第9話 彼女と迎える朝

 「......。」


 目を覚ますと、自分の家のリビングの天井が視界に広がっていた。


 どうやら俺はリビングで眠ってしまったらしい。


 身体の方へ意識を向ければ、俺は掛け布団すら纏っておらず、リビングの床という硬い感触が背中から伝わってきた。


 俺、なんでこんなとこで寝てたんだろ。


 そう思った俺は、右腕が痺れていることに気づく。何か重たいものが乗っかっている感覚だ。


 そちらへ視線を移すと、


 「ん」


 可愛らしく寝息を立てている妹の顔があった。


 千沙だ。


 艶のある黒髪に赤のインナーカラーが特徴の美少女の顔だ。


 ああー、すっごい可愛い。ぎゅっとしたい。


 でも腕痛い。ジンジンしてきた。


 「......千沙、起きて」


 「んんー」


 静かに呼びかけて起こそうとしたけど、全然起きる気配が無い。


 それどころか寝返りという、俺の右腕に止めを刺すような痛みを与えてくる。


 「千沙ちゃん、千沙ちゃん」


 「んー。ん?」


 俺が少し大きめの声で彼女の名前を連呼すると、千沙は半眼だが、薄っすらと目を開けて、俺と目が合った。


 「すぅ」


 「今、目が合ったよね。なんでまた寝ようとするの」


 俺はまたも眠たげな半眼を開いた千沙と目が合った。


 「おはようございます、兄さん。起きたら目の前に愛しの兄が居て、妹は幸せです」


 「おはよう、千沙。俺も幸せだけど、腕が痺れて痛いから退いてくれない?」


 「幸せならこの一時をもう少しだけ噛み締めましょう。至福の時間ですよ」


 「痛みを噛みしめろと? 拷問の時間にしか思えないんだけど」


 「もう妹の顔を見たくないんですか?」


 「重たいから解放されたいんだ」


 「はぁ」


 もうこれ以上は至福の時間を堪能できないと諦めたのか、千沙はそっと身を起こした。


 右腕への負担が消え去る。未だに痺れたままだが、それも時間の問題だろう。


 俺も千沙と同じく身を起こした。


 「女の子に向かって重いとか言っちゃ駄目ですよ」


 「女の子関係なく、人の頭って重いんだよ」


 「はいはい。あと陽菜にも重い女とか言っちゃ駄目ですからね」


 「それはまた意味合いが別だろ。言わないけど」


 千沙の口から“陽菜”という人の名前が出たが、言うまでもなく俺の彼女のことである。


 そう、実は俺の目の前に居る中村 千沙は、中村 陽菜の姉なのだ。


 で、俺はそんな姉妹たちと付き合っている男である。


 二人とは現在進行系でお付き合いさせてもらってるけど、特にこれといった問題は起こっていない。具体的に言えば、男女の色恋沙汰でよく耳にする“もつれ話”的なアレ。


 というのも、それは千沙と陽菜が俺をまるで共有物のように、二人で仲良く扱っているからだ。


 言い方はアレだけど、その表現がぴったりな位置に居るのが、俺という男である。


 「寒いですね。あ、布団どころか掛ける物が何もありません」


 「ああ。どうやら昨晩、俺らは二人で寝落ちしたみたいだな」


 おそらく肌寒くて俺は起きてしまったんだろう。右腕の痺れもあると思うが。


 たしか昨晩、俺と千沙は夕食後からずっとゲームをやっていたのだが、平日ということもあってか、疲れていつの間にか寝落ちしてしまったらしい。


 俺らの周囲にはポテチやらジュースやらと、昨晩どれだけ寛いでいたかを示す物が散乱していた。


 千沙は一睡もする気が無かったらしいが、まぁ、夕飯前にエナドレ飲んだからって眠れなくなるわけじゃないよな。


 で、今に至るという訳である。


 「ふぁ〜。今何時ですか?」


 千沙が欠伸をしながら、俺にそんなことを聞いてきた。


 俺は近くの置き時計が示す時間を口にする。


 「えっと......六時半くらい」


 「ろッ?! 夜中じゃないですか!!」


 夜中ではない。うん。普通に朝だと思う。


 が、千沙ちゃんの休日は、世間一般の朝の時間帯が夜中の時間帯に当たるので、このように現時刻に驚いてしまうみたいだ。


 休日の千沙ちゃんは、昼頃起きて『おはようございます』と平気な顔して言うものだから、兄として一度厳しく言ってやろうか迷う次第である。


 「私、もっかい寝ますね」


 「寝るな。ちょうど一緒に起きたんだ。あと少ししたら俺はバイトしに行くから、お前も一緒に家出ろ」


 「すぅ」


 「寝るの早ッ」


 ちなみに俺のバイト先は、この目の前に居る美少女の実家である。


 そのバイトが何なのかというと――


 「あ!!」


 「っ?!」


 俺がそんなことを考えていると、千沙が何かを思い出したかのように、大声を出してバッと勢いよく身を起こした。


 「い、いでで......」


 そして彼女は腹を押さえる。


 千沙ちゃんは可愛さに全振りした子なので、その他のパラメータが人並み以下なのだ。


 そのパラメータとやらは色々とあるのだが、例として挙げるのであれば、人として持つべき“道徳”とか、生活する上で最低限必要とされている“筋力値”とか色々だ。


 全パラメータのうち“可愛さ”だけに突出した女の子。それが中村 千沙である。


 なので、こうして自分の意思にも関わらず、急に腹筋を使って起きると、翌日は筋肉痛確定なのだ。


 それがたったの腹筋一回だったとしても、だ。


 なんとも救いようのない子である。


 「だ、大丈夫か?」


 「は、はい、一応。それより兄さんヤバいです。私、寝てる場合じゃないです」


 お、千沙もわかってくれたか。


 俺と一緒に中村家へ向かおう。なんならお前は帰ってから、自室でまた寝ればいいしな。うん。


 でも寝てる場合じゃないって言ってたな。なんのことだろ。


 「なんかすることあったか? 宿題?」


 「それはもう終わらせました」


 「あ、そうなんだ」


 「今日の十一時までなんです」


 え、何が?


 いまいち要領を得ない俺は、思ったことをそのまま千沙に聞いた。


 すると彼女は、先程までの眠たげな半眼が嘘かのように、目をクワッと見開いて言った。


 「イベント終了時間ですよ!! 今週、まったくイベランしてなかったんです!」


 「......。」


 ソシャゲの話ね......。


 俺は呆れて溜息を漏らすのであった。

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