第37話 妹が天才すぎちゃった件

 「兄さん兄さん!」


 「はいはい。なんでしょ」


 「調子悪かったポテトハーベスターを修理していたら、作れちゃいました」


 「“すごいの”?」


 「ペッ〇ー君です」


 農機具から人型ロボット作るんじゃないよ。


 現在、一日の仕事を終えた俺は、汗や泥で汚れた身体を洗って、これから中村家で晩御飯をいただこうと、東の家から南の家へ向かおうとしていた。


 その道中、なにやら中庭で俺を待ち伏せしていた千沙に捕まってしまったのである。


 今日一日、外で働いていた俺よりも汚れている彼女だが、その顔は満足げだ。


 「え、ちょ、なに? ペッ〇ー君作ってたの? てか作れるもんなの?」


 「天才美少女なので作れちゃいました」


 「天才美少女でなんでも片づけるんじゃないよ......」


 うちの千沙ちゃんは可愛さだけが取り柄だ。が、それとは別に、特筆すべきことがある。


 それは超天才ということ。


 ただそのベクトルは世間一般で言う頭の良さとは少し違う。


 いつでも、どんな科目でも満点が取れる系の子じゃないのだ。


 それこそ数学や英語では満点を余裕で取れちゃうが、国語など倫理的な読解問題が出題されると高得点は取れない。


 だって千沙ちゃんの辞書には“道徳”という文字が存在しないのだから。


 平たく言うと、マッドサイエンティスト。たぶんそれが一番近しい。


 「とりあえず見に来てください!」


 「え、今から? 晩御飯の時間だけど」


 「ご飯なんか食べてる場合じゃないですよ!!」


 などと、千沙に強引に腕を引っ張られて、俺は物置小屋へと彼女に連れていかれた。


 俺、ペッ〇ー君見るより、ご飯食べたいんだけど......。



*****



 「お、おおー」


 「どうですか! すごいでしょう!」


 千沙は大きくも小さくもない美乳を前に張って、可愛らしく鼻を鳴らした。


 物置小屋は普段は片付いているのが、今日は千沙が朝からここで農機具の修理作業をしていたので、あちこち散らかっている。


 そんな中、部屋の中央にてペッ〇ー君は佇んでいた。


 いや――ペッ〇ー君じゃない。


 「こ、これ、ペッ〇ー君じゃなくね?」


 まず人型ロボットから、そこまで離れてない見た目だ。


 が、四肢が無いのだ。その癖、俺と同じくらい身長がある。


 色もペッ〇ー君たらしめる白じゃない。赤茶色を基調としていた生前のポテトハーベスターと全くの同色だ。


 唯一、似ている部分といえば、下半身だろうか。ペッ〇ー君と違って、目の前のこいつはポテトハーベスターのキャタピラーが付いている。


 マジで農機具から人型ロボット作っちゃったよ、うちの妹。


 「ペッ〇ー君って言っちゃいましたが、搭載された機能は全く違いますよ」


 「そ、そうか。てかお前、なんで農機具からこんなもん作ってんの」


 「それがポテトハーベスターのエンジンがかからない理由がわからなさすぎて、分解と組み立てを繰り返していたら、ができたんです」


 “ポッパー君”って。ポテトハーベスターから来てるの、その名前。


 てか、農機具の修理より人型ロボット作る方が難しいだろ。

 

