第31話 イラっと来るけど可愛いドヤ顔

 「ふんぬ!!」


 天気は晴れ。絶好の仕事日和だ。夏が徐々に近づいているからか、屋外で少し身体を動かすだけで汗が滲み出てくる。


 今は何も作物が植えられていないが、これからナスの苗を植えるための下準備を、俺はとある畑の上で行っていた。


 その下準備とは、アルミ製の支柱パイプを畑の上に挿し込むことだ。


 ただ挿し込むだけではない。俺が居るこの畑は、一定間隔で高畝という少し山盛りにされた畝がいくつもあり、それら高畝の中央目掛けて支柱パイプを挿し込んでいくのである。


 その差し込み方も特徴的で、真っ直ぐ挿すのではない。斜めに挿すのだ。角度とか具体的に言えないけど、感覚的にやや斜めにして棒を挿し込んでいく。


 「Gスポを狙う感じで、なッ!」


 などと、畑にGスポなんかあるわけ無いのに、Gスポ目掛けて支柱パイプを挿し込むバイト野郎。


 ああ、リアルでもGスポに己の男根を突きつけたいな......。


 ちなみに支柱パイプの長さは2.5メートルくらいとそこそこ長い。


 「あの、いくら周りに人が居ないとはいえ、外でGスポとか大声出して言わないでくれる......」


 「あ、おっぱ――葵さん」


 「今、彼女の名前と胸を間違えなかった?!」


 そんなことありませんよげへへ。


 俺が畑の上でハッスルしていると、作業着姿の葵さんが後ろからやってきた。


 彼女はツナギ服という作業着姿なのだが、どういうことだろう、おしゃれとは程遠い服装なのに、葵さんが着ると非常に似合っていて、一瞬作業着という概念を忘れてしまいそうだ。


