第48話 これぞ着せ替え人形

 「ただいま〜」


 天気は雨。昨日といい、本日も雨である。さすが梅雨と言わざるを得ない。


 一般人なら雨天をあまり気にしないだろう。ちょっと憂鬱になるくらいだろうか。が、農家でアルバイトする身としては、雨が長続きするのは非常に困るのだ。


 というのも、雨の降る日が長引くと、作物が病気にかかってしまう可能性が高まるからだ。


 主に土壌が保有する水分量が多くなると、病原菌が増殖するわけだが......まぁ、とにかく雨の長続きはいただけないということ。


 天気に文句を言っても仕方ないが。


 そんな本日も放課後、生徒会の仕事を終えてから俺は帰宅した。


 既に先にこの家に居るであろう、交際相手の陽菜に向けて帰ってきた言葉を口にしたのだが、返事が無い。


 『タタタッ』


 「?」


 俺が靴を脱いで、それをきちんと揃えていると、不意にこちらへ早足で近づいてくる足音が聞こえてきた。


 振り返ると、そこには陽菜が居た。


 「なっ?!」


 が、ただの陽菜じゃない。


 「おかえりなさいませ、ご主人様!」


 メイド服を着用した陽菜だ。



*****



 「うおおぉぉおおお!!」


 俺は自分ちがアパートということを忘れて、絶叫した。


 その絶叫は歓喜に満ち溢れた感情から沸き上がったものだ。


 それも仕方ない。だって最愛の彼女がメイド服姿でお出迎えしてくれたのだから。


 しかもかなり露出多めの。絶対、これで外を歩かせたくないくらい丈の短いスカートで。


 「ちょ、急に雄叫びあげて怖いわよ」


 「ご、ごめん、可愛すぎてつい」


 「ふふ、ありがと」


 紺色を基調としたメイド服だ。使用人らしく目立たないよう、清楚さも示す地味な恰好じゃない。完全に男を悦ばせる衣装だ。


 その証拠に、丈の短いスカートから垣間見える純白のガーターベルトが、陽菜の少しむっちりとした脚を包むソックスに繋がっていた。


 あのガーターベルトと太ももの間に人差し指を挟みたい衝動に駆られる。


 また特筆すべきは彼女の胸元だろう。


 陽菜は“ひっぱい”だ。ロリロリした小ぶりな乳房を、胸元だけ生地がやや薄めのもので覆っているデザインである。


 しかも少しだけゆったりめの。


 だから彼女が前屈みになったら、見えちゃいそうな危うさがそこにはあった。


 「やっぱりここ......気になる?」


 「っ?!」


 そう言って、陽菜がぴらりとメイド服の胸元の布を指先で捲った。


 その隙間から小ぶりな山の頂上にある桜色の乳首を目にして、俺は絶句してしまう。石のように身を固めてしまった。


 な、なんてエロいのだ、メイド服......。


 「あはッ。ガン見しすぎ」


 「はッ?! 俺はメドゥーサに睨まれて石になっていたのか?!」


 「どちらかと言えば、私の胸があんたに睨まれて勝手に固まった感じね」


 お、恐ろしい。が、今ならわかる。


 戦闘時、ビキニアーマーなど防御力低くても着用する理由は、こうやって相手の視線を誘導させて、隙を作るためなんだな。


 それが何の戦闘かはさておき、俺みたいな奴は勝手に自分で石になるもん。


 股間も石みたいに固くなっちゃうし。


 露出って武器だったんだ......。


 この国が殺伐とした国じゃなくて良かった。そんな国に俺が居たら、真っ先にビキニアーマーを来た女性に殺されることだろう。


 「それで、ご主人様。ご飯にする? おふ―――」


 「陽菜にするよ、もちろん」


 「選択肢二つ目で、言ってもない三つ目を選ばれるとは思っていなかったわ」


 いや、それ三択に見えて一択だから。据え膳食わねば的に、回答決まってるから。


 即答した俺は可愛らしい陽菜にハグしようとしたが、予想だにしない第三者の声を聞いて驚く。


 「ちょっと。親が居るんだけど。そういうの控えてくれない?」


 「......。」


 「あ、お義母さま」


