第19話 元カノと今カノのバトル
「せーんぱい♡ あーんしてください。あーん」
「しないよ」
「ええ?! どうしてですか?!」
「元カノとするわけないだろ」
俺は目の前に差し出された卵焼きを見つめながらそう言い切った。
天気はくもり。本日は日が暮れるまで、ずっとくもりのままらしい。雨が降らないだけマシだが、やはり春はくもりよりも晴れがいいと思うのは俺だけだろうか。
昨日、一昨日と中村家でのアルバイトを無事に終えた俺は、その翌日からまた学校を通い始めなければならない忙しい日々を送っている。
まぁ、もう二年もこの生活を繰り返してきたんだ。慣れたっちゃ慣れた生活である。
アルバイトは好きでやってることだしな。
そんな俺はお昼休みを迎えて、陽菜に作ってもらったお弁当を、本日は一人で教室で食べることになっていた。
普段なら陽菜と食べるんだけど、今日の彼女は友達と食べる予定があるらしく、彼氏は仕方なく一人で食べることになったのである。
え? 山田 裕二?
裕二君は金欠で、自宅からお米をお弁当箱に詰め込んでくることすら忘れてきちゃったから、空腹を紛らわせるために外で運動してくるとか言ってた。
そっちの方が絶対に空腹が悪化すると思うんだけどな。
で、だ。
「悠莉ちゃん、なんで俺と一緒に飯食ってんの?」
俺は目の前の少女にそう聞いてみた。
先方はきょとんとした顔つきで、可愛らしく小首を傾げている。
「? 今日は先輩とご飯を食べたいと思ったからです」
「俺たち別れたよね」
「ええ、そうですね。あーん♡」
「あーん♡じゃなくて」
あの、周りのクラスメイトたちがめっちゃ注目してるんでやめてほしいです。
それに俺、彼女居るし。
そんな俺の目の前に居るのは、百合川 悠莉。先日、中村家での直売日に風邪をひいてしまってバイトをお休みした子だ。
花の高校二年生。俺よりも一個年下で、陽菜の友人である。
茶髪ツインテに少しツリ目が印象的で、その身長は女子生徒の平均のそれだが、なんとおっぱいだけは群を抜いて大きい。
整った容姿にその抜群のプロポーションはやたらと目立つ。
本人も目立って仕方ないとか言ってるが無理もないことだ。
きっと多感な時期の男子生徒たちの妄想の中で、破廉恥な目に合っている彼女に違いないが、文句は言えない。
だってエロい身体してるから。
これでレズという属性を兼ね備えているから手に負えない。
「そんな元カノ今カノなんて垣根無くしましょうよ」
「無くしたら別れた意味無いでしょ」
「先輩は未練無いんですか?」
「無いよ。悠莉ちゃんは?」
「微塵も」
無いんかい。ならなんで卵焼きを差し出してきた。元カレで遊ぶな。
俺が内心でそう突っ込んでいると、
「ゆりぃくぅわぁぁあああああ!!」
どこかで聞いたことのある怒声が、俺の教室内に響いた。
まるで鬼の形相のように、見えない角を生やしてこちらへやって来たのは、
「あ、陽菜ちゃん」
「『あ』じゃないわよ! この泥棒猫ッ!! 教室に居ないからまさかと思って来てみれば!!」
うちの彼女さん、ポニ子こと陽菜である。
本日も可愛らしいポニーテールを左右に揺らしているが、うん、それを眺めている場合じゃないな。
そんな怒り狂った陽菜を目の前にしても、レズ野郎は平気な顔して言う。
「陽菜ちゃんも一緒に食べます? あーん♡」
「食べないわよ! それよりうちの和馬にちょっかい出すのやめてくれないかしら!」
「ええ〜。軽いスキンシップですよ。ね? 先輩♡」
そう言って、彼女は陽菜が食べてくれないことを察してか、その箸の先で摘んでいる卵焼きを俺の口の方へと方向転換した。
「してるじゃない!」
「あいた?!」
が、陽菜が、悠莉ちゃんが差し伸ばしている腕をチョップしたことによって、卵焼きが宙へ放り出された。
「「あ」」
彼女たちはその光景に、間の抜けた声を漏らす。
次の瞬間には卵焼きが床に着弾することが、誰の目から見ても容易に想像できた。
しかし、
「あぶな」
俺が箸で宙に放り出された卵焼きをキャッチしたので、落下は免れた。
「「おお〜!」」
陽菜と悠莉ちゃんが揃って拍手をしている。
