第32話 NとTとR

 「兄さん! 兄さん!」


 「はいはい。兄はここに居ますよ。どうしたんですか?」


 「ネトラレてください!」


 「え゛」


 妹がとんでもない発言してきた。


 童貞の俺に? 彼女たちとセックスもしたことない俺が? ネトラレ?


 駄目だ。頼むから結論から話さないでくれ。頭死ぬ。


 天気は雨。日曜日の今日は終日雨だった。そのせいか、今はもう夜だが、昼間の中村家直売店の営業はあまり客足がよろしくなかった。


 まぁ、そういう日もある、しゃーない。


 で、今、俺は何をしているのかというと、中村家でいつものように夕食をいただいてから、我が家へ帰ろうと借りている東の家の一室で、帰宅する支度をしているところだ。


 そんな俺の下へ、我が妹、千沙ちゃんがノックも無しに入室してきて、とんでもないことを言い出した。


 「まぁ、待て。一旦落ち着こう」


 「はい」


 「まずNTRがなんなのかわかっているのか?」


 「もちのろんです。パートナーが他人に、性的に略奪されることですね」


 「俺が?」


 「兄さんが」


 「他人に?」


 「他人に」


 「エッチなことされろと?」


 「はい。エッチなことされて気持ちよくなってください」


 え、ええ......。なんなのこの子......。


 俺は帰る支度をするのを一旦止めて、部屋の入り口付近に立っている千沙をとりあえず座らせることにした。


 部屋の隅に置いてある座布団を取り出して、千沙に差し出す。彼女はそれを受け取って、その上にちょこんと正座した。


 「色々と聞きたいことがあるが、まずなんで俺がネトラレなきゃいけないの?」


 「ネトラレってすっごい興奮するらしいんですよ」


 「ど、どこ情報だよ、それ......」


 「ネットのお友達です」


 「縁切れ、馬鹿」


 おいおい。ネトラレが何なのかわかってて頼んできたのか。


 そういう性癖って、興味があっても走っちゃいけないと思うんだよ。上手く説明できないけど、少なくとも俺は自分がネトラレるのも、愛しの彼女たちがネトラレるのもお断りだ。


