第24話 葵の視点 束の間のおうちデート?

 「お邪魔します」


 天気は雨。雨といってもにわか雨程度なもので、外出すれば傘をさすかどうか迷う感じだった。が、それも天気予報ではもう時期止むとのこと。


 そんな天気の中、私は大学の講義が午前中で終わったため、早めに帰宅することができた。


 そして今日は私がカズ君の彼女当番である。


 今更ながら、『今日は私がカズ君の彼女』という意識を持つことに、違和感を覚えてしまう。


 まぁ、それはともかく、お昼頃に帰宅することができた私は、午後一で彼氏の家にやってきた。


 彼の家はうちから徒歩十数分ほどの場所にあるアパートの一室だ。


 今日は彼と束の間のおうちデートを決め込む気満々の私であった。


 「うん、わかってたけど、誰も居ないや」


 彼から預かった合鍵を使って玄関の戸を開け、家の中に入ると、足下にある靴の数から、この家の中に誰が居るのかを把握する。


 そこにはカズ君が普段使いしているサンダルだけがあり、他に履物は無い。


 彼の両親は共働きで単身赴任のような生活を送っている。だからこの家でまともに生活しているのはカズ君だけだ。


 そんな彼だから、土曜日と日曜日だけでも、うちで住み込みバイトしないかと提案した訳だけど、今となっては私たちがカズ君無しでは考えられない生活を築いてしまっていた。


 そのカズ君は本日が平日ということで、当然この家には居ない。ちゃんと高校へ通って、所定の時間まで学業に勤しんでいる。


 少し寂しいけど、彼の家を独占できるというのは若干の優越感を抱いてしまう。


 「さて、何からしようかな〜」


 鼻歌交じりで私がキッチンへ向かうと、そこには彼が朝食で使った使用済みの食器が積まれていた。


 お皿二、三枚にお箸一膳程度の量だが、どうやら今朝の彼にはそれらを片付ける余裕すら無かったらしい。


 もしかしたら遅刻ギリギリまで寝ていたのかも?


 「ふふ」


 どちらにしろ、こういった私の知らない普段の彼の生活の片鱗が見えるのは、正直に言ってすごく楽しい。


 仕方ない、私が洗ってあげ――


 「っ?!」


 そこで私は驚愕する。


 彼の家のキッチンは対面式だ。


 その構造からリビングを見渡すことができる。


 そして見渡した光景に私は絶句した。


 「な、なにこれ......」


 リビングは――非常に荒れ果てていた。


 なぎ倒された薄型のテレビ。ソファーに突き刺さった鋏や包丁。床には服やらタオルなどの布製品の他に、リモコンをどこかに投げつけた拍子に壊れたのか、蓋が取れて内包していた乾電池まで散乱していた。


 壁には何かの引っかき傷のよう傷跡まである。


 ベランダに通じる窓付近は何やら水溜りのようなものが、外から差し込む陽の光に当てられて反射していた。


 私はこの悲惨な光景を、キッチンに来るまで気づけなかった。


 え、ちょ、え? どういうこと?


