第47話 母という存在は
「オロロロロロ!!」
「頑張って全部吐いてください! スッキリしますから!」
「......。」
現在、俺は就寝前の頃合いに帰ってきた母を、陽菜と一緒に介抱していた。
具体的には俺がバケツを持って、酔って狙いがままならない母親の口を追従している感じだ。
陽菜はそんなゲロ吐き機の背を、水の入ったコップを片手にして、もう片方の手で優しく擦っている。
寝る前に何やってんだろ、俺ら。
まぁ、玄関が汚れなかったのは唯一の救いだな。
「ふひ〜。吐いたらスッキリしてきたわ」
「大丈夫ですか? はい、お水どうぞ」
「ありがと。陽菜ちゃんが居てくれて助かったわ」
少し顔色が良くなった母親は、名を智子というが、ゲロ吐き機と命名したい。
俺は溜息を吐いてから、汚物が入ったバケツをトイレへ持っていった。
俺の両親は二人とも単身赴任で、しょっちゅう家を空けている。俺が高校生になってからだな。息子の自立も兼ねてか、割と容赦なく留守にするのだ。
かくいう俺も思春期だし、親に甘えたい気持ちは強くない。
どっちかって言うと、彼女とイチャイチャしてたいしな。
「和馬! また智子さんがウプってるわ! トイレに連れてってあげて!」
「......。」
ウプってるってなんだよ......。
*****
「いやぁ〜、ごめんね、二人とも、夜遅くに帰ってきちゃって」
「本当だよ。出直して来い。あいた」
俺の言葉に、横に居る陽菜が肘で小突いてきた。
こんな親に優しく接する必要はねぇぞ。
「それにしても、どうしてこんな時間に? まさか車で帰ってきたんですか?」
陽菜が心配そうに聞くと、ゲロ吐き機はコップに入った水をくびくびと飲みながら答えた。
「まっさか〜。駅から歩いてきわよー」
よくこれで我が家に帰ってきたもんだ。
「それにしても、まぁ、あんたも男ねー」
と、母さんが急に俺の方を見てきて、そんなことをぼやいてきた。
「な、なんだよ」
「親が居ないことを良いことに、彼女を家に連れ込んで毎晩毎晩......この節操なしがッ! そんな子に育てた覚えないよ!」
「い、言い方......。別にいいだろ」
「お義母さん、この男、未だに童貞ですよ。彼女居るのに、です。どんな育て方したんですか」
陽菜、ちょっと黙ろうか。あと“お義母さん”って呼ぶな。気が早いよ。
「かー! 節操なしかと思ったら、意気地なしだったかー! 陽菜ちゃんに出ていかれたら、私が許さないからね!!」
「だって和馬」
「はいはい。俺もう寝るから」
付き合ってられん。俺は早々に寝ることにした。
陽菜はあの様子だと......まだ寝ないんだろうな。うちの母親と話すの好きみたいだし、就寝するまで二人でお茶しながら話す気に違いない。
仕方ない。今晩は独りで寂しく寝るか。
****
「あら、和馬、まだ寝てなかったの?」
「んお? ああ、寝れなくて、スマホいじってた」
「寝る前にそんなことしてたら、いつまで経っても寝れないわよ」
陽菜が呆れながら、俺の部屋に入ってきた。
俺がベッドで横になってから一時間くらい経った頃合いだろうか。この様子だと、陽菜ももう寝るみたいだ。
「母さんは?」
「ソファーで寝ちゃった。一応、風邪ひかないようタオルケットだけ掛けてきたわ」
「なんか悪いな。全部任せちゃって」
「かまわないわよ」
陽菜は俺が寝ているベッドへ入り込んできて、寄り添ってきた。
そんな彼女に、俺はタオルケットを掛けて、ぎゅっと抱きしめる。小柄なのに、全身どこも柔らかく、女性特有の甘ったるい匂いがしてきて、最高の抱き心地だ。
が、もうとっくに日付は変わってる。明日も学校だし、寝るしか選択肢は無いな。
そう思った俺は陽菜に声を掛けた。
「じゃ、おやす――」
「え、シないの?」
え、するの。
「い、いや、寝るだろ。もう時間も時間だし」
「なに言ってんのよ、睡眠なんて授業中にしなさい」
お前こそ、なに言ってんだ。俺は生徒会長だぞ。
いや、生徒会長関係ないわ。普通に人として駄目だわ。
てか、睡眠時間云々の話じゃない。
「か、母さんが居るだろ」
リビングに、隣の部屋に、あのなに考えているかわからない母親が居るんだ。いつもとは訳が違う。
なのに、
「ちゃんと声を抑えてれば大丈夫よ」
陽菜ちゃんはヤル気満々だった。
え、ちょ、普通こういうの逆じゃない?
