第23話 可愛い可愛い妹

 「世界一可愛い妹がただいま戻りましたー」


 恐怖の時間の始まりである。 


 現在、風邪をひいてベッドで寝込んでいる俺は、玄関の戸が開閉する音で目を覚ました。


 時間としては午後六時過ぎ。風邪ひいていても食欲が損なわれていない俺は、少しばかり空腹であった。


 無論、依然として身体には怠さがある。久しぶりの風邪にまいっている和馬さんは、とりあえずトイレにも行きたかったから、自室から出て千沙を出迎えることにした。


 廊下に出ると、キッチンに居る千沙を見つけた。制服姿の彼女はマスクを着けている。


 そのせいで若干くぐもった声で彼女は言った。


 「あ、兄さん。体調は大丈夫ですか?」


 「今朝よりは良くなった感じ。それよりも悪いな。せっかく来てくれたのに、風邪なんかひいてて」


 「ふふ。人間なんですから誰だって風邪ひきますよ」


 そう言いながら彼女は、なにやらレジ袋の中から色々と取り出して、キッチンの上に並べていった。


 そこには白菜やらブロッコリーやら大根などと言った多種多様な食材が並べられている。


 「あの、千沙さん」


 「はい、なんでしょう?」


 「なにその食材」


 「? これから料理するのに必要な材料ですけど」


 おい、惣菜買ってきてと言ったよな、俺。


 なんで作り始めるところからするの。


 「お前、料理できないじゃん......」


 「ふふ。料理とはレシピと材料があればなんでも作れるんですよ」


 それで失敗してきた奴が千沙、お前だろ。


 え、ちょ、マジ? 叱る気すら湧いてこないんですけど......。


 そんな俺の不安を読み取ったのか、彼女はバランスの取れた胸を張って答えた。


 「安心してください。今日の私は可愛いだけの妹じゃありませんから」


 何か計画でも立ててきたの?


 すると千沙がスマホを取り出して、ある画面を俺に見せてきた。


 それは陽菜、葵さんを含めた三姉妹がやり取りする某SNSツールのグループチャットだ。


 [〜和馬の家に着いたらすること〜

  ・栄養ある食事を摂らせる

  ・全身の汗を拭く

  ・熱が下がってなかったら薬を飲ませる

  ・たくさん水分を摂らせる

  ・射精管理]


 [食事は消化の良いおかゆが良いと思う。作り方はこの後送るね]


 [あと水分取らせるなら、ただの水じゃなくてスポドリね]