 いや、これは――


 「空き......巣?」


 空き巣だ。きっとそうに違いない。


 この家はカズ君か、彼女当番である私たちが出入りするくらいで、今みたいな日中の時間帯は、普段なら誰も家に居ない。


 空き巣をした人はそれを調べた上で、こんな犯罪行為に走ったんだ。


 でもだからって、こんな......。


 「あ」


 そして私は間の抜けた声を漏らす。


 リビングに広がる光景はどう見ても空き巣後のそれである。


 なら――まだ別の部屋にも空き巣犯は居るかもしれない。


 だって空き巣をするなら、リビングだけとは限らないから。


 「ど、どうしよ......」


 この家にはリビングの他に、カズ君の部屋と彼の両親が使用する部屋の二室がある。


 もしかしたら、そのどちらかの部屋にまだ空き巣犯は居るのかもしれない。


 もし物色している最中だったら......やがてここへ戻ってくるかもしれない。


 「に、逃げ......」


 るべきか私は迷った。外へ行くにはこのままリビングからベランダへ行き、直接外へ逃げるか、ここまで来た道のりを戻って玄関から出るかだ。


 いや、それよりも警察に連絡するべきだろう。


 こういうのは時間の問題なので、早めに適切な行動を取るべきだ。


 あ、いや、それよりもカズ君に連絡......いや、彼の両親に......。


 などと私が葛藤していると、何かが落下して床に打ち付けられた音が聞こえてきた。


 「っ?!」


 私は冷たいものに背をなぞられた感覚に陥った。


 物音がしたってことは本当に居るんだ。


 怖い。身体が震えて......動かない。


 もしここに居る私が見つかったら、酷い目に合わされるに違いない。


 「カズ、くん......」


 静かに、掠れるような声で、私は彼の名前を口にした。


 そして無意識にスマホを手に取って、カズ君の連絡先を選んでいた。


 そのまま彼のスマホへ、震える指を必死に制しながら文を刻み、メッセージを送信する。


 [たすけて]―――と。


 震える手で握っているスマホの画面を見つめていると、すぐに彼から返信が来た。


 [どこですか]。


 私は、[かずくんのいえ]と文字変換することもなく、送ってしまった。


 そして[今行きます]と返ってきた。


 その返信に、思わず瞳に涙を浮かべてしまった私は、腰を抜かして床に落としてしまった。


 カズ君は今学校に居る。抜け出してここへ来るのだろう。


 でも彼が通う高校からこの家まで最低でも一時間近くかかる。


 その間、私はどうするべきだろうか。


 やはり警察を呼んで......。でも違ったらどうしよう。仮に全て私の勘違いで事を大きくしてしまったら、必ず周りの人に迷惑をかけてしまう。


 それならその前に他の部屋へ行って状況を確認しないといけない。


 空き巣犯が居るかもしれない部屋に?


 そう考えるとまた震え出してしまう。


 やっぱりこの場から逃げるべきかも......。


 おそらく私は冷静じゃない。ここから離れれば、もう少し適切な判断ができるかもしれない。


 だから外へ出ないと。


 でもここから動いた次の瞬間に遭遇してしまう可能性だって......。


 私が永遠にも感じる時間の中、キッチンの奥で縮こまっていると、玄関の戸が解錠と共に乱暴に開けられる音が聞こえた。


 「葵さん!!」


 私は聞き覚えのあるその声にはっとした。


 カズ君の声だ。


 私が葛藤している間に、彼はこの場に駆けつけてきてくれた。


 そのことに私は恐怖から救われたようで、泣きそうになった。


 「葵さん!!」


 廊下を渡り、リビングに辿り着いた彼は、キッチンの隅に居る私を見つけて、再度、私の名前を呼んだ。


 「カズ君ッ」


 私も思わず声を大にして叫んだ。


 彼は腰を抜かして立てない私を抱き寄せた。


 息を荒くして、汗だくの彼は言うまでもなく制服姿だ。


 「大丈夫ですか?! いったいうちで何があったんですか?!」


 「あき、空き巣がッ......空き巣が!」


 「空き巣?!」


 私が必死に言葉にならないことを口にすると、彼はその聞き慣れない単語を耳にして驚いた様子になった。


 そして私から離れて辺りを見渡した彼は、


 「あ」


 間の抜けた声を漏らした。


 私はやっとの思いで言葉を紡いだ。


 「私が来たら部屋がこんな状況で......さっきも奥の部屋から物音がして! もしかしたらまだ――」


 「葵さん」


 私の言葉を遮って、彼は息を整えながら言った。


 「これ、空き巣......じゃないです」


 「私怖くて、ずっと動けな―――え?」


 彼が何を言ったのか、よく聞き取れなかった私は聞き返した。


 彼は再度、同じ言葉を口にする。


 「これ、空き巣じゃないです」


 目をパチクリさせながら、何かやらかしたような顔つきになって。


 「あ、空き巣......じゃない? え? いや、え? え??」


 「これ、昨夜、陽菜と喧嘩した後の惨状です」


 「ひなとけんか???????」


 彼が何を言っているのか、本当にわからなかった私は、目を点にしてリビングを見渡した。


 そしてとある箇所を指差す。


 「テレビ......倒れてるけど」


 「陽菜が倒しました」


 「床が散らかってるけど」


 「陽菜が散らかしました」


 「壁の引っかき傷は......」


 「陽菜が包丁を振り回して引っかきました」


 ......。


 私は思わず黙り込んでしまった。


 そんな私は彼としばしの間見つめ合うことになった。


 そして返答はわかりきっているのに、再度、とある箇所を指差す。


 「包丁が突き刺さってるんだけど......ソファーに」


 「......陽菜が投げてきました」


 「......。」


 あの、うちの妹とどんな喧嘩したんですか......。


 私はジト目になって彼を睨むのであった。



――――――――――――――



ども! おてんと です。


次回続き更新です。許してください。


それでは、ハブ ア ナイス デー!

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