 が、心の中では、たぶんだけど、葵さんがネトラレたら興奮しちゃいそうな自分が居る。


 なんかそんな気がする、あのJDに限っては。


 なんでだろ。


 って、そんなこと考えている場合じゃない。


 「とにかく、だ。そういうの、俺は興味無いからやらないぞ」


 「ええ〜。絶対兄さんも楽しめますよー」


 「お、お前なぁ。変な性癖ついたらどうすんだよ。後戻りできなくなるぞ」


 「変な性癖も何も、そもそも兄さんがいつになっても、私を抱いてくれないから拗らせてるんじゃないですか〜」


 「うっ。そ、それはだな......」


 「ああー、妹のお願いを聞いてくれない兄はなんて心の狭い人間なんでしょー」


 おま、ネトラレた人は心が広いと思うなよ......。致し方なく抱かれちゃったパターンが多いんだからな。AVから学んだことだけど。


 と、ここで俺はとあることが気になったので、千沙に聞くことにした。


 「てかお前、そもそも彼氏おれを誰と浮気させるつもりだったんだよ」


 ネトラレとは言うまでもなく、寝取る相手が必要だ。


 千沙のお願いから、俺は誰かにネトラレないといけないわけだが、その相手を誰にさせるつもりだったのか、ちょっと問い質したくなった。


 「え? それはやはり安心して任せられる人......姉さんとか陽菜にですかね?」


 寝取る人に安心感抱くな。


 てか、それで俺が葵さんや陽菜にエッチなことされても、いつもとやってることかわんないから、俺に背徳感なんて一ミリも湧かないぞ。


 逆も然り。千沙だって絶対に「なんか違いますね」って言うに決まってる。


 だって三姉妹は俺の彼女だから。


 寝取る寝取られる云々の話ではない。


 「おま......それじゃあ寝取られたとは言わないだろ......」


 「とにかく、ものは試しにやってみましょ!」


 「あ、ちょ、おい!」


 俺が止める前に、千沙はこの場を後にした。


 千沙は一度言い出したら気が済むまで行動するタイプだから、本当に手に負えない。


 我儘に育ってきた証拠だ。自分がこの世で一番可愛い存在だって信じちゃってるから、何しても許されると思っているのではなかろうか。


 ここは兄として、いつか厳しく言ってやろう。お尻ペンペンの刑だ。


 「兄さん、戻りました!」


 俺がそんなことを考えていると、千沙ちゃんが再びこの場へ戻ってきた。


 「え、ちょ、どうしたの急に......あ、カズ君」


 葵さんを連れて。


 彼女は俺と目が合うと、千沙に半ば強引に連れてこられたせいで髪が乱れてしまったらしく、それを気にして、次女に握られていない方の手で前髪をいじり始めた。


 そういう仕草、本当に可愛いと思う。意識しちゃってまぁ。この激カワJDめ。


 ていうか、


 「千沙、もしかして――」


 「はい。姉さんに兄さんを寝取ってもらおうかと」


 「ねと?! ふぇ?!」


 千沙が俺の言葉を遮り、結論を述べる。葵さんは千沙の突拍子も無い発言に、聞き間違いではないかと言わんばかりの驚き様だ。


 千沙、葵さんが寝取る側になるのって無理あんだろ......。


 絶対この世で一番、する側に向いてない人だよ。


 むしろされる側に向いてる人だよ。


 って、そうじゃない。


 「お、おいおい。もっと適任が居るだろ。どっちかと言えば、まだ陽菜の方が寝取るの向いてそうじゃん」


 「私もそう思ったんですが、さっき陽菜の部屋へ行ってみたら、あの子、、急いでその部屋から出ました」


 だからノックしろって。


 なんでノックしないで人の部屋入るの。妹だからってノック無しで入っちゃ駄目でしょ。


 「で、今度は姉さんの部屋に行ったら、姉さんも何やらおっ始める気で、服を脱いでたので――」


 「ああぁぁぁああ!! 違う違う! そ、そうじゃ、そうじゃないよッ!!」


 鈴木 ○之かな。


 すごい否定のしようっぷりで、思わずとある曲が脳内再生してしまった俺である。


 葵さんは顔を真っ赤にして、俺に早口で言い訳をしてくる。


 「暑くて着替えようとしてただけだから!! 夏が近づいている証拠だね!! いや〜本当に今晩は暑い! うん!」


 「はい。オ○ニーなんて誰でもやってるんですから、恥ずかしがらなくて大丈夫ですよ」


 「もうヤだぁ!!」


 大切なのは受け入れる心。全肯定してあげる心だ。


 オ○ニーしちゃうことは悪いことじゃない。うん。


 葵さんがその場に泣き崩れると、千沙が全く気にした様子もなく口を開いた。


 「姉さん、落ち着いてください。今から兄さんを寝取ってくれればいいだけの話しです」


 「もう意味わかんない......」


 「大丈夫です。俺も千沙が何を言っているのか、わかりませんから」


 「じゃあ、なんでカズ君はパンツ一丁で仰向けになってるの......」


 おっと。たしかに俺はパンツ一丁で仰向けの状態だ。


 記号で言えば、逆Tの字。何が垂直たらしめるのかは語るまい。ナニだ。


 これじゃあ、まるで今から俺が襲われることを期待しているみたいじゃないか。


 期待しちゃったのだから仕方がない。


 「なんだかんだ言って、兄さんもやる気満々じゃないですか」


 「いや、これは妹の満たされない欲求不満を解消しようと、協力してあげるためだ」


 「本音は?」


 「一回、葵さんに強引に攻められたいなって思いました、ええ、はい」


 「息子と同じく、素直でよろしいですね」


 へへ、褒めんなよ。照れるじゃないか。


 「ちょ、ちょっと! 待って! 寝取る?! 私がカズ君を?! なんの話?!」


 などと、葵さんは事態の理解が追いついていない様子で、慌てふためいていた。


 が、彼女の視線は俺の股間一直線である。


 パンツ一丁で、期待という名のテントを張っている我が息子が気になっちゃったらしい。


 このおまめさんめ。


 じゃなくて、おませさんめ。


 「姉さん、知ってますか? 実は世のカップルたちの中でも一部では、交際相手が寝取られると、性的興奮を覚えるみたいです」


 「知りたくないし、覚えたくもないよ!!」


 「まぁまぁ。葵さん、いつもやってるエッチを、千沙の前ですればいいだけの話ですから」


 「この変態兄妹ッ!!」


 全く持ってその通りだけど、それを言うなら、千沙と血が繋がっているあんたにも、それはブーメランではなかろうか。


 勢いよく返ってきて刺さってる気がする。


 「さぁ、葵さん」


 「姉さん」


 「うッ」


 迫る俺らに、葵さんが折れたのは今から三十分後のことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る