 やはり美女とは何を着ても様になるんだな、と思う今日此頃。


 俺がそんなことを思っていると、葵さんは溜息を吐いて、なにやら諦めた様子で話し始めた。


 「ったく。相変わらずの変態さんで困ったよ」


 「はは。お疲れ様です。どうされました? ここの畑で作業するのは自分ひとりと聞きましたけど」


 今朝、伝えられた仕事内容を思い出しながら、俺は葵さんがここにやって来た理由を聞く。


 見ての通り、畑に一定間隔で支柱パイプを挿し込んでいくなんて作業、力作業そのものなんだから、バイト野郎以外やれない仕事だ。


 正確には俺の他には雇い主が居るのだが、彼は別の作業で忙しいので、致し方なく一人でやっているのである。


 「私の仕事が少し落ち着いたから、カズ君の仕事を手伝おうかなって」


 などと、葵さんは先輩っぽく言ってきた。


 あ、いや、先輩だった。


 いつものちょっと抜けてる感じが、葵さんは先輩、という印象を薄れさせちゃうから、ついそんなことを思ってしまう次第である。


 「気持ちは嬉しいですが......結構大変ですよ?」


 力仕事は女がすることじゃない、とは言わないが、男の俺でもかなり力を入れて支柱パイプを挿し込んでいる。


 それを葵さんがやっていけるとは、正直、俺には思えない。


 それに葵さんは挿す側ではない、挿される側だ。ベッドの上での話だけど。


 てか、まだ挿し込んだことすら無いけど。


 「ふふ。そう言われると思ったよ」


 などと言った葵さんは不敵な笑みを浮かべて、作業着の袖を捲くって二の腕を俺に見せつけてきた。


 日焼けや傷なんて一つもない真っ白な腕である。


 それから彼女は露出した腕をL字状にして力を込めた。


 すると若干だが、その上腕にぽっこりと小さな山が生まれた。


 「どう?」


 今年イチでドヤ顔をする葵さん。


 俺はそんな彼女を前に困惑する。


 「え、えっと......舐めろってことですかね?」


 「違うッ! 筋肉見せつけてるの!! なんで舐めさせる方向に行くの!!」


 「きょ、今日は暑いですし、塩分補給的な......」


 「そんな独特な塩分補給させるわけないじゃん!」


 怒る葵さんは今日もちゃんと可愛い。


 これで本人は真面目に怒っているみたいだから、怒られてる側としては怒らてる気が一ミリもしないので対処に困る。


 俺はぷりぷりと怒る葵さんに、なんで上腕二頭筋なんか見せてきたのか聞くことにした。


 「触ってみて」


 「え?」


 「いいから」


 葵さんがなぜかお触りOKを出してくれたので、俺は人差し指で突くことにした。


 彼女のおっぱいを。


 「ひゃう?!」


 「あ、すみません、乳首に当たって――べぶしゃ?!」


 俺は葵さんに頬を殴られたことで、後方へ吹っ飛んだ。


 「どこ触ってんの?!」


 「だ、だって葵さんが触っていいって......」


 「腕だよ、腕! 話の流れからして腕でしょ!!」


 「す、すみません......」


 「ったく。ちく......敏感な所に当たったから変な声出ちゃったじゃん」


 ああ、乳首に当たったんすね。ありがとうございました。


 ありがとうございました(二回目)。


 「え、えーっと。つまり?」


 「私だって力仕事できるくらいには筋肉あるってこと」


 「な、なるほど」


 「ちょっと見てて」


 そう言って葵さんは、近くに置いてある支柱パイプを手に取って、高畝の中央目掛けで斜めに挿し込んだ。


 「えい!」


 掛け声もちゃんと可愛いJD。全部可愛いとか、彼氏が悶え死ぬからやめてほしい。


 「どう!」


 またもドヤ顔になる葵さん。


 彼女が畑に挿し込んだ支柱パイプは、しっかりと角度も考えられて突き刺さっていた。


 今日の葵さんは言葉足らずだが、おそらく私にもこれくらいできると言いたいのだろう。


 だが、俺は言う。


 「駄目っすね」


 「え?!」


 葵さんが驚愕の色を顔に浮かべた。そして彼女は慌てて俺に問い質してくる。


 「ちゃんと刺さってるよね?!」


 「はい。刺さってますね」


 「じゃあなんで......」


 と彼女が言い終える前に、俺は彼女が今しがた挿し込んだ支柱パイプを手にして、ググッと力を込めた。


 すると支柱パイプはもう十数センチメートルほど深く入っていった。


 「もっと深く挿し込まないと駄目です。半端に挿し込むと、風が強い日が続いたら、支柱パイプが曲がってしまう虞がありますので」


 「うっ」


 葵さんは今の光景を見て、自分じゃ力不足と痛感したように、苦い顔つきになる。


 甲斐性のある男なら、葵さんの仕事の出来でも及第点を出すのだろうが、俺はそんなことしない。仕事に関わることは半端にしちゃいけないと思ってる。


 事実、農作物なんて、種を撒いてから商品になるまで月単位で時間がかかる代物だ。


 育成過程で不慮の事態が発生して作物が駄目になるとか、農家にとっては割とざらにある。


 だから商品になるまで気を抜かない。半端な仕事はしちゃけないのだ。


 葵さんもそれをわかっているからこそ、これ以上何も言えないと言った様子を見せる。


 「お気持ちは嬉しいですが、こういった力作業こそ自分の出番なんで、葵さんは葵さんにできることをしてください」


 「はぁ......。仕方ない、カズ君の邪魔しちゃいけないし、私は別の仕事するよ......」


 どうやら葵さんは落ち込んでしまったらしい。


 なんと声を掛けたらいいのか、と思っていた俺はとあることを思いつく。


 「葵さん、これを見てください」


 「?」


 俺はそう言って、作業着の袖を捲くって己の二の腕を彼女に見せつけた。


 そして、


 「ふんぬ!」


 「っ?!」


 力む。


 くっきりと描かれた線は、まるで彫刻されたかのように筋肉に刻まれていた。


 力を込めたことで隆起した山が筋肉の塊と言うには少し物足りない。強度を言い表すのであれば、岩山と言ったほうが適切ではなかろうか。


 伊達に筋トレと肉体労働の日々を送っていない高校生である。


 葵さんはそれを見て、ごくりとダマのある唾を飲み込んだ。


 あまりこういった手段は取りたくなかったが、彼女は筋肉が好きなJDだ。


 なので俺は致し方なく、自前の肉体美を葵さんにお披露目することにした。


 俺の筋肉、見世物じゃないんだけどな......。でも元気になってもらいたいし。


 「な、な......」


 すると葵さんが俺の上腕二頭筋を凝視しながら、何か言いかけていた。


 「舐めていいですか?」


 なんでそうなる。


 「い、いや、腕は舐めるものじゃありませんよ......」


 「さ、さっきカズ君も私の二の腕見て舐めたいって言ってたじゃん」


 「そ、それはたしかに言いましたけど......」


 「今ならカズ君の気持ちすっごくわかるよ」


 こんなことで共感されても......。


 尚も食い下がる彼女に、俺は寒気を感じて捲くった袖を戻した。


 「あ、ちょ!」


 「はいはい。仕事しましょうねー。葵さんが舐めていいのは、俺の乳首とち○ぽだけです」


 「うっわ。ほんと最低」


 うっせ。ち○ぽは言うまでもないが、乳首も舐められるとめっさ気持ちいいんだよ。


 俺はそんなことを思いながら、支柱パイプを手に取って畑に挿し込んでいくのであった。

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