 「で、ですね。ポッパー君にはすごい機能が備わっているんですよ――」


 と千沙が言いかけたところで、


 「ちょっとー。二人とも、そろそろ晩御飯の時間だよ? いつまで仕事してるの」


 物置小屋の入り口から葵さんの姿が見えた。


 彼女はエプロン姿のまま、いつまで経っても食卓の場に姿を見せない俺らを呼びに来てくれたようだ。


 葵さんはポッパー君を見つけて、目をぱちくりさせていた。


 「な、なにそれ」


 当然の反応である。


 「ポッパー君です」


 「い、いや、名前を紹介されても......。ポッパー君?」


 「はい。ポテトハーベスターを修理してたら、代わりに完成してしまいました」


 「何してんの?!」


 「まぁまぁ。そのくだりは兄さんと既にやったので。この人型ロボット、すごい機能が備わっているんですよ」


 「す、すごい機能?」


 千沙がすごいすごいというので、俺らは興味を持ってしまった。


 晩御飯の時間なのに、もう頭の中はポッパー君のことでいっぱいになったからだ。


 千沙はポッパー君の腰辺りについているスターターロープの先端を両手で握り、片足をポッパー君の腰に当てて、力強くそれを引っ張った。


 瞬間、ポッパー君の中から重圧感のあるエンジン音が聞こえてきた。


 ポッパー君、雑な起こされ方で起きた模様。


 『おはよ、マスター』


 「「っ?!」」


 俺と葵さんは驚いた。


 ポッパー君の頭部と思しき箇所から声が聞こえてきたのだ。


 俺の声が。


 皆が愛して止まない和馬さんの声が。


 「え、ちょ、は? お、俺の声?」


 「はい。ポッパー君に言語を覚えさせるために、私の中で一番語彙力のある人をベースに設計しました」


 「それが俺なの?」


 「はい。ポッパー君、試しに何か話してみてください」


 と、千沙が命じると、ポッパー君が口を開いた。いや、口は無いけど。んでもって、もちろん俺の声で。


 『キンタマをしゃぶれぇぇぇえぇぇええ!!』


 語彙力のベクトル、違う方に向いてんだろ。


 「おい。俺はこんな下品なこと言わないぞ」


 「カズ君、今日畑で同じこと言ってたよ」


 「言ったかもしれませんが、人型ロボットがセクハラしてどうするんですか。愛なきセクハラは犯罪です」


 「愛なきセクハラってなに......。被害者にとってはどっちも有罪だからね」


 今は一旦、俺のセクハラは置いておこう。


 「とりあえず、このポッパー君は気持ち悪いから処分を――」


 『ああ~、ヒナのオッパイしゃぶりてぇー』


 「処分をしてだな――」


 『アオイさんの谷間に住みたい』


 「ポテトハーベスターの修理を頼――」


 『チサちゃんの処女な膜をぺろぺろしたい』


 こいつ、うるせぇな。


 「おい、こいつぶっ壊していいか?」


 「だ、駄目ですよ! 頑張って作ったんですからね!」


 「このポンコツ、俺の声を真似てとんでもない発言してんだぞ! 名誉棄損にも程があるだろ!」


 「普段の兄さんと大して変わりませんよ!」


 「こんなのと一緒にするな!!」


 『童貞卒業してぇー。あ、オレ、チンコ無いから無理だー』


 俺はポッパー君をヤクザ蹴りした。ポッパー君はかなり重かったのが、吹っ飛ぶことなく、その付近でガシャンと音を立てて倒れる。


 そして奴に近づいて、人型ロボットをガンガンと足蹴りしまくった。


 しかし千沙が俺の背中から抱き着くかたちで、それを止めに入ってくる。


 「ちょ! 兄さん、何をやっているんですか!」


 「こ、こいつ、俺の童貞を馬鹿にしやがった! 自分はちんこ無いから、童貞卒業する必要無いって主張しやがった!」


 「機械相手ですよ?!」


 うるせぇ! 人間だろうと機械だろうと関係ねぇーんだよ!


 そんな荒ぶる俺に、なぜか葵さんまで止めに入ってきた。


 「とりあえず落ち着こう! よくわからないけど、元はポテトハーベスターなんだよね?! ならポッパー君が壊れたら、尚更ポテトハーベスターが復活しないよ!」


 もう絶対、ポテトハーベスターには戻らねぇだろ。


 戻っても使いたくないわ。元は和馬さんだったポテトハーベスターとか、どんな心情で使えばいいのさ。


 「それにもしかしたら何か使い道が――」


 『おい。そこの下品な乳をした女』


 「へ? わ、私?」


 葵さんが横たわるポッパー君に呼ばれて、言いかけた言葉を止めて奴の方へ振り返った。


 『スケベな身体してる自覚あるから返事したんだろ』


 「え゛」


 『とりあえずオレを起こしてくれ。ああ、起こすって言うのは、このカラダをな? 間違っても、ち〇こを起こすんじゃないぞ、スケベ女』


 「......。」


 『いいか。機械ってのはデリケートなんだ。自分の下品な乳を優しく支えているブラジャーのように、優しくオレを起こすんだぞ。何度も言うが、ち〇こには触るなよ? オイルが出ちゃったら故障の原因になる。そもそもち〇こ無いけど』


 そう一頻り言い終えたポッパー君に、葵さんはまるで汚物でも見るかのような視線を向けていた。


 すごい。あの葵さんがこんな冷めきった表情になるなんて......。


 「さすがの私でも、は受け付けないかな」


 あの、それ、カズ君じゃないです。ええ、はい。


 葵さんが近くの棚にあったバールを手に取って、ポッパー君の方へと歩んだ。


 それを見た千沙が、ポッパー君の命の危機と察したのか、奴に抱き着くように身を挺して守った。


 「やめてください! をこれ以上いじめないでください!」


 「作った張本人なんだから、ポッパー君って呼べよ」


 千沙がやけに必死でポッパー君を擁護するので、俺と葵さんは破壊衝動を抑えることにした。


 か弱い千沙は、かなり重いポッパー君をなんとか起こして、話の続きをする。


 「ごっほん。それでですね。ポッパー君のすごいところは、自動会話とセクハラができるだけじゃないんです」


 「セクハラ機能、絶対要らないだろ」


 「カズ君、一応それブーメランだからね。勢いよく返ってきて刺さってるよ」


 うるせ。


 千沙は言葉を続けた。それも誇らしげに。大きくも小さくもないお胸を張り上げて。


 「すごい機能とは......人の感情を言語化できることです!」

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