第17話 中村家直売店

 「いらっしゃいませ!」


 まるで太陽のような笑みを浮かべるのは、この道二年のバイト野郎こと和馬さんである。


 現在、俺は千沙を除いた中村家一同のスタッフ計五名で、直売店の営業をしていた。


 午後一で開始を迎えるのだが、店を開く前からお客さんたちが長蛇の列を作って待っている。


 そう、中村家直売店は大繁盛の一途を辿っているのだ。


 「あんちゃん、菜の花あっか?」


 「はい! あちらの棚にあります!」


 「あ、丸のキャベツが安いわ」


 「そら豆、そら豆......あった」


 「お、葉付き人参あるじゃねぇか」


 「陽菜ちゃん、新タマを使ったお勧めのレシピとか無いかしら」


 「手軽でもよろしければ、新タマネギのステーキとかいかがでしょう? レシピはですね――」


 とまぁ、開店直後は非常に忙しい。


 中村家直売店の規模はそこまで大きくない。一般的なコンビニに近しい大きさである。


 野菜の直売店なので言うまでもなく、店内に並べられている商品は野菜ばかりだ。


 それも旬の野菜。多品種少量生産だから、こうして品数を揃えることができて、中村家直売店の魅力の一つになっている。


 まぁ、今は春と夏の中間みたいな時期――いわゆる端境期という時期で、季節野菜の変わり目真っ只中だから品数が少ない。


 そのためスーパーなんかでは売上を維持するためにも、春とか秋の時期はお野菜の価格が高くなる。


 が、次の季節、例えば夏だと、トマトやキュウリ、スイカといった旬の野菜が全国で安定して生産されるので価格の高騰は落ち着くのである。


 今はスーパーで売られる野菜の価格が高いということもあってか、お手頃価格で旬の野菜を買える中村家は、いつも以上に人で賑わっている。


 「カズ君、レジお願い!」


 「はーい」


 と、開店早々、バイト野郎が会計レジを担当しなくちゃいけなくなった。


 この場に居るスタッフは俺を除いて四名。葵さんと真由美さんは会計レジの担当で、陽菜と雇い主は店内の商品の品出し、お客さんの声かけに応じるなど動いてもらっている。


 俺も今まで後者の担当だったが、葵さんに呼ばれたことでレジコーナーへ向かうことになった。


 葵さん、真由美さんの熟練スタッフが、買い物かごを手にした客を次々と捌いているみたいだけど、如何せん人数が多いだけに回転率が落ちている。


 俺が今からそこに入り、三人体制でやっていくかたちとなった。


 「はい、おつり二百円になります。またのご来店をお待ちしております」


 おつりを渡し、軽く一例する。


 この道二年というアルバイトの俺は、もはやプロの域と言っても過言ではないのではなかろうか。


 現にニコニコと場数を踏んで作り上げてきた営業スマイルがその良い例である。


 「葵ちゃん、今日も可愛いね〜」


 「ふふ。ありがとうございます」


 無論、俺なんかよりも熟練のスタッフは居る。


 葵さんは客から褒められても、決して笑みを崩さずに、かつ手の動きを止めること無く、商品の値札から合計金額を計算していった。


 彼女の容姿を称賛した男性は五十代後半と思しき年齢で、ニタニタとからかうような笑みを浮かべながら続けて口にする。


 「どう? 彼氏できた?」


 お会計がまだ終わってない葵さんに、そんなしょうもない質問をしてくる。


 彼女は無視することもできず、ただただ事実を述べた。


 「はい。とっても格好良い彼氏ができました」


 「お、それはめでたいねぇ。しかし残念だ。葵ちゃんに彼氏がいなかったら、おじさんが立候補しちゃ――」


 「


 「え゛」


 ただただ事実を述べていた。


 ちょ、葵さん?


