第46話 耳掻きと人質

 「ってことでさ〜、色々と仕事しなきゃで、当日は大変だと思うんだよ」


 「頑張りなさいな。終わったら、たっぷり甘えさせてあげるから」


 「陽菜ママ〜」


 俺は膝枕してもらっている陽菜に対し、彼女の下腹部へ顔を埋めた。


 現在、生徒会室で諸々の会議を終えてへとへとに疲れた俺は、帰宅してから陽菜に甘えていた。


 もちろん、入浴や夕食は既に済ませてある。


 あとアレも意識してやめた。帰ったら玄関で靴下を脱いで、その場にポイする癖。ちゃんと洗濯機の中へ放り込んだんだぜ。


 以前、彼女たちが愚痴ってたからね。


 自分の非を認め、ちゃんと直せる男、それが和馬さんだ。


 それを知ってか知らずか、既に俺んちに居た陽菜は上機嫌で出迎えてくれた。で、今はリビングのソファーで、二人仲良く寛いでいる。


 「ちょっと。くすぐったいわよ」


 「すぅ〜はぁ〜。やっぱ陽菜は良い匂いだ」


 「この変態......まぁ、気持ちはわからないでもないけど。私も和馬の匂い好きよ」


 「え、俺って良い匂いなの?」


 「ええ。男性特有の匂いがするけど、匂いフェチの私からしたら最高ね」


 「じ、自分で匂いフェチって言うのか」


 「ふふ。上級者の楽しみ方を教えてあげるわ。まずは嗅いで堪能してから、今度は舌で味わうの」


 何を?


