第22話 風邪ひきました

 「ごほッ、げほッ」


 天気は雨。最近、雨が降る日が無かったからか、本日は今朝から雨が降り続いている。


 平日の今日、もう午後になる頃合いの時間帯で、俺は呟いた。


 「だるい......」


 和馬さん、風邪をひいてしまったのである。


 おそらく原因は先日食べた卵焼きのせい。


 より具体的に言えば、悠莉ちゃんが自分の箸で俺にあーん♡してきたせい。


 あいつ、風邪治ったって言ってたけど、まだ風邪菌残ってたじゃん。元カレに感染しちゃってるじゃん......。



 ******



 [大丈夫?]


 風邪で寝込んでいる俺は、陽菜から来た某SNSツールのメッセージを、ぼーっとする意識の中で返信した。


 「大丈夫......と」


 しかし風邪で寝込むなんて何年ぶりだ?


 あの巨乳JKが口つけた箸を俺が口にしたから発症したとしか思えない。


 くそ。おかげで学校を休む羽目になったじゃねーか。


 すると、早くも陽菜から返信が来た。


 [本当は私が今日一日つきっきりで看病してあげたいんだけど......]


 と、陽菜が心配のメッセージをくれた。


 彼女も学生。平日の昼過ぎの今じゃ、学業を優先しなければならない。


 てか、授業中だよね、今。なんでこいつ即返信してんの。


 「けほ......とりあえず、こう返信しとくか」


 そう呟いて、俺は陽菜に返信した。


 [ただの風邪だし平気。心配してくれてありがとう。愛してる]


 あ。


 文字変換の予測機能で、“愛してる”って脈絡無いメッセージを送ってしまった。


 “あり”と打つと、“ありがとう。愛してる”が常套句になってしまって、それを俺のスマホが覚えてしまっているせいで、ついそのまま連続タップをしてしまった次第である。


 おかげさまでテキトー感が否めないメッセージになってしまった。


 まぁ、愛していることには変わり無いんだし、別にいっか。


 「もう! 風邪治ったら、たっぷり愛し合いましょ!」


 本人も気にしてないし。


 が、俺らのそのやり取りの途中で、


 [あの、ここグルチャなんですけど]


 [グループチャットで即二人の世界に入らないでくれる......]


 それぞれ別々のアイコンからメッセージが飛んできた。


 前者は千沙、後者は葵さんである。


 そう、俺と陽菜がやり取りしていたところは、グループチャットと言われる複数人で同時にやり取りできる場であった。


 忘れてた。つい陽菜と個別チャットする感じで返信してたわ。


 俺は次女と長女の呆れた様子のメッセージに返信した。


 [すみません。朝からずっとベッドに居ると退屈で......]


 [気持ちはわかるけど......安静にしているんだよ?]


 [はい。なんとか明日のバイトまでには治すので]


 [いや、来なくていいから! 風邪治っても大人しくしてないと駄目!]


 [オ○ニーも?]


 [それは良いよって言うと思う?!]


 と、葵さんからも心配の声が上がったところで、俺はメッセージを送る相手を葵さんから千沙に変えた。


 [だってよ、千沙。今日はうちに来なくていいからな]


 [なぜそこで私に話を振るんですか。まるで妹が風邪ひいている兄に迷惑をかけるような言い方ですね]


 お前が今日来たら迷惑以外の何ものでもないから言ってんだよ。


 千沙、お前、可愛い以外何も取り得ないの、そろそろ自覚した方がいいぞ......。


 [ああ〜、できれば私が放課後、和馬をつきっきりで看病してあげたい〜]


 [私も、、、。カズ君の弱ってるとこみたいし]


 そう、陽菜と葵さんのメッセージからでもわかるように、本日の彼女当番は千沙である(若干一名、不純な考えを吐露している長女がいるが、無視だ、無視)。


 あの千沙が、だ。


 この弱り切っている和馬さんの彼女当番が千沙だ。


 [ふふ。残念でしたね。レアな兄さんを独占できるのは、今日が彼女当番のこの妹です。あとでたっぷり写真を送ってあげますから、それで我慢してください]


 などと、風邪ひいた彼氏を動物園にいるパンダかのように扱う千沙である。


 マジかよ。正直、彼氏としてこんなこと言うのもどうかと思うけど、陽菜か葵さんのどっちかが今日の彼女当番であってほしかった。


 良妻こと陽菜はもちろんのこと、葵さんだって普段からちゃんと家事して、全部任せられるくらいには頼れる存在だ。


 が、千沙はそうじゃない。


 家事の“か”の字すら知らない子だ。


 それに問題は家事云々じゃない。


 [そういえば新作のゲームソフト買ったので、今日持っていきますね。明日までにどこまで進められるか楽しみです]


 道徳の“ど”の字すらも捨て去った子だ。


 俺が風邪ひいていることを信じてないのだろうか。


 とてもじゃないが、病人に対してゲームしまくろうぜ、なんて人が言っていい言葉じゃない。


 たしかにずっと寝込んでて退屈とは言ったけど、限度ってものがあるじゃんね。


 [千沙、今日の彼女当番、私か陽菜が代わるよ?]


 と、そんなことを考えていた俺に、救済の一言が葵さんから来た。


 そう、それだよ。こういうときこそ、日替わり彼女制度のシフトチェンジを使ってくれると助かる。


 [断ります]


 が、妹は即答。


 [言っておきますが、私もこう見えて割と兄を心配しています]


 全然そんな感じがしないのは俺だけだろうか。


 [安心してください。私だって鬼じゃありません。兄さんに食事を与えた後、ある程度寝てもらってから、私のゲーム遊びに付き合ってもらいますので]


 マジで道徳をどこに捨ててきちゃったのだろうか。言ってくれれば拾いに行くのに。


 [やっぱり今日私も和馬の家に行くわ]


 と、陽菜が心配のあまり、千沙には任せられないと宣言してきた。


 が、


 [あ! それは明確な違反行為ですよ! 彼女当番以外の彼女が兄さんに尽くしたらOUTです!]


 [いや、でもこのままじゃ和馬が死んじゃいそうだし]


 [私をなんだと思っているんですか!!]


 紛うことなき鬼だよ。


 [とにかく! 私が兄さんの看病しますから!]


 などと、他の手伝いを一切許可しない妹である。


 ふむ、正直、千沙が三姉妹の中で一番独占欲強い気がするな。たしかに日頃から兄は妹の所有物と豪語しているし。


 色々と気疲れしてしまった俺は、考えるのが億劫になって、千沙に向けてスマホから送金することにした。


 手段は某キャッシュレス決済アプリの“PaiPai”。赤色のアイコンで有名なアプリだ。


 同じアプリ所有者のアカウントの連絡先を知っていれば、気軽に送金できてしまう便利アプリである。


 俺はそれを使って千沙に送金した。


 金額は二千円。送金すると千沙から即返事があった。


 [新作ゲームを割り勘してくれるんですか?]


 ちげーよ。ゲームから離れろ。


 [違う。悪いけど、晩ご飯作ってられないから、適当に惣菜を買ってきてくれ]


 [なるほど]


 [大丈夫かな、、、]


 [風邪悪化しそうで怖いわ、、、]


 などと、俺は一抹の不安を抱えながら、スマホを手放して再び眠りに入ってしまった。

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