 お楽しみは虚しくも消え去った。


 そうだった。母さん、まだ家に居るんだった。



******



 「あんた、普段からあんな獣じみた性欲を彼女にぶつけてんの? ちょっと引くわ」


 「うるさいな。親は普通、子のそういうところをスルーするもんだろ」


 「お義母さま、和馬が変態なことは今に始まったことじゃないですよ」


 俺が言うのもなんだけど、陽菜も大概だからな?


 なに自分を棚に上げて言ってんだ。


 俺はメイド服姿の陽菜と一緒にリビングへ向かうと、ソファーでスマホを手にしてる母親の姿を目にした。


 どうやらそのスマホで、陽菜のコスプレ衣装を撮影していたらしい。あとでその写真を貰おう。


 そんな母さんは昨晩、酔い潰れて帰ってきたのだ。その際に母のゲロ掃除をした記憶は新しい。


 てか、


 「な、なんだ、この服の散らかり様は......」


 リビングの床、めちゃくちゃ服が散乱しているんだけど。


 いや、ただの服じゃない。衣装だ。陽菜がさっき着てたメイド服のようなコスプレ衣装の数々である。


 驚く俺に、身を乗り出して答えたのはメイド娘である。


 「すごいでしょ! 智子さんが私にプレゼントしてくれるって!」


 「仕事先の近くにそういう店が多くてね~。陽菜ちゃんに似合うと思ってたくさん買ってきたのよ」


 な、なるほど。


 ちなみに、これらの衣装は俺らが学校に居る間に、家に届くよう事前に配達を依頼していたらしい。とんだサプライズだ。


 親が居なけりゃ、このまま“甘々主従プレイ”に突入したのに、その親のおかげで陽菜がメイドになったとは、中々複雑なところである。


 「サイズもぴったりで良かったわ~」


 「え、陽菜に教えてもらってから買ったんじゃないの?」


 「それじゃあサプライズにならないじゃん」


 「じゃあ、どうやって?」


 「以前、陽菜ちゃんが寝ている間にこっそり測ったのよ」


 うちの彼女に何してくれとんの。


 「ああ、私も和馬のち〇ぽのサイズは寝ている間に測ってましたね」


 うちの息子に何してくれとんの。


 え、なに、寝ている間にこっそり調べておくのは鉄板なの? ちょ、怖い。


 「まぁ、そんなことは置いといて。次は......陽菜ちゃん、これなんかどう?」


 「わぁ! ナース服!」


 母親が近くにあった白い服―――ナース服を手に取って、陽菜に見せた。ちゃんとナースキャップや聴診器など小道具まである。


 陽菜はさっそくメイド服を丁寧に脱ぎ始めた。


 「っておい、俺が居るのに、ここで着替えるのかよ」


 「え、駄目?」


 「い、いや、別に駄目じゃないけど......」


 「私の裸なんていっつも見てるでしょ。何を恥ずかしがる必要があるのよ」


 でも、もうちょっと恥じらいというか、なんというか......。


 こっちは眼福だから嬉しいけど。


 そんな何とも言えない気持ちに駆られる彼氏を他所に、陽菜はいつの間にかナース服に着替えていた。


 「おお!!」


 俺の口から感嘆の息が漏れる。


 先程のフリル満載なメイド服は紺色を基調としていたが、ナース服は逆に白を基調としたサイズぴちぴちの衣装である。


 故に見た目から言うと、前者が悪魔的な衣装とするならば、後者は天使的な衣装だ。


 「天使か」


 「ナースよ」


 「俺の注射器を挿したい」


 「お注射するのは私の方ね」


 やはり特質すべきは、陽菜のむっちりとした太ももに少し食い込み気味なタイトスカート。身体のラインに沿って手を当てたい気分だ。


 また室内であるが、やや高めのヒールを履いていることもあって、その色気は大人のものへと上方修正されている。


 「とりあえず、急に体調悪くなったから、ベッドに行って診察してください。ゴムあります」


 「だからわたしが居るって。この変態息子が」


 うるせぇ!! 孫の顔みたいんだろ?! 見せてやるよ、十月十日後になぁ!!


