第12話 こちらの三名、全て俺の彼女です

 「今日も一日お疲れ様〜」


 「お疲れ様でーす」


 現在、一日の農作業を終えた俺と葵さんは、軽トラで中村家へ戻ってきていた。


 日はもう暮れ始めていて、外で労働する身としては、この夕暮れが勤務時間の終わりを示している。


 ま、収穫作業などの諸々の仕事が終わったら、今度は屋内へ向かい、収穫した野菜を選定やらラッピングやらしないといけないのだが......。


 敷地内の車庫に軽トラを停め、荷台に詰まれた収穫物を彼女と下ろして、作業場の方へ持っていくと、その途中で昔ながらの瓦屋根が特徴の家から、とある女の子がやってきた。


 「あ、姉さん、兄さん」


 艶のある黒髪に、赤のインナーカラーが特徴の美少女、中村 千沙である。


 千沙は部屋着姿のままで、まるで少し前まで寝ていました、と言わんばかりの眠たげな顔つきである。


 千沙さん、もう少ししたら晩ご飯の時間ですよ。


 ちなみに再三言うが、千沙も俺の彼女だ。


 今朝、千沙と一緒に寝ていた俺だが、彼女はあれからソシャゲで遊び始めたので、俺は彼女を自宅に残して、先に中村家に訪れて今の今までアルバイトをしていた。


 おそらく千沙は昼過ぎに、俺の家を出て実家の方へ戻ってきたのだろう。


 で、この場には、俺の交際相手三人のうち、二人が揃ってしまったことになる。


 「ちょっと千沙、さすがにだらしないよ?」


 「休みの日くらい良いじゃないですかぁ」


 「そ、それを言ったら、休みの日に家業を手伝う私は全然寛げなかったんだけど......」


 「兄さんと今日一日ずっと居たんですよね? ならデートみたいなものじゃないですか」


 「うっ。たしかに畑デートしてた気分だったけど......」


 “畑デート”ってなに。


 おうちデートみたい言ってるけど、やってることは二人で農作業してただけだよ。


 俺は葵さんに対して内心でそうツッコミを入れた。


 「というか、兄さんを扱き使うのはかまいませんが、兄さんを疲れさせないでくださいよ。可哀想じゃないですか」


 などと、俺の身を心配してそんなこと言ってくる妹だが、俺の心は決して感動を覚えない。


 だって、彼女が口にする言葉の続きを容易に想像できるのだから。


 「夜は私と一緒にゲームして過ごすんですよ? 体力残してもらわないと困ります」


 ほらな、うちの妹は道徳がなってないんだ。


 「げ、ゲームしなければいいじゃん。そっちの方が可哀想だよ......」


 「嫌です」


 「千沙、俺は疲れたんだ。夜は寝かしてくれ」


 「却下です」


 本当にどこに優しさを置き去りにしてきたんだろう。


 言ってくれれば、兄が喜んで拾いに行くのにな。


 そんなことをバイト野郎が考えていると、


 「ちょっと。早く仕事終わらせないと晩ご飯が冷めちゃうじゃない」


 「あ、陽菜」


 玄関の戸が勢いよく開かれ、中から陽菜が出てきて、俺たちを叱ってきた。


 可愛らしいポニーテールはいつものことだが、今の彼女はその容姿に加えてエプロン姿だ。さっきも言ってたが、晩ご飯の支度をしてくれたんだろう。


 中庭で騒がしくしていた俺らに呆れてやってきたという感じだ。


 「ほら、陽菜もこう言ってますし、早いとこ仕事切り上げてください」


 「千沙も手伝ってくれれば早く終わるんだけど......」


 「ちなみに今日の晩ご飯は皆大好き肉じゃがよ」


 「おお〜! 私大好きです!」


 「今の時期の夜は冷えるからね〜。想像しただけでお腹減ってきちゃった」


 「ならさっさと終わらせて」


 とまぁ、このように、俺の彼女たちがこうして鉢合わせしても、特にギスギスしたような空気は漂わない。


 陽菜、千沙、葵さんは仲良し姉妹なんだ。


 とどのつまり、高橋 和馬という男は三股男で、中村家三姉妹と付き合っている。


 ヤバいだろ? このご時世に三股って。自分でもどうかしてるって思う。


 でも、


 「......


 俺は不意にそんな声を漏らしてしまった。


 誰に言った訳でもない言葉だが、三姉妹が動きを止めて俺を見やった。


 「早く残りの仕事を終わらせてこよっか」


 「あまりにも遅いと私が全部食べちゃいますからね!」


 「ふふ、たくさん作ったから平気よ。まぁ、ご飯は温かいうちに食べたいものね」


 三姉妹が優しい笑みを浮かべながら、そんなことを言うもんだから、ついこちらまで嬉しくなってしまう。


 きっと俺はこの先、三姉妹のうち誰か一人を選ぶことなんでできない。


 三人のことが大好きだからだ。あっちが俺に愛想尽きて別れたいとか言い出したら話は別だが......まぁ、そんな哀しい話は置いといて。


 兎にも角にも、俺は三姉妹を愛している。


 彼女たちも俺のことを愛してくれている。


 互いの存在を認め合って、だ。


 だから成り立っている。―――彼氏一人に対して、彼女三人という交際関係が。


 「あ! 言うの忘れてた! 和馬に言いたかったことがあったのよ! 『おかえりなさい、あなた。ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?』」


 「ちょっと! 今日は妹であるこの私が“彼女当番”ですよ!! 兄さんを誘惑するのアウトです!」


 「シンプルに肉じゃがを食べたい」


 「カズ君......」


 とまぁ、いつまでも馬鹿やってるのが俺たちである。

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