第11話 農家でアルバイト!

 「カズ君、今日のお仕事は、私と一緒に人参の収穫をするよ」


 「いぃぃやっふぉぉぉおおぉぉぉおお!!」


 「本当、いつも元気で助かるよ......」


 じゃあ引くな。


 テンション高くてキショいかもしれないけど、上司が後輩のやる気を見て引くんじゃないよ。


 現在、晴天の下、俺は葵さんと一緒に農作業を勤しんでいた。ここは中村家が所有する数ある畑のうちの一つで、相当な畑の面積に人参が生っている。


 今はまだ朝の時間帯のため、本日は日が暮れるまで目一杯仕事ができそうだ。


 ちなみに本日は土曜日。昨晩は千沙と一緒に遊んで過ごして、翌日の今日は中村家でアルバイトをする流れだ。


 無論、言うまでもなく帰宅部の俺にとって土曜日とは休日に値するが、その休日を丸ごとアルバイトに当ててもなんら差し支えない。


 だって美女と一緒に居られるから。


 もっと言えば、ここに居る葵さんは俺の彼女で、一日中一緒に過ごせることは俺にとって幸せなことだから。


 「さっそく作業に取り掛かりたいけど......人参の収穫の仕方はわかるよね?」


 などと、葵さんが俺にそんなことを聞いてきた。


 俺はやれやれと言った様子で答えた。


 「葵さん、自分がいったい何年間、このアルバイトをしてきたと思ってるんですか」


 「に、二年だけど......」


 二年、そう二年。俺が高校生になってから中村家で農業バイトしているんだぞ。


 もう大体のことは体験したつもりだし、今更、野菜の収穫の仕方なんて教わらなくても余裕だわ。


 俺はそう思って、近くの人参が生っている場所へ足を運んだ。


 土から人参の葉が生えており、人参たらしめるオレンジ色の根は、その根本が土から垣間見えていた。


 そう、収穫時期を迎えた人参は、このように土からちょこんと根が出ているのである。


 まるで土から頭をひょっこりと出しているモグラのようだ。


 いや、ハミチンと例えた方が的確だろうか。


 俺はハミチンのを握り締めた。もう人参がオレンジ色のち○こにしか見えない。


 「んなもん余裕っすよ。おらぁ!」


 そこまで力は要らなかったけど、気持ちを乗せて引っこ抜く。


 あまりに勢いがあったせいか、引っこ抜いた拍子に土が飛び散った。


 その飛び散った土の一部が、葵さんのお顔にぶっかかる。


 「へぶッ!!」


 葵さんが慌てて、自身の顔に付いた土を振り払った。


 そして激怒する。


 「ちょ! 土ッ! 土掛けないでよ!!」


 「すみません、葵さんのお顔に掛けていいのは“土”ではなく、“精子”でしたね」


 「土掛けられた上に、セクハラされたんですけどッ!!」


 「ザーメン。あ、じゃなくて、さーせん」


 「もうヤだぁ、このアルバイトぉ!」


 うん、俺も雇う側がこんな仕打ちくらったら、即刻クビにする自信があるな。


 むしろよく二年も雇ったと思うよ、こんなセクハラ野郎。


 雇う上でいったいどこにメリットを感じたのか、今度ぜひ聞いてみたいものだ。


 「と、こんな風に人参は収穫するんですよね? わざわざ葵さんから教わるような事はありませんよ。むしろ童貞の卒業の仕方を教えてほしいです」


 「仕事と関係無いじゃん、それ......」


 ちなみに葵さんの人生初の彼氏は俺である。


 んで、俺より二つ年上な彼女は男性経験が無かった。


 つまり現役JDの中村 葵は“膜有り”だ。


 いつかその膜を俺の“人参”が貫くであろうが、きっとそれは近い将来ではないだろう。


 だって俺、未だに童貞だし。


 「カズ君、いい? 人参はこうやって抜くんだよ?」


 そんなことを考えている俺を他所に、葵さんが人参の収穫の説明に入った。


 どうやら先程の俺の収穫の仕方じゃ駄目だったらしい。


 でも俺は聞き返した。