彼氏が彼女を家に連れ込んで、「ちょっと今日親居るけど、バレないように静かにヤろうぜ!」ってやつだろ。
なんで彼氏の家に来た彼女がリスキーな行動取れんの。羞恥心とか遠慮は邪魔しないの?
「お願いよ、和馬。さっきあんたがお姫様抱っこしてきたから、スイッチ入っちゃったのよ」
「お前のスイッチ、一度オンになったら中々オフにならないな......」
どんだけ前の話だよ。今に至るまで、母親のゲロ吐きとかあったろ。なんでずっとスイッチ入ったままだったん。オフにせんか、この変態が。
「かずまぁ」
「うっ」
陽菜は俺に背を向けたまま、彼女のムチッとした臀部を俺の下腹部に押し付けてくる。
こ、こら、そんな甘い声漏らしながら、オスに媚びるような仕草をするな。ムラムラしちゃうだろ。
「ねぇ、無視しないでよ」
「わ、わかった。わかったから、押し付けるな」
観念した俺は、寝間着のスウェットや下着を脱ぎ捨て、臨戦態勢に入る。
俺のその光景に陽菜は興奮したのか、上半身のパジャマを脱ぎ始めた。
そして彼女がまだぐったりしている俺の息子に触れてくる。
すると、あら不思議、まるで魔法のランプを擦ったかのように、息子が大きな魔人のようにデカくなったではないか。
俺等はできるだけ静かに行為に走ろうとした――その時だ。
『ガタッ』
「「っ?!」」
リビングの方から音がした。
隣のその部屋に居るのは、ソファーで寝ているはずの母親だ。
俺らは慌てて、再び横になる。ほぼ条件反射の域だ。
陽菜は上半身裸で、俺は下半身剥き出しである。
「「......。」」
が、それ以降、リビングの方から物音は聞こえてこない。
気のせいか? もしくは偶々物音が聞こえてきただけか?
俺は心臓がばくばくと鼓動が速くなるのを実感した。
おそらく大丈夫そうなので、再び俺は身を起こし――
「かずま〜、もうねたの〜?」
バッ。
再度、俺はベッドで仰向けになり、両手両足をピンッと伸ばして、全力で寝たフリをした。
陽菜も同じく、一瞬で寝たフリを作る。が、彼女は俺と違って、このベッドにあったタオルケットを勢いよく自身に掛けた。
無論、自分の一糸纏わぬ上半身を隠すために。
しかしそれはあまりにも勢いがあったせいで、俺も隠すというタオルケットの面積的余裕はなかった。
つまり俺は何も隠せていない状態だ。
さすがの陽菜でも彼氏の母親に、こんな状況下で自身の半裸姿は見られたくないのだろう。
彼氏としては、ここで羞恥心を出すか、と問い質したいところだが。
それ故に俺は下半身丸出し。
まだ鎮まっていない愚息が、逆Tの字を体現していた。
あの、ちょ、どうしましょ、コレ......。
「あ、ふたりともねてりゅ」
部屋の灯りは既に消してある。
が、足音からして、母親が俺らの方へ近づいてくるのが、目を瞑っていてもわかった。
また彼女が発した言葉から、呂律が回っていないことも手伝って、まだ酒は抜けきっていないこともわかった。
しかし全力で寝たフリをしている手前、この逆Tの字下半身をどうにかすることもできない。
部屋が暗くて、よく見えていないことを祈ろう。
「ふふ。男子、みっか会わざれば、かつもくして見よ、ね。見ないうちに、また大きくなって......。子の成長って本当に早いこと」
ねぇ、それどっち? 息子の話? それとも息子の話?
ああ、どっちも同じ単語だけど、俺本体か、股間にぶら下がっている棒のことかで話が全然変わってくるよ。
だって後者に至っては、三日会わざればどころか、陽菜に三撫でしてもらっただけで膨張するんだもん。
俺も息子の成長にびっくりだよ。
「ひなちゃん、こんなバカでしょうもない、こかんに脳みそがつまった息子だけど、これからもよろしくね」
とてもじゃないけど、親が言っていい言葉じゃないだろ。
息子の評価が低すぎて、もはや地面を這うどころか、ブラジルの方までお邪魔しちゃってるよ。
「むにゅむにゅ......はい、おかあさま......」
陽菜、お前も寝言で返事するな。寝たフリがバレるだろ。
俺が逆Tの字を晒している努力を無駄にする気か。
てか、むにゅむにゅって......可愛いな、おい。
「ふぁ〜。私もねよ〜っと」
そして俺ら二人の様子を見に来た母さんは、踵を返して寝室へと向かっていった。
パタン。部屋の戸が閉まった後、俺は呟く。
「......寝ような」
「......ごめん」
親が居る家では行為に走っちゃいけない。そう心に誓った俺らであった。
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