第38話 裏の裏はオモテ? いいえ、フィルターかかった裏です

 「すごい機能とは......人の感情を言語化できることです!」


 と、妹が天才すぎちゃって一般人を置いてけぼりにすることを宣言した。


 現在、俺と葵さんは千沙が作った人型ロボットを前に、何とも言えない表情で立っていた。


 というのも、眼前の人型ロボットもといペッパー君が、どうやら人の感情を言語化できるという怪しい機能が備わっていると聞かされたからである。


 人の感情を機械が、だ。


 もう人類の技術で、できるできない以前の話である。


 「まずはこの機能を作った背景からですね」


 と、千沙ちゃんは、微妙な反応をする俺らを他所に、さっそく説明に入った。


 「他人の思考を言語化できたら、意思疎通がミスなく取れると思いませんか?」


 「い、いや、人の思考を言語化なんて、人間ですらできないだろ。それを機械がなんて......」


 「もちろん、正解なんて思考を言語化された対象の本人でしかわかりません。が、人は古来より互いのコミュニケーションの失敗から、すれ違いが生じて人間関係が悪化することは珍しくありませんでした」


 「ま、まぁ、人間だからな」


 「そこで、ポッパー君が人の思考を正しく読んで言語化すれば、それを聞いた人たちは円滑にコミュニケーションを行えるはずなので、人間関係がこじれることは無いと思います」


