第30話 ワイヤレス充電カノジョ

 「やっぱ......茹で......ときに、アレ使ったのが......」


 「ですね......アレが原......としか」


 意識が朦朧とする中、なにやら聞き覚えのある声が聞こえてきたので、俺はゆっくりと瞼を上げた。


 視界に映ったのは見知った天井、俺んちのだ。


 どうやら俺はソファーで寝ていたらしい。


 が、


 「ん......おも......たい」


 仰向けで寝ている俺の上に何かが乗っかっているみたいだ。


 まず掛け布団ではない。温かいけど、なんかこう、肉感的な重たさがある。


 「あ、先輩起きました」


 「ほんとだ」


 「え......なんで二人がここに......」


 俺は視界に桃花ちゃんと悠莉ちゃんの姿が入ってきたことで、一気に目を覚ました。


 なぜ二人が俺んちに来ているのかを。


 なぜ俺は寝ているのかを。


 「お、俺......生きてる?」


 「とてもじゃないですが、元カノの手料理を食べてから言っていい一言じゃありませんね」


 「悠莉、これが現実だよ」


 そう、俺は悠莉ちゃんの手料理を食べて、気を失ったんだ。


 でも俺が口にしたのはスパゲッティ一本。


 え? それで? 俺、そんなスパゲッティ一本で気絶しちゃったの? ただ茹でただけのスパゲッティで? それってそもそもスパゲッティ?