 たしかに人は忙しいと、あまり後先考えずに発言することはあるよ? でも、だからってそんな正直に言わなくてもいいと思うよ。


 言われた相手だって、何言われたか意味わかんないもん。


 ちなみに今日の俺の彼女当番は千沙である。金曜日・土曜日・日曜日と彼氏を独占中だ。


 それ故に、葵さんは正直にも『今日は彼氏いません』などと、訳のわからないことを客に言ってしまった模様。


 「お、おい。たしか葵ちゃんの彼氏って......」


 「ああ、あそこに立っている男だよ」


 「たしかアルバイトの......高橋君だったよね?」


 葵さんの失言を耳にした客たちが、俺をチラ見しながらそんな会話を陰で交わしている。すごく居た堪れない。どうしよう。


 中村家直売店にやってくるお客はほぼ常連さんばっかだ。それ故に俺らの関係を知っている者も多い。


 が、俺は今日じゃ珍しい三股彼氏だ。俺と葵さんが交際していることを知っている客も居れば、俺と陽菜が交際していることを知っている客も居る。


 そんでもって両方の噂を知る者は、どっちかしか信じない。


 バイト野郎が本当に付き合っているのは葵さんだ、陽菜だ、と勝手に噂しているのである。


 だって三股とか普通に考えてあり得ないから。


 だから客たちは皆、俺が葵さん、陽菜、千沙と付き合っていると信じていないので、勝手な妄想をしてくれちゃっている。


 “同時に”って言い方、違和感パねぇな。


 が、三股してるのは事実だし、公言すると厄介事しか見えてこないので、三姉妹は俺と付き合っていることを進んで言い広めていない。


 「あ! いや、これはその、えっと......言い間違いです、あはは」


 「お、おう」


 自身の失言に気づいた葵さんが誤魔化そうと苦笑いしながら言うが、遅い。


 ドン引きした客が俺と葵さんを交互に見てる。


 見んな。出禁にすんぞ。


 そんな権限無いけど。


 「そう言えば、陽菜ちゃん。最近の彼氏の横暴はどう?」


 と、どこからかそんな会話が聞こえてきた。


 変な話である。店内は人で賑わっているのに、気になるワードが含んだ言葉はちゃんと耳に届いてしまうのだ。


 そして聞き捨てならないキーワード“彼氏の横暴”とはどういうことだろうか。


 無論、陽菜の彼氏は俺だけで、その俺が横暴なことをしていると言われたも同然な物言いだ。


 言っておくが、和馬さんは交際相手を愛している。理不尽な行為は一度もしたことがない。


 あまり勝手な発言を繰り返すと、その客を出禁にしないといけなくなる。


 そんな権限ないけど。


 俺が聞き耳を立てると、陽菜と年配主婦と思しき二人の会話が聞こえてきた。


 「相変わらず続いてますよ」


 などと、陽菜から肯定の言葉が返ってきた。


 え、ちょ、は? 俺が陽菜に横暴なことしたのか? マジ?


 そんなことした覚え......いや、自覚が薄い可能性もある。とりあえず、お店の方が落ち着いたら陽菜と話し合おう。


 俺に非があったら直さないといけない。


 これからも陽菜と一緒にいたいんだ。全力で直そう。


 「はは〜。ほんっと男って駄目ねぇ。作ってもらった料理に、すーぐなんて」


 「本当ですよ。この前なんか味噌汁にまでごま油掛けてましたからね、あの馬鹿」


 ごま油かよ!!


 横暴じゃねぇだろ!!


 でもごめんなさい!!


 ちょ、おま、なんてことを客との世間話のネタにしてやがる......。


 たしかに最近は陽菜が作ってくれた料理に、ごま油を掛けていた節がある。


 良くない癖だ。作ってくれた人の味付けに文句を言っているようなもんだし。


 でもほら、マイブームってかさ、あるじゃん? ごま油くらい見逃してよ。


 「はーやだやだ。うちの旦那も少し前まで、よく料理にごま油を掛けてたのよ」


 「少し前? 今はそんなことないのですか?」


 「ええ。限界来ちゃった私が、旦那の口の中にごま油が入った瓶を突っ込んで、『飲め!』って言ったら、すごく反省してくれたわ」


 「へぇー」


 もう二度とごま油を料理に掛けないと誓おう。


 限界来た陽菜にごま油が入った瓶を口の中に突っ込まされて、『飲みなさい』なんて言われるのは拷問以外のなにものでもない。


 「ま、またあの馬鹿が、私の作った料理にごま油を掛けようとしたら注意してみます」


 などと、意味深なことを言う陽菜である。


 あと彼氏のことを“あの馬鹿”って言うのやめません? たしかに馬鹿ですけど。


 「“今度”?」


 陽菜の言葉の中に理解できなかった部分があったらしく、年配主婦がそう聞き返した。


 「ええ。。注意する気が起きません」


 この馬鹿がッ!!


 そう口に出してツッコみそうになった俺であった。

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