見れば周りのクラスメイトも、俺たちのそんな様子を覗き見していたのか、彼女たちと同じように拍手していた。
なんか恥ずかしいな。
「よく取れたわね」
「さすが。無駄にスペックの高い生徒会長」
と、悠莉ちゃんの余計な一言を他所に、俺は卵焼きを悠莉ちゃんのお弁当箱へ戻した。
「いや、戻すんじゃなくて、そのまま食べてくださいよ!」
「駄目! 和馬には私が作ったお弁当だけを食べさせるの!」
「まぁまぁ、落ち着いて、二人とも」
修羅場になりそうな空気を掻き消すべく、俺は陽菜の頭を撫でて落ち着かせた。
陽菜は頭を撫でられて大人しくなり、座る場所が無いからと俺の片方の膝の上に腰を掛けた。
マジ可愛い、このお手頃サイズJK。
そんな俺らの様子に、悠莉ちゃんが箸を唇に当てて羨ましがっていた。
「いいなぁ。陽菜ちゃんに頭なでなでしてもらいたいです」
「なんで私がレズ野郎の頭を撫でなきゃいけないのよ」
「じゃあ先輩ので我慢します」
「もっと駄目」
と、陽菜の冷たい言葉を他所に、俺は悠莉ちゃんに聞くことにした。
「で? いきなりどうしちゃったの? いつにも増して、今日はぐいぐい来ちゃってさ」
実はこういった彼女の行為は珍しいことじゃない。割と日常茶飯事である。
が、こうも過度なスキンシップはあまり見ない。いつもしてくることと言えば、俺や陽菜に抱き着いてくるとか、陽菜が作ったお弁当のおかずを盗み食いするくらいだ。
こうやって自分が作ってきたものを『あーん♡』させてくるとか珍しい。
うん、よく考えたらいつもとあんま変わらないかも。
「はぁ。先輩にはお見通しですか。実はお姉様がこの学校を卒業してから退屈で......」
「ああ、なるほど」
悠莉ちゃんの言う“お姉様”とは、前生徒会長の西園寺 美咲さんだ。俺に生徒会長させた張本人である。
よく空いた時間を見つけては「お姉様、お姉様」と美咲さんの後ろを追いかけてたっけ。
後ろってか尻だな。こいつレズ野郎だし。
美咲さんもドSだから、このマゾ女と相性良かったみたいだし、割と仲良かった二人なのでは?と思うのは俺だけじゃないはず。
「だからって和馬にちょっかいかけないでよ」
「うぅ。だって先輩いじりやすいし......。卵焼きだけでも食べてくださいよ。私が作ってきたんで」
などと、全く諦める気配の無い悠莉ちゃんの言である。
それに対し、陽菜が口調を冷たくして断ろうとした。
「だから嫌って言ってるでしょ――」
「あ、ならこういうのはどうでしょう!」
が、悠莉ちゃんがそれを遮る。
そして彼女は続けた。
「私が作った卵焼きと、陽菜ちゃんが作った卵焼きを先輩に食べ比べしてもらって、私たち二人のどっちがそれを作ったか当てさせましょう」
おいおい。面倒なこと言い出すんじゃないよ。たしかに陽菜が作ってくれた今日のお弁当の中に卵焼きはあるけどさ。
俺は彼女がこれ以上余計なことを言う前に止めようとしたが、
「もしそれで先輩がハズしたら、陽菜ちゃんへの愛が小さかったってことで」
などと、やっすい挑発を陽菜にぶちかますのであった。
俺は今も尚、膝の上に座る陽菜へ話しかけた。
「陽菜、こんな挑発を受ける必要なんて――」
「やってやろうじゃない! うちの和馬さんは私が作ったものくらい余裕で当てられるわ!!」
......。
......ま?
「なら決まりですね! もしハズしたら、一つだけなんでも言うこと聞いてもらいます! 先輩に!」
え、俺に?
「なんでも許してあげるわよ! なんなら逆立ちして腰振りダンスもさせてあげる! 和馬に!」
だからなんで俺?
さすがに黙ってられないので、俺は口を挟むことにした。
「ちょ、待て。なんでそうなる――」
「黙りなさい、和馬。私への愛を証明すればいいだけの話よ。この女にぎゃふんと言わせましょ」
「ほほう。先輩との交際期間が約一ヶ月とはいえ、元カノの力を甘く見てもらっては困りますね」
......。
斯くして、彼氏の意見は一切尊重されない戦いが始まろうとした。
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