 駄目だ、味とか全然思い出せない。


 てか、身体がダルい......。


 「身体が......重たい。これも悠莉ちゃんの料理のせいか」


 「あ、それはお兄さんの上に陽菜を置いたから」


 「なんで?!」


 俺は驚いて、自身の上に何を乗っけられたのか確認した。


 すると俺の上には確かに陽菜が乗っけられていた。


 陽菜は俺の上ですやすやと気持ち良さそうに寝ている。それはもう、美少女なのに涎を垂らすという残念さがあった。


 ちょ、涎。俺の服......。


 「気を失ったお兄さんがすごい辛そうだったから、試しに陽菜を置いてみたんだ」


 「そしたら先輩の顔色が良くなったので、そのままにしておきました」


 そんなワイヤレス充電みたいに、人の彼女を彼氏の上に乗せんなよ......。


 俺は陽菜を起こさないように、そっと持ち上げて俺が寝ていたソファーの上に下ろした。


 「いやしかし、まぁ......また気絶するとはな......」


 「それで先輩、どっちが勝負に勝ったのでしょ?」


 「君、それどういう心情で聞いてる?」


 俺は思わず悠莉ちゃんにそうツッコんでしまった。


 「それにしても本当に気絶しちゃうんだね......。私、好奇心で悠莉が作った料理をつまみ食いしようと思ったけど、やめといて良かった」


 「ダメです! 私が作った料理は先輩だけのものですので♡」


 「殺害予告にしか聞こえないんですけど」


 この子、いったいどういう材料を使って人を気絶させたんだろう。不思議で仕方がないよ......。


 「あ、お兄さん、そろそろ私たち帰らないといけないから」


 「お、やっとその時間が来たか」


 「また遊びに来るね〜」


 「来んでいい」


 桃花ちゃんの軽口を適当にあしらった後、俺はW巨乳JKを玄関まで見送った。


 「ああ〜。もう家まで帰るの面倒くさいし、隣のお祖母ちゃんちに泊まろうかなー」


 などと、ぼやく桃花ちゃん。


 そう、実は桃花ちゃんの祖父母の家は、このアパートの一室である。俺んちのお隣さんだ。下の名前は聞いたこと無いが、佐藤さんという優しいご老人だ。


 昔からだが、佐藤さんご夫妻は非常に耳が遠い。例えるなら日本からブラジルくらいだろうか。それくらい会話での意思疎通が困難な方たちである。


 ちなみに桃花ちゃんの実家は最寄り駅近くにある。ここからそう遠くないが、やはりうちに来たからには、せっかくだから祖父母の家に泊まりたいと思っているのだろう。


 「お、いいですね。私も久しぶりに佐藤さんちでお泊りしたいです」


 「げ、悠莉も泊まる気なの......」


 「いいじゃないですか〜」


 などと、仲良い二人は、中々うちの玄関から外に出てくれない。


 隣の佐藤さんちで泊まろうが、実家に帰ろうがこっちはどうでもいいんだよ。


 「あ、お祖父ちゃんに連絡したら返事来た」


 「はや」


 「で? なんて帰ってきたんです?」


 「[かもん]だって」


 「かる......」


 佐藤さん、少しだけ耳が遠くて優しいご年配夫婦ってイメージあったけど、意外にも現代技術を使いこなしているみたいだ。


 おそらく葵さんより上。


 あの人、未だに『携帯重たいから』とか言って家に置いていくことあるからな。


 とてもじゃないが、現代っ子には思えないJDである。


 「じゃあ泊まろっか」


 「いや〜、替えのおパンティー持っといて助かりましたよー。お泊まり会楽しみです」


 「おパンティーって......」


 桃花ちゃんが悠莉ちゃんのあまりな言い方に呆れていると、悠莉ちゃんが俺に近づいてきて囁いてきた。


 「先輩、今日の私のおパンティー、うっすーい生地のTバックです♡」


 「なッ?! 色は?!」


 「即それを聞きます? 普通。水色ですけど」


 でも言うんだ。ありがとうございます。


 「和馬」


 「ひゃう?!」


 すると、俺の背後から冷気を感じさせる声が聞こえてきた。


 振り向くまでもない。陽菜ちゃんである。


 いつの間にか起きていたらしい。彼女は俺のすぐ真後ろに居る。全然気配無かったから気づかなかった。


 「なんの話をしてたのかしら?」


 「......悠莉ちゃんの下着事情です」


 「あら、素直に認めるのね。関心しちゃう」


 「じゃあ許して――」


 「あげない。あとで調教せっきょうよ」


 「......。」


 くそうくそう。


 「そ、それじゃあ私たちは帰るね。すぐ隣の部屋だけど」


 「陽菜ちゃん、先輩、また明日」


 そんな俺らを苦笑した桃花ちゃんが玄関の戸を開けると、続いて悠莉ちゃんもこの家を出ていった。


 なんて無責任なJKたちだったんだ。


 「ったく。今日はとんだ目にあったもんだ」


 「ねぇ、和馬さん、これについて聞きたいことがあるんだけど」


 と、二人が帰った後、若干の静けさを取り戻した我が家で、とある動画が再生されて、その音が響き渡った。


 『! おっきするとこおっきさせんぞ!』


 おっと。なんて聞き覚えのある響きだろうか。


 「桃花から送られてきたわ。悠莉の胸倉を掴んで釣り上げた挙げ句......」


 『! おっきするとこおっきさせんぞ!』


 「って何かしら?」


 うん、少し前に俺が悠莉ちゃんに言ったことだな、うん。


 あの野郎、結局動画を消さなかったな。というか、一部分だけ切り取って編集してあるし。


 俺はじっと見つめてくる陽菜に言う。


 「情状酌量の余地は――」


 「無いわよ。ベッドに来なさい」


 「......あい」


 どうやら今晩は眠れないようだ。



*****

〜その後〜

*****



 『あッ。陽菜、頼む! 限界なんだッ』


 『だーめ♡ 私が良いって言うまでイクの禁止♡』


 「うわ?! ここ壁薄いですね?! 隣の部屋に居る先輩たちの声、丸聞こえじゃないですか!」


 「はぁ、また始まったよ......。悠莉、うっさい。いつものことだから」


 『出る! 出る出る出る出――ないぃ! 陽菜ぁ! 頭がおかしくなるぅ!』


 『あはッ。さすがに寸止め十回目はキツいかしらぁ』


 「わ、私、ここでオ○ニーしたいです」


 「人んちでやめてよ......」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る