 とりあえず、大根でまた演じるか。


 「な、なんだこれは?!」


 『ふふふ。それは小型爆弾付きの首輪だ。ある条件を満たすと爆発してしまう』


 「ば、爆発だと!!」


 ほうほう。そういう設定か。デスゲームあるあるね。


 ちなみにデスゲームとは、昨今のフィクションでは割と広く知られているが、その名の通り、死を伴うゲームのことである。


 そのデスゲームには大きく分けて二つの役割が存在する。


 ゲームする側......つまりプレイヤー側と、ゲームを運営する側だ。


 言わずもがな、前者が俺、後者が千沙――じゃなくてゲームマスターさんだ。


 で、俺はゲームマスターさんの指示に従って何らかのゲームをしなくてはならない。もし指示に従わなかったら、俺は無慈悲にも殺されてしまうのだ。


 そう、具体的に言えば、この首輪に取り付けられている小型爆弾によってとかね。


 と言っても、このデスゲーム自体もはやお遊びなので、死の心配など無い。


 安心してできるデスゲームである。


 『怖いか? 怖いだろう。私に逆らえば首から上が吹き飛ぶのだからなぁ! ぶはははは!!』


 千沙ちゃん、すっごい楽しそう。思わず、微笑んでしまいそうになる兄である。


 『あ、ちなみに、ある程度のリアリティーは必要だと思って、首輪とは別の器具を取り付けています――じゃなくて、取り付けた』


 などと、千沙ちゃんは口調が普段のものに戻りながら言った。


 別の器具? なんだそれ。


 『股間を見ろ』


 と言われたので、俺は自身の股間を見た。


 「なッ?!」


 そこで俺は驚愕する。


 「な、なんだこれは!!」


 俺のこの言葉は演技でもなんでもない。素のものだ。


 なにせ、ズボンを脱いであらわになった股間付近には......金網のような物と鉄製の頑丈そうなベルトが巻かれていたのだから。


 それもパチモンじゃない。モバイルバッテリーっぽい電池も脇に付いているやつ。


 これ、首輪のニセ爆弾よりマジっぽいんですけど。


 『それはルール違反すると電気が流れる......所謂“ビリビリマシン”だ』


 俺の息子に何してくれとんじゃぁぁぁああぁぁああぁあ!!

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