 と、いかんいかん。冷静になれ、お前は童貞だろう。


 童貞は貫くべきことではないが、気軽に捨てていいものでもない。


 俺は落ち着くべく、リビングを後にして自室へ向かうことにした。


 「あら? どこに行くのかしら?」


 「自分の部屋。今日は少し疲れた。早めに休むわ」


 「そう。晩御飯は? できてるけど」


 「あとで頂くよ。ありがと」


 「はーい」


 俺らがそんな会話をしていたら、母さんが『夫婦か』ってツッコんできたけど、これが平常運転なんだ。


 部屋に着いた俺は、制服を脱いで、部屋着に着替える。


 その途中で、


 『あれ、お義母さま、この尻尾みたいなのなんですか? 猫の尻尾?』


 閉じた扉の向こうから、陽菜の声が聞こえてきた。


 楽しそうな声で燥ぐ様は、聞いているこちらまで微笑んでしまいそうになるが、こっちは理性が持ち堪えられそうになくて辛いよ。


 そうか、次は猫のコスプレか。きっと猫耳とか肉球手袋とか着用するんだろうな。想像しただけで......エッッッ。


 『見ての通り尻尾よ。猫ちゃんのコスプレするときに付けるやつね』


 『え、特に腰に巻きつけるような紐とかありませんよ』


 『そりゃあそうよ。ズブッと行くやつだもの』


 “ズブッと行くやつだもの”。


 え、ちょ、は? 待って、それアレじゃない?


 * に挿すやつじゃない?


 * に。


 俺は慌てて部屋のドアの方へ向かい、耳を押し当てて、部屋の向こう側の話し声に聞耳を立てた。


 『あ、もしかして*に挿すやつですか?』


 『そうそう』


 “そうそう”じゃねぇーよ。


 おま、なんてもんを陽菜にプレゼントしてんじゃ。


 つか、よく買ったな。親がそんな物買える店に入ったことにびっくりだよ。


 『さすがの私でも抵抗感ありますね』


 『というと思って、ペペぺも買ってきてるわ』


 ペペぺも?! ローションまで用意してるなんて準備万端かよ......。


 『うーん。でもちょっと怖いです』


 『そう? 少し大きめの溶けない座薬みたいなものよ』


 少し大きめの溶けない座薬はもうア〇ルビーズだよ。


 『まぁ、無理強いはしないけど』


 『そうですね......女は度胸って言いますし、入れてみます』


 ふぁ?!


 マジで?!


 もっと自分を大切にしようよ!!


 『入れたら和馬に引っこ抜かせますね』


 しかも引っこ抜くの俺かよ!!


 『じゃあさっそくローションを―――』


 「待てぇぇええ!!!」


 俺は自室のドアを勢いよく開けて、リビングへ飛び込む。


 俺のそんな様子に、陽菜と母さんは目を点にして驚いている。陽菜に至っては、既に猫耳と露出高めのワンピースを着用していた。


 そんでもって、彼女の手には真っ白な猫の尻尾があった。


 俺はそんな陽菜に頼み込む。


 「それ、入れないで。いや、入れないでください」


 「え、なんで?」


 “なんで?”。そう返されるとは思わなかった。


 でも俺は素直に答えることにした。


 たとえ意気地無しで、ヘタレで、ダサい男と罵られても、俺は言うしかなかった。


 「俺にソレを引っこ抜く度胸が無いからです」


 後悔は無い。だって童貞だもの。

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