第40話 遠隔操作で人をイジメるな!
『それよりせっかく葵姉が早めに帰ってきて、揃って話せるんだし、久しぶりにアレやりましょ......女子会! 彼氏の愚痴よ!!』
そんな彼氏が絶対に聞いちゃいけない話題を挙げたのは陽菜だ。
現在、俺は葵さんに小型ワイヤレスイヤホンを装着させて、通話を通して彼女に言動の指示を出すという罰ゲームを行っていた。
行っていたはずなんだが、その場に居る陽菜がとんでもない話題を女子会に召喚してしまった。
彼氏の愚痴......彼氏が聞くと、死にたくなっちゃう話題である。
『あらあら、あなたたちも一丁前に彼氏の愚痴なんてするのねぇ』
『あたぼうよ!』
『陽菜、その言葉使うのやめなさい。とてもじゃないですが、花のJKが使っていい言葉じゃありませんよ』
しかも聞けば、どうやらこれが初めてじゃないそうだ。さっき、ポニ娘が『久しぶりに』って言ってた。
彼氏の知らないところで、彼女たちはそんな末恐ろしいことをやっていたのか。
『前回から......たしか一か月くらい経ってますよね』
『そうね。溜まりに溜まった愚痴を言うわ』
ねぇ。それ彼氏が聞いて大丈夫? 泣かない?
『って葵姉、どうしたの? やけに静かじゃない』
と、陽菜が葵さんを気にかけているが、当の本人は気が気でないだろう。
だってその場に居る葵さんだけが、俺が盗聴していることを知っているのだから。
これから始まる惨劇を彼氏に知られちゃってもいいのだろうか。
心優しい彼女は、きっとそう思っているに違いない。
というか、そもそも葵さんが愚痴なんて言うはずがないじゃないか。
あの葵さんだぞ? 地上に舞い降りた女神と称される葵さんだぞ?
『い、いや、はは......本当にやるの?』
ほら。葵さんが俺に気を使って、妹たちに確認を取り始めた。きっと彼女は気乗りせず、笑みが引き攣っていることだろう。
葵さんの問いに答えたのは、我が妹の千沙ちゃんである。
『何かこの後予定でもあるんですか?』
『い、いや、それはその......』
『葵姉も前回ノリノリだったじゃない』
ノリノリだったんかい。
おま、俺の前ではあんなに優しく振舞ってたのに......え? マジ?
『こ、こういうのはやめた方がよくないかな? ほら、カズ君が聞いたら悲しむよ?』
『? そりゃああいつに聞かれたら悲しむから、聞かせられないんじゃない』
『今更良い子ぶっても遅いですよ。皆さん、交際相手に少なからず不満なところがあるのは確実なんですから、溜め過ぎたら体に毒です』
俺は悪玉菌か。
っていうか、お前ら三人が付き合ってる彼氏、同一人物だろ。
俺、三人分の攻撃食らわないといけないの?
なんのジェットストリームアタックだよ。
『ママは寝るわねぇ』
『ええ~。ママも人生の先輩として色々と教えてほしいんだけど~』
『嫌よぉ。あなたたち、時間忘れてずっと話してるんだもの』
そんなに愚痴ってるの。そんなに愚痴あるの。
戸惑う俺を他所に、宣言通り、真由美さんはリビングから退出したようだ。
残った三姉妹――俺の交際相手たちがリビングに居た。
『あ、私、お菓子出してきます』
『私は冷めたお茶を淹れ直すわ』
どうやら女子会にお茶やお菓子は付きものらしい。
話題が話題なだけに、こっちは全然気が気でない。そんな映画鑑賞を始める感覚で、彼氏を処刑しないでほしいんだが。
『聞いてよ~。この前、和馬ったら靴下を玄関で脱いで、相変わらずその辺にポイするのよ~』
『え、まだ直ってないんですか、その癖』
『全然ね。言った数日は気をつけているみたいだけど』
『はぁー。ほんっとダメダメですね』
『で、私が片付けると、決まってこう言い訳するのよ。「後でやろうとしてた」って』
『ぷっ。ちょ、兄さんのモノマネ下手すぎです(笑)』
陽菜と千沙の盛り上がりに、俺は早くも死にかけている。
話の内容からして、俺に非があるのは明白だ。でもそんな話のネタにしなくたっていいじゃないか。
『あ、童貞卒業できない理由もそれじゃないですか(笑)』
『「後でヤろうと思ってる」ってね!』
『ふっ。だ、だから似てないですって。ああ~、笑いすぎてポンポン痛いです』
終いには投げ捨てた靴下から、彼氏の頑なな童貞心を嗤われる羽目に。
てか千沙、お前、お腹のことをポンポンって言うのか。
『それ関連で言えば、私が兄さんの家にお邪魔したとき、私が制服をその辺に脱ぎ捨てたら注意してきましたよ! 「しわになるだろ」って!』
『ぶッ! どういう心情で言ってんのよ! っていうか、全然似てないし!』
ますますヒートアップしていく彼氏の愚痴。
二人の交際相手は同一人物だから、共感できる部分も一入だろう。
『葵姉は何かないの?』
と、陽菜が今までだんまりだった葵さんに、そんなことを聞いてきた。
葵さんは渋々といった様子で答える。
『わ、私は特に......』
『嘘おっしゃい。ほら、この前、あのバカの素っ気ない態度が寂しくて、ちょっとマンネリ化させちゃったかもしれないって心配してたでしょ。あれはどうなったの?』
『そ、それはちがっ――』
『ああ、そういえば姉さん、そんなことぼやいてましたね。今日の彼女当番ではどうでしたか?』
え、葵さん、そんなこと思ってたの。
別に俺はマンネリ化を覚えた記憶ないけど......葵さんからしたらそう捉えちゃったのかな。
......なんかこの盗聴、死にたい衝動には駆られるけど、自分を見つめ直す良い機会なのかもしれない。
『......よく考えたら、これは良い機会かも』
『『?』』
なんか葵さんがボソッと言った気がするけど、うまくマイクが拾ってくれなかったからわからない。
『そ、そう! 最近のカズ君、私に対して冷たいんだよ!』
え゛。
『ほうほう。というと、今日も?』
『そう。私が、そ、その、彼に甘えるまで、自分からは寄ってこないの。意地悪だよね』
『ああ~、たしかに兄さん、自分からはあまり甘えてこないですよね。毎回こっちからです』
『男ってそういう生き物なのよ』
そういう生き物なんだよ。
いや、だって自分からはちょっと恥ずかしいじゃん?
『偶には兄さんから甘えてきてくれると嬉しいですよね』
『ね。一方的って思っちゃうから不安』
『“不満”の間違いでしょ。あいつ、不器用だから絶対にやらないわよ』
......。
『地味にキスの時も自分からじゃ絶対に舌を入れないんですよ』
『あ、わかる! あれ私だけじゃなかったんだ!』
『変なとこで臆病よね。あんな立派なものぶら下げてるのに』
............。
『「玉々の大きさは漢の器の大きさだぜ!」って言ってるくせに。情けない男です』
『あははは!! ちょ、千沙姉、本当に和馬のモノマネ下手!!』
『ふふ。でも勢いは似てるかも』
..................帰ろ。
俺は通話を切って、スマホをポケットの中に仕舞った。
そして夜空を見上げる。
「雨が降ってきたな......ぐすん」
帽子、持ってくればよかった。そう思う俺であった。
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