 え、ええー。


 よくわからないけど、人間誰しも互いをわかり合えることはないし、それが悪いとは限らないでしょ。


 もちろん、人間関係が悪くなったら良い気分はしないけど、そこから学べることだってあるだろうし。


 てか、そもそもポッパー君はマジで人の思考を正しく理解できるのかよ。


 俺が疑いの眼差しを向けていると、千沙がポッパー君の胸部にある丸い手のひらサイズの吸盤のようなものを引いた。


 イメージ的に聴診器。千沙がその吸盤を引くと、コードのようにポッパー君の胸部から伸びていく。


 「兄さん、服を脱いでください」


 「え?」


 「これを兄さんの胸に......できるだけ心臓の位置に近い箇所にくっつけます」


 「え、ええー」


 俺がそう戸惑うも、千沙ちゃんは全く待ってくれなかった。


 「姉さん、兄さんの服を脱がしてください」


 「わかった」


 「葵さん、こういうときだけ即答しないでください。あ、こら、そっちは脱ぐ必要ないだろ! このスケベ女!」


 俺は葵さんの手が、腰に巻いてあったベルトに触れていたことに気づいて、即座に止めに入った。


 この女、ポッパー君の言う通り、相当なスケベである。


 伊達に下品な乳してない。陽菜に謝れ。


 「こ、これでいいのか?」


 「はい」


 とりあえず、話が進まなかったので、俺は自ら上半身裸になって、ポッパー君から出てきた吸盤を自身の胸にピタッと貼り付けた。


 どうやらこの聴診器みたいな物から俺の感情や考え事をリアルタイムで読み取るらしい。


 視界の端で、葵さんが俺の上半身を見て、両手を合わせてなにやら感謝の言葉を呟いていた気がするが、放っておこう。


 これが三姉妹の長女の実態である。


 「兄さん、姉さん。お二人に今一度、改めて聞きたいことがあります」


 「「?」」


 千沙がなにやらポッパー君の背後に回って、何か機械的な操作をしながら、そんなことを言い始めた。


 「私、最近、気にしていることがあるんです」


 「気にしていること?」


 「はい。日々、周りの人から『道徳がなってない』って言われていることについてです」


 あ、ああ。うん、そう......。


 気にはしているんだ、気には。


 そっか......。


 「「......。」」


 「あの、少しはフォローしてくれません? 自分で言っといてなんですけど」


 「ご、ごめん......」


 「つ、つい......」


 「その素直な返答が一番傷つくんですが」


 千沙の自白に、俺らは同意見と言わんばかりに黙認していたら、彼女からジト目で睨まれてしまった。


 居た堪れない気持ちに駆られてしまうのは言うまでもない。


 道徳がなってない。


 言葉として正しいのかわからないが、核心を突いていることには違いないだろう。


 「そこで、ですね」


 そう言って、何やら準備が終わったのか、千沙ちゃんはポッパー君の背後から、俺の眼の前へとやってきた。


 「色々と“道徳”に疎い私は、ポッパー君を使って、対象の人物から抱いている思考を言語化して学習しようと思うんですよ」


 千沙ちゃんが今年一の満面の笑みになる。


 可憐だ。マジで美少女。本人の言う通り、道徳のなってない子だけど、本当に美少女。


 でもさ、


 「ほら、、自分はその時どんな言動を取るべきかわかるでしょう? 不明点があれば、有識者ほんにんに聞く。定石ですね!」


 道徳を学ぼうと取った行動、その時点で“道徳”を踏み躙ってますよ。


 プライバシーって単語、知ってますかね......。


 「人の気持ちを丸裸にするって......鬼か、お前」


 「妹です」


 どうしよう。この子、一度言い出したら止まらないんだよな......。


 すると、千沙の発言に同意する者が現れた。


 「か、カズ君の心の中を暴く......め、名案だ......」


 アホ長女である。


 「あ、葵さん......」


 「ま、まぁ、こういうことできるのって、カズ君みたいに表裏無い人が一番ダメージ少ないと思うから......ね?」


 ね?じゃねぇーよ。


 多少なりともダメージ食らうってわかってんじゃねぇーか。


 「ということで、兄さん、準備はいいですね? このスタートボタンを押したら、兄さんの思考を読み取り始めます」


 「どうせ拒否権無いんでしょ?」


 「はい」


 千沙ちゃんの即答と同時に、ポッパー君の脇部分にある、いくつかのボタンのうち、赤いボタンが押された。


 そして――始まった。


 『エッチしたいエッチしたいエッチしたいエッチしたいエッチしたいセックスしたいセックスしたいエッチしたいチサちゃんフェラしてフェラフェラ結婚してくれアオイさんのオッパイま○こに顔を埋めたい三姉妹とコスプレエッチしたいヒナはバニーガールでチサは逆バニーでアオイさんは尻尾だけエッチチサ擦って手マン――』


 「止めろ」


 ポチッ。


 千沙が停止ボタンらしき、青色のボタンを押したことで、ポッパー君の口から法に触れる怒涛の発言が鳴り止んだ。


 「「「......。」」」


 場に重たい沈黙が訪れる。


 葵さんは何を思っているのか、目をパチクリとさせて、滑稽にも口を半開きにさせていた。


 千沙はというと......真っ赤だ。非常に赤面していらっしゃる。それもそのはず、機械の口とは言え、浴びせられたのは罵詈雑言なんて生易しいものではないからだ。


 こんなセクハラッシュ、常人が一分も耳にしていたら人格が崩壊するに違いない。


 「あ、あの、兄さん、さっきのは本当に――」


 「故障......だな。はは、やっぱり機械に人間の気持ちなんてわからないよ、うん」


 ポチッ。


 『嘘だ。ヤバいバレた思ってたこと全部バラされた死ぬ死にたい』


 「止めろ」


 「う、嘘と主張するなら、止める必要ないのでは......」


 俺は胸からポッパー君と繋がる吸盤を引っこ抜いた。 


 もうその行為が、さっきまでのポッパー君の発言を肯定していると言わんばかりである。手遅れというやつだ。


 俺は葵さんの方へ振り向いた。


 「ひッ?!」


 「......。」


 彼女は酷く怯えた様子で、自身の胸を両腕で隠した。


 まるで彼女の瞳に写っているのが最愛の彼氏ではなく、凶悪な強姦魔と言わんばかりに。


 俺は優しげな笑みを浮かべた。


 「はは。葵さん、もしかして信じているんですか? あんなの全部嘘ですよ。いい風評被害だ」


 「か、カズ君なら嘘じゃない気がする、いえ、します。気がします」


 敬語やめろ。


 「何を根拠に......。もっと彼氏のことを信じて――」


 「い、以前、カズ君、寝言で、わ、わわ私にコスプレさせるなら“尻尾”だけって」


 「......。」


 寝言でそんなこと言ってたのか、俺。


 でも悲しきかな。その夢、今でも鮮明に覚えている。バニーガール姿の陽菜と、逆バニーの千沙、葵さんだけはウサギのもふもふ尻尾だけが装着させられていた。


 そうだよ。葵さんのコスプレは尻尾を装着させるだけだよ。


 尻にな。ズボッとな。それだけだよ。コスプレって言わねぇよ。


 文句あっか?


 俺は次に千沙の方へ振り向いた。彼女も酷く怯えていた。


 「す、すみません、逆バニーまだ買ってないです」


 「......。」


 ああ、普通の方ならあるのね。そう。ふーん?


 ふーん?(二回目)


 「ふぅ」


 俺は一つ息を吐いて、天を仰いだ。


 そして今にも泣き出しそうな声音で言う。


 「おうち帰る」


 初、中村家で用意してもらった晩ご飯にありつくことなく、俺は我が家へ帰ったのであった。



*****

〜その後〜

*****



「か、カズ君って表裏無い人だと思ったけど、違かったね......」


「え、ええ。裏が表の数倍、数十倍ヤバかったです」


「う、うん。たぶん“裏”からちょこっと滲み出たのが“表”なんだと思う」


「はい。普段の兄さんのアレが、まさかのフィルターかかった上でアレだったとは......」


「「......。」」

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