 「今なんと?」


 「......人参はこうやって抜くの」


 「もっかい」


 「あの、私の発言にエロスを感じて、何回も言わせないでくれない?」


 「すみません、よく聞き取れませんでした。自分の人参はどうやってヌけばいいんでしょう?」


 「後で勝手に自分でヌいといて」


 冷たいな。交際相手に対してその対応は塩ですよ、塩。


 呆れ果てた葵さんが、人参の葉をそっと握って、慣れた手つきで畑から引っこ抜いた。


 俺はそれを見て、口を開く。


 「自分と同じじゃありません?」


 「全然違うよ。カズ君の人参見て」


 「はぁ。わかりました」


 『カチャカチャ......ジー、ボロン』


 「そっちの人参じゃない。仕舞って」


 「あい」


 「いちいちふざけないと駄目なの? ちっとも仕事が進まないんだけど」


 「すみません......」


 俺は一度は開放感を覚えた己の股にある人参を、再度、窮屈な作業着の中へと仕舞い込む。


 畑の上だからできることだな。公共の場では絶対にできない。てか、絶対にやっちゃ駄目な行為だ。


 俺は自分が引っこ抜いた人参と、葵さんが引っこ抜いた人参を見比べた。


 「ふむ......自分の方が折れてますね」


 「そ。カズ君のは人参の葉が折れてるよね」


 俺と葵さんが採った人参の大きさ自体は変わりない。


 ただ俺が人参の葉を掴んで、乱暴に引っこ抜いたせいか、葉は半分以上、途中の方で折れてしまっている。


 その他に違いは特に無い。


 ただ葉が折れているかどうかだけだ。


 「人参の葉って切り落として売るんですよね?」


 「普通ならね。でもほら、うちの人参は収穫時期を迎えたばかりで、葉が綺麗でしょ? だからしばらくの間は、葉を切り落とさずにこのまま売るの」


 「えっと......なぜ葉っぱを切り落とさないんです?」


 「葉っぱも食べられるからね。鮮度もアピールできるし、それなりに需要があるんだよ」


 え、人参の葉っぱって食えるの。


 いや、葉っぱも含めて人参だから、野菜っちゃ野菜か。


 「もしかして、人参の葉っぱが食べられるの知らなかった?」


 俺のそんな驚きを察してか、葵さんが俺を小馬鹿にしてくるような笑みを浮かべて言った。


 俺より二つ年上なのに、ちょっと大人気ないところが、彼女の残念部分でもある。


 「ええ、知りませんでした。人参の葉も食べられるんですね」


 「うん。だからしばらくの間は、葉を折らないよう注意して収穫してね?」


 「わかりました」


 俺は素直にそう返事をして、さっそく人参の収穫作業に入った。


 野菜には一日の収穫量は決まっていて、それを俺ら二人で作業したから、そこまで時間を必要とせずに収穫作業は終えることができた。


 作業を終えると、葵さんが何やら嬉しそうな様子で口を開いた。


 「ふふ。うちで二年間も働いたカズ君でも、まだまだ知らないことがありそうだね?」


 そう言われると少し悔しい気持ちに駆られるが、図星なので上手い返事が思い浮かばない。


 「そうですね......。これからも葵さんから色々と学ばないといけないようです」


 「お。いいね、それ。カズ君は手のかからない後輩だったから、正直、先輩としてつまらなかったよ」


 「それはすみません。今後ともよろしくお願いします、


 「えへへ。なんかいいな、その呼ばれ方」


 「よ! 人生の先輩! 童貞の捨て方も教えてください!」


 「ちょ! すぐにそっち方面に持ってかないでよ! っていうか、私が未経験なの知ってて言ってるでしょ?!」


 などと、馬鹿騒ぎしながら、俺と葵さんは収穫した人参を軽トラの荷台に運んでいくのであった。

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