 いや、対象のものは想像つくけど、しゃぶるもんじゃないだろ......。


 ちょっと陽菜の性癖に引いてしまった俺である。


 「ほら、あと少しなんだから、じっとしてて」


 「あ、はい」


 ちなみに俺はただソファーの上で、陽菜に膝枕してもらっているだけではない。


 耳の掃除を頼んでいるのだ。


 無論、普段は自分でやっているが、陽菜は俺の耳を掻くのが好きらしい。それもこうして、自分の太ももに俺の頭を乗せて、だ。


 重くないのかな。おかげでこっちは陽菜のロリむっちりな太ももを堪能できている訳だけど。


 「あ、ふぅ、そこ、きもちぃ」


 「ふふ。だらしない顔」


 世話焼きな陽菜は、本当にこういったことが好きみたいだ。


 ロリに見合わぬ母性が溢れて、正直今すぐにでも襲いたい衝動に駆られるが、今の俺は気持ちよく耳を掻いてもらっているので、一切の抵抗感が湧かない。


 ああ、マジで気持ち良い。


 「きもちよすぎて......勃ちそう」


 「耳掻きで勃ったら末期よ」


 もう充分末期ですよ、和馬さんは。


 と、俺が一人で恍惚としていたら、頬に何か水っけのある何かが落ちてきた。


 「?!」


 驚く俺だが、それは水っけというか、何かの液体だ。それもちょっと温もりのあるやつ。


 俺が顔の向きをそのままに、視線だけ横に移して陽菜を見上げると、彼女の口端からツーっと涎が垂れていた。


 しかも紅潮して熱のある息を漏らしながら、眼下の俺を見つめている。


 ちょっとその目が獲物を狙う猛禽のそれな気がしたが、気のせいと思いたい。


 「陽菜」


 「ふぇ?」


 「垂れてる」


 「あ、ごめんなさい。緩んじゃって、つい」


 「......。」


 あの、あなたも充分末期ですよ......。


 耳掻きして興奮しちゃってるじゃないですか......。


 陽菜は俺の頬に垂らしてしまった唾液を、近くのローテーブルの上に置かれた布巾で拭った。


 って、それ台布巾じゃねぇか。


 「じゃあ、当日は私の試合は見れないかしら?」


 ポニ子が話題を戻して、そんなことを俺に聞いてきた。


 その話題とは、今月末に開催される球技大会のことである。


 当日、俺は生徒会役員として色々と忙しくすることだろう。だからタイミングによっては、陽菜が出る競技には観戦も応援もできないかもしれない。


 「......ごめん」


 「いいわよ、別に。私がその分、あんたの出る競技で応援してあげるから」


 と、陽菜が優しげな笑みを浮かべて言ってくれた。


 ああ、もう、ほんっと天使。さっき涎垂らしてきたのが嘘のようだ。


 「陽菜は何の種目に出るの?」


 「今年は卓球よ」


 お、卓球か。


 俺は陽菜から自分が出る試合の時間を聞いてから、自分の一日のスケジュールを脳内で確認した。そして結論に至る。


 「やっぱ難しいなぁ。その時間帯は受付と各競技の様子を見に行かないといけないや」


 「大変ね」


 元々、当日の俺のスケジュールは、自分が競技に出る以外、ほぼ巡回や役員たちの指示出しをしないといけないのだ。


 無論、各競技の審判等の役割は部活動の生徒や顧問に事前にお願いして、協力してもらうようになっているから、滅多なことでもなきゃ問題は起こらないはず。


 「ちなみに今年は何に出るの?」


 と、陽菜が俺に聞いてきたので、俺は苦笑しながら言った。


 「ドッジボール。他の役員の競技時間を考えると、その種目しか無かった」


 もちろん、生徒会長も生徒だ。どれだけ忙しかろうと、最低一種目はやらなきゃいけない。


 ドッジボール、苦手なんだよなぁ。


 俺があからさまに嫌な顔をしていると、陽菜が目をぱちくりとさせながら聞いてきた。


 「なにあんた、ドッジボール苦手なの? 前、話を聞いた感じだと、球技全般やれそうな感じだったじゃない」


 「ああ〜いや、その、なんだ......力加減がな?」


 「ああ、なるほど」


 俺が曖昧な返事をしたら、陽菜が納得した様子で続けた。


 「ドッジボールは人に向けてボールを投げるものねぇ」


 「ああ、男女混同だから、相手チームに女子がいたら、どうしようか迷うよ」


 「言わなくてもわかってると思うけど、殺しちゃ駄目よ?」


 「言わないとわかってないようだから言うけど、殺さないよ?」


 ドッジボールで死人が出て堪るか。


 そりゃあ打ち所によっちゃ怪我させてしまうかもしれないが。


 「足とか狙えば?」


 「それでも痛いものは痛いだろ? かと言って、弱すぎると当たらなかったり、キャッチされたりするかもだし」


 「真面目ねぇ」


 今年の球技大会は忙しい。だからうちが負けてくれたら、俺のスケジュール的には助かるんだけど、そんな勝手な気持ちを抱いてはチームメイトに失礼だ。


 てか、クラスメイトが、俺がドッジボールのチーム入ったら、めっちゃ歓喜してた。『今年の優勝はうちのもんだー!』とか『化け物の力、見せてやるぜ!』とか言ってた。


 あいつら、俺をなんだと思ってるんだろ。


 普段はヤリチンクソクズ野郎って言ってるくせにな。マジで都合良すぎ。敵だったら、絶対顔面狙ってボール投げてたわ。


 あ、ボールをパスするときにやればいっか(笑)。


 「それはそうと、うちの生徒会役員に、曽根田 芽衣ちゃんという子が居るんだけど、陽菜は知ってる? お前、同学年でしょ」


 俺はなんとなくそんな話題を振ってみた。


 「ええ、知ってるわよ。可愛くて、一部の男子には人気だもの。百合川もよく話しかけてるわ」


 「あのレズ、ほんっと見境ないな」


 「仕方ないじゃない。女の皮をかぶった和馬だもの」


 禿同。じゃなくて、失礼な。納得しちまったじゃねぇーか。


 「で、そいつがなに? まさか色目使われたとかじゃ......」


 と、陽菜が一気に瞳のハイライトを消し去って、代わりに闇を宿らせたので、俺は秒で否定の言葉を口にした。


 「い、いやいや、ただ気になっただけだよ。陽菜と友達なのかなって」


 「クラスメイトよ。そこまで会話らしい会話はしたことないけど」


 怖い怖い。このまま耳掻きの棒で、脳までカキカキされたら死んじゃうところだった。


 「そうか。......なんか生徒会の仕事、気怠そうにしているからさ、なんで生徒会入ったんだろうなって」


 「そういえば、クラスでもいつもぐったりしてるわね」


 「い、いつもなのか......。きっかけは副会長に誘われたからみたいなんだけど、面倒な事なんてわかりきってたら断らないのかね、普通」


 「さぁ? なら今度聞いてあげるわよ? 百合川使って」


 「レズが来たら警戒して逃げちゃうだろ」


 と、あんまりなことを言っていたら、陽菜が耳掻きは終わりと言わんばかりに、手にしていた耳掻き棒をテーブルの上に置いた。


 「さて、そろそろ寝ましょうか」


 「そうだな」


 陽菜の膝枕が名残惜しいが、仕方ない。どんなことにも終わりはある。


 それにこの後どうせ、エッチなことして息子をカキカキしてもらうんだ。お楽しみがあるというもの。ぐへへ。


 俺は期待という名の海綿体を膨らませながら、陽菜をお姫様抱っこした。


 「ちょ、何よ、急に」


 「へへ。逃さないように、な?」


 「あらあら。この私が逃げるわけないじゃない」


 と、陽菜の妖艶な笑みを拝んでいたら、


 『ガチャッ』


 「「っ?!」」


 突然、我が家の玄関の戸が開かれる音がした。


 二人して、廊下の直線上、玄関の方へ視線を向けると、


 「たっらいまー!! ままがかえってきたじょ〜! うぷ」


 「「......。」」


 泥酔しきった母親の姿を目にした。


 「......逃げたい」


 「逃げちゃ駄目よ」


 「......。」


 そんな陽菜の容赦ない一言に、俺は白目をむくのであった。

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