 などと、陽菜と葵さんが気を利かせて、千沙に色々とアドバイスしてくれていたらしい。


 俺はこの画面を目にして、瞳に涙を浮かべてしまった。


 ここまで心配してくれていたなんて......。


 若干一名、射精管理とかせんでいいこと箇条書きにしれっと残してるやつ居るけど。


 感極まっている俺に、千沙がレジ袋の中からスポーツドリンクを取り出して、俺に渡してきた。


 「ですので兄さん、安心して私に任せてください」


 「ああ。悪いけど、頼む」


 俺は千沙から受け取ったスポドリを数口飲んでから、リビングにあるテーブルの上に置いて、トイレへと向かった。


 その後、自室へ戻って再度寝ようとベッドの上に横になった俺。薄れゆく意識の中、違和感に気づく。


 あれ、千沙が見せてくれたグループチャットの内容......たしか“おかゆ”って書いてあったよな。


 さっき千沙が買ってきてくれた物の中に、白菜とかブロッコリーを見かけた気がするんだけど......。


 そんな疑問を抱きながら、俺は意識を手放した。



*****



 「腹......減ったな」


 次に目を覚ましたのは、自身の空腹による目覚めだった。


 俺は怠い気持ちを抑えて、身を起こし、リビングへ向かった。


 すると、そこにはテーブルの上に鍋が置かれていた。


 まだ作りたてらしく、蓋の蒸気穴から湯気が立っている。


 「あ、兄さん。起きましたか」


 その傍らには制服姿の上からエプロンを纏った千沙の姿があった。


 彼女は両手に鍋つかみを着けていた。この場には俺と彼女しか居ないので、どう考えてもあのテーブルの上にある鍋は千沙が作ったものだ。


 「晩ご飯できましたし、あと少しで兄さんを叩き起こしに行くとこでしたよ」


 「病人相手に叩き起こすのはやめようか」


 「ささ。席に着いてください」


 俺は千沙に言われるがまま、食卓の席に着いた。


 そのタイミングで、千沙が鍋の蓋を開ける。


 「じゃじゃーん」


 「っ?!」


 千沙の可愛らしい声と共にオープンされた鍋の中身は......おかゆではなかった。


 なんか、色々と原形を留めていない鍋料理だった。


 緑色の粒粒が浮かんでいたり、大小それぞれある半透明の物体、白菜なんだろうなって葉っぱがあるのは見受けられた。


 漂う香りは......辛うじて鍋料理の何か。別にヤバい匂いとかしてない。若干怪しいけど、匂いからじゃ、この鍋料理が何かを判断することはできなかった。


 「千沙、これはいったい......」


 「千沙ちゃん特性おかゆです」


 待って。ちょ、本当に待って。


 特性おかゆって......まず普通のを知らないんですけど。普通のおかゆ作ってから“特性”の粋に入ってほしいんですけど。


 「おま、葵さんからおかゆのレシピ送られてたよな?」


 「ええ。ただおかゆってお米くらいしか入ってないじゃないですか」


 「そういう食べ物だからね」


 「ですから[栄養を摂らせる]という陽菜のアドバイスにより、色々な具材をおかゆに入れて煮込みました」


 「......。」


 そう来たか......。あの陽菜と葵さんの数々のアドバイスを組み合わせて作っちゃったか。


 どんな受け取り方しとんねん。


 千沙ちゃんは受け取り皿に適量よそって、俺の前にそれを置いた。


 彼女は目をキラッキラさせて、俺に早く食べて感想を言えと催促する視線を向けてくる。 


 「た、食べる前に聞いていい?」


 「はい」


 「この緑色の粒粒は?」


 「ブロッコリーですね。混ぜながら煮込んでいたら崩れました」


 「なるほど......この半透明の物体は?」


 「大根ですね。混ぜながら煮込んでいたら崩れました」


 崩れすぎ。煮込み料理を作りたかったのかわからないが、もうちょっと繊細に扱おうよ。


 いやまぁ、却って食べやすくはなったけど......。


 「兄さん」


 「......いただきます」


 千沙に呼ばれたことで催促された俺は、とりあえずせっかく作ってくれたことだし、食べることを決意する。


 熱々のとろっとろの何かをスプーンで掬って食べた。


 「っ?!」


 口の中に入れた瞬間、なんとも言えない不思議な味が広がった。


 熱すぎて詳細はわからないが、一言で言ってしまえば、甘い。それも砂糖を入れた甘みからくるものでも、食材からくる甘みでもない。


 こう、なんかフルーティーな感じ。


 ただ不味いとは偏に言えない味付けだ。


 無論、よく噛みしめれば大根や白菜、ブロッコリー等の風味は伝わってくる。が崩れるまで煮込んだせいか、“咀嚼”しているという実感は湧かない。それこそおかゆを口にしている感じだ。


 「なんか、その、やけに甘い感じがするな」


 「スポドリで煮込んだからですかね」


 「なんで?」


 「陽菜がただ水分取らせるだけじゃなくて、スポドリで塩分も摂らせろと」


 だからどんな捉え方すんねん。


 そういう意味で言ったんじゃないって。水を全部スポドリに変換して摂らせるんじゃないよ。


 「どうですか?!」


 が、目をキラッキラさせた千沙が、前のめりになりながら聞いてくる。


 「ま、不味くはない、と思う」


 ここで嘘でも美味しいとは言えない彼氏の甲斐性の無さ。


 「そうですか! 美味しいですか!!」


 そして良いように捉えてくれる妹。素直に喜んでいる様を見るに、兄の心が若干ズキッとしてしまった。


 俺は食べれなくもないそれを食べ尽くすことに成功した。


 空腹だったからか、しっかりと食べることができたので、作った本人である千沙を大いに喜ばせることに繋がった。


 「ごちそうさま。ありがとう、千沙」


 「はい」


 俺が食べ終えた頃合いだと、鍋は鍋つかみが要らないほど冷めていて、千沙が食後のそれらをキッチンへと運んでくれた。


 その際、素手で鍋を持って行ってくれた千沙だが、彼女の両手に絆創膏がたくさん貼られていたことに気づく。


 「千沙、お前......」


 そんな痛々しい彼女の両手に、思わず俺の声が漏れる。


 俺の視線の先に気づいたのか、千沙は苦笑しながら答えた。


 「はは。柄にもないことするからですかね? つい張り切っちゃいました」


 「......。」


 怪我してまで苦手な料理に取り組んだ千沙に対して、俺はなんて失礼なことを内心で思い浮かべていたのだろうか。


 「俺にはもったいない、よくできた妹だよ」


 「兄さん......」


 「風邪ひいてなかったら、全力で抱きしめてやりたいくらいだ!!」


 「この後は朝まで新作のゲームに付き合ってもらうので、私はそれで十分ですよ」


 「風邪ひいてなかったらぁッ!! 全力で遊びに付き合ってやれたのになぁ!!」


 「寝かせませんよ?」


 和馬さんはやっぱり本気で妹に感謝